松浦弥太郎のレビュー一覧
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こころがざらざらさた時は、松浦弥太郎さんのエッセイを読むとさらさらになる。
学生の頃、サン=テグジュペリの
「愛とは、互いに見つめ合うことでなく、同じ方向を見ること」という言葉に出会った。
愛の何たるかなんてわからないころだったけど、
何故かその言葉が真実のように思えた。
松浦弥太郎さんの本で、その言葉と再会した。
松浦弥太郎さんが、強豪ラグビー部に入る前に、10キロメートル走ることを続けて、自分に自信をつけていった話がいい。
不安だから、弱いから、何かを継続してやってみること。
「見つける」ということは、感動するということ
日々の生活の中で、たくさん見つけたい。
それが生活に潤いと充実感をもたらすはず。
松浦弥太郎さん、ありがとうございました。 -
Posted by ブクログ
原則
①世の中の多くの人は、いつも誰かを探している
→自分が予測もしないところで誰かが自分を見ていてくれる。日常にチャンスはひそんでいる。
②人はいつも自分を助けてくれるものを探している
③収入とは人に与えた感動の質量に比例する
50のこと(抜粋)
-小さな歯車から最高性能の歯車となり、やがては大きな歯車を動かす
-目の前の仕事に工夫という愛を込めた、小さな成功を重ねる(自分の仕事のポイントについてしっかり説明できるように)
-面倒な作業をこなして先取点を取る
-まずは観察から(本質を見極める)
-好きを突き詰めゼネラリスト兼スペシャリストを目指す
-負ける美学を持ち長く現役を続ける
-誰かとならできるは幻想。孤独であること
-奢られる時は高いものを選べ
-出世は皆んなの何となくの支持よりも誰か1人の強い推薦で決まる。その人から絶対的信頼を得よう
-議事録と備忘録、お礼とお詫び、todoと優先順位はその日のうちに
-お客様に支持されているお店でバイトしよう(スタバなど)
-もし自分が、総理だったら?
-自分を即座に知ってもらうための自己紹介文を作り更新する
-できない、時間がない、お金がないなどのマイナスな言葉を口にして脳にブロックをかけない。いつもポジティブな言葉を言う
-上に立つ人間は下の人間から話しかけられても決して不快にはならない。積極的に話しかけてそばにいよう。
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今まさに25歳。
今を生きている人生の採点をする感覚で読んだ。
○をつけられる項目がある反面
今すぐにでも実践していきたいことにも出会えた。
10年ほど前の著書なだけに、こんな考え方もあるんだなー、と参考程度にしながら読んだ部分もあった。
・思いついたアイディアをメモすること、リストを作ること
→20歳の頃くらいまではできていたけど、年々やらなくなっていた。改めて意識して実践したい。
・「ただ『ありがとうございます』では伝わることが少ないことに気づきましょう」
→考えたことなかったけど、言われてみれば具体的に感謝を伝えると気持ちよくなるなぁ。
・椅子に座る動作ひとつでも印象が違う
→常にアンテナを張って、バランスを意識したい。
・日本人としての誇りを持つ
→気づいていなかった日本人の素晴らしさに目を向けられた。
結婚して、子どももいるわたしは
自分を若いと思っていなかったけど、著書に度々登場する
“25歳 ルーキー”という言葉で
まだ若く、可能性が大いにあることに気付かされた。
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Posted by ブクログ
松浦弥太郎氏の50代に突入して思うこと。彼の中年時代、イキっていた時代、やられてしまった時代、それぞれが今となってみると自分にエネルギーをくれていた。もうだめだとしんどい時に、最後の最後で、ありがとうと言おうぜ、と本から言われた時に、1人で思った感情は未だに忘れない。人によって、まったく弥太郎さんがいらない人もいると思うし、女性で感情のみで整理する必要さえ感じない人には、何いってるんだろうね、この人、、、となる。すごくよくわかる。だからこそ、必要な人に必要な言葉を選び抜いて提供していただきたい。
本が好きということは、人が好きということ、読書は一方的に語る作者とか登場人物、本そのものから聴くということなんじゃないか。これは、本当にそうだろうな。読書を、ただの活字の取り込みとするならば、それはAIの方が早いし、要約も、ピックアップもなんでもやってくれる。でも読書の意味に、そこはあまりない。瑣末に見える背景説明や、描写の仕方に心を揺さぶるキーが隠されている。これをどうやってAIが取り込むか、人間が取り込めるのか、すごく楽しみだ。
花森安治さんの文章を書く十箇条も、ハッとさせられる。やさしい言葉で書く、外来語を避ける、目に見えるように表現する、短く書く、余韻を残す、大事なことは繰り返す、頭ではなく、心に訴える、説得しようとしない(理詰めで話を進めない)、自己満足をしない、1人のために書く。これって、仕事そのものじゃないか。理詰めだけの、面白くもなんともない話、とにかく横文字だけで意味がわからないパワポ、長々と説明されていて、みる気が起きない資料、説得しようと必死だけど、気持ちが動かない案件。
アメリカでの経験からくる即答力、チャンスを待ちきたらすぐその場で掴む力のことを指している。これは、ニューヨーカーなら絶対に認識していることだ。音楽でも、仕事でも、チャンスが来た時にとりにく、即答でやりますと答える。答えたからには死ぬ気で夜中までやる。この熱意と、場があるのがニューヨークだ。アジアでは、こうしたものよりも予定調和やコンセンサスが優先されるところがある。でも、情熱と勝負する場はむしろたくさんある。ニューヨークよりもあちこちに転がっている。なぜなら、アジアにはより高いハイコンテクストな社会があり、ボリュームがあり、熱意があるからだ。情熱を応援する個々の心の持ちようもきっとサポーティブだろう。社会が後押しをすることで情熱を形にしていくのがアジアなのかもしれない。
視点を変えて見ることの大事さは、村上春樹さんと松浦弥太郎さんには共通するところだと思っている。ウーウェンさんが、家庭料理とは何かと問われて「どんなに高いお金を払っても食べられないもの。体が休まるもの、体が求めるもの」と答えている。土鍋で作ったお米、ご飯に、おかかをかけて醤油をひとふり。このおかかご飯のうまさといったらない。家では米を炊くには土鍋しかないが、ご飯だけでも幸せになれるということ自体、本当に幸せで、他に魚とか肉と、お味噌汁があれば完璧だ。あ、一汁一菜とは、土井善晴さんがおっしゃった言葉だったか。
夕暮れをゆっくり歩く夫婦、夫のなんとも言えない幸せな表情、妻の自由に歩ける幸せを噛み締めるような幸せな表情、ここに感動を覚えた弥太郎さん。こういう日常のきらりと光る瞬間を、数多く積み重ねていきたいものだ。
ニューヨークのビル抜け、夏の暑い中でどのビルがビルの中を通って近道できるか、クーラーになるべくあたりながら移動できるかがビル抜けである。今でこそ、そこまでの需要は無くなっているのだろうけど、ニューヨークのマンハッタンの知恵は、ニューヨーカーになった気にさせてくれる。例えば、6アベと7アベの間はビル抜けできる47から56までの道が貫通しているとか、自転車もアベニューの自動車の一通と基本は同じ、なのでブロードウェイをうまく使って降りていくと、近くまで行ける。リバー沿いが両方OKなので、縦に行くならリバー沿い。喧騒を避けて広い道で歩きたいなら5アベまで行くしかないが、意外と6アベもいいよとか。
自分自身も、家族との食事の時間なんてすっ飛ばしたくなるくらいだった。そして、早くかっこんでやりたいことをやりたかった。音楽を聴きたかったし、ゾイドを動かして遊びたかったし、本を読みたかったし、何かを描いていたかったし、もっともっとやりたいことが溢れてきた。でも、家族で過ごしたこうした団欒の時間は後から見れば、幸せの一筋の光にも似た暖かくて大切な時間だったことに気がつく。人間とはかくも儚いものなのか、と思うけれど、それを抱きしめて生きていくことが人生でもある。そうしたことは、インスタやらでいい投稿して集めたいいねよりも、尊いということを、弥太郎氏は教えてくれている。