小尾芙佐のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレエディの骨折の章を読むのが精神的につらかった。エディと母親との関係が最も深刻に感じる。自分の居場所を息子に求め、そのためなら息子の自由を奪うことも厭わない姿は醜悪だった。彼女がこうなった理由は夫を失ったことがきっかけだった。
ヘンリーは父親の影響で差別心と暴力が絡み合って暴走し、なぜ父親がこういう人物なのかといえば戦争に行ってから変わったのだという。
こういった人物描写が素晴らしい。何を考えているか、どんな過去があるのか、ひとりひとり掘り下げていくことで物語に厚みが増していく。
クラブハウスで儀式を行った際に見たITは意外だったが、最終巻で更に明らかになるのだろうか。ほかの登場人物像は詳しく明かされているのだから、ITにも、外から来ただけではない何らかの説明や理由を求めてしまいそうだ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ第2巻、どんどん面白くなってきた。
ついに、やっと仲間たちが再会するシーンは感慨深かった。ここに集結するまで、いい大人であるみんなが現在どんな生活をしているかを知った上で、全員の子ども時代を振り返っている。そのために自分も仲間の一員になったかのような感覚で、まるで一緒に立ち向かっているように感じられる。
感情移入や共感とは違っていて、これは共有かもしれない。その土地や時代を共有した者たちにだけわかる何かを、無関係の読者である私がなぜか感じている。こんな小説は初めてだ。
少年少女の思い出には懐かしく楽しいだけではない、紛れもない恐怖も混ざっているが、みんなが親友になった連帯感の中で聞く体験談はいくらか恐怖も薄れる。馬鹿にしない仲間がいるというのは心強いものだ。
デリーに戻ってきたあとに勘を取り戻す作業の最中に起きたことは、これまでより不気味で不快で怖さが増していると思った。いよいよ本当の対決が始まってしまった。誰ひとり欠けることがないように祈るしかない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレル・グウィンが世に問うた最初の作品だそうな。
SFがFTに溶けてくカンジ。これまで読んできたル・グウィン作品の中では『ゲド戦記』の風合いが最も濃い。つまり、好みの部類ではある。
ハイニッシュ・ユニバースのシリーズは意図的に避けてきた。ル・グウィンを知った頃はFTにハマっており、その頃SFを意図的に避けていたのだが、その延長線上にあたるだけで他意はない。先立っては『銀河英雄伝説』のシリーズも通読していたので、それ系が苦手とかキライとかいうわけではないと思うが、なんで避けていたのかはよく覚えていない。以後、機会を失い続けてきた。
SFがFTに溶けてスペオペになった。クライマックスが超展開。ル・グウィンあるある、かもしれない。
そこを過ぎても文章に取り繕う風がないので読み味に違和感はないが、超展開があったことだけは刺さった棘のように気になり続けるので、読後感としては微妙である。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ"光は暗闇の左手(ゆんで)
暗闇は光の右手(めて)。" p.282
仰ぎ見るばかりだった偉大な先達に親しみを覚えたのは、二度目か三度目かの『シルマリルの物語』再読の最中だった。トールキン教授の稚気ともいうべき設定を見出して、あの偉大なる世界記述者にも厨二病があった!という喜びを覚えたのである。こちらのレベルへひきずりおろした昏い喜びではない。そういうこともあるのかという、自然現象、不変の真理の発見に近いかもしれない。
すなわち、厨二病は誰にでもある。違いは、公言するかしないかだけ。
厨二病を押し通して面白ければいいが、そういうことは稀であろう。そのようなものは、物語として公表するつもりのなかった設定、神話として公開されるしかなかった文章レベルのものであるべきかもしれないという天啓を得た。慎重に秘匿された厨二病成分はスパイスとして働くのではないか。
『闇の左手』再読では、ル・グィン女史の稚気を見た気がしたが、気のせいかもしれない。初読のときはものすごい好きだと思ったのだが、再読したらそうでもなかったので、どうでもよくなってしまった。
多様性の表現としては今なお見るべきものはあり、DEIというものがいかに在り様を歪めた利権主義であるかを教えてくれる一方で、SFとしては古びた観は否めない。古びた感じが残念だったのだと思う。 -
Posted by ブクログ
再読。といっても前に読んだのはたぶん20年以上前で、ほぼ初読状態。
ディックらしい作品の一つ。ぐにゃぐにゃと歪んだ現実を五感すべてで感じられるかのように読ませられる書きぶり。時間の狂い方すら歪んでる進行。モラルなんか無いが人との繋がりは持たずにいられない登場人物たち。読むのに相当の精神力が必要で、アルコールかクスリか何かの力を借りたくなる、でもページを捲らずにはいられない、そんな傑作。
でも、きっと次は読まないかなあ。ラストの読後感が気持ちよくなさすぎる。
あと、ハインラインの『明日を超えて』と同様、今なら出版できないと思われる表現が頻発するので、気分を害するかも。 -
Posted by ブクログ
自閉症者のルウ・アレンデイルは、パターン認識能力の高さを買われ、製薬会社の研究部門にある発達障害者を中心としたチームで成果を上げている。私生活ではフェンシングのサークルに加入し、健常者であるサークルメンバーとも仲が良く、ほのかな恋心を抱く女性もいるが、一部の健常者はルウの存在を快く思わず、障がい者の中にもルウを攻撃する者がいる。それでも公私共にまずまずの日々を送っていたルウだったが、所属先の上役から、自閉症を「治療」するための施術を受けることを要求される。日常に充実感を覚えているルウにとって、施術を受けることは「今の自分」を否定することでもあった。悩むルウの前に、あからさまな敵意と思われる事件が発生する・・・
作者のムーンには自閉症のお子様がいるとのことで、当事者や関係者へのインタビューを重ね、専門領域の知識も取り入れつつ、可能な限り客観的に「自閉症者が見ている世界」を言語化することを試みている作品です。壁紙の色やタイルの配列を仔細に観察したり、こだわるところには徹底的にこだわったり、不安を感じると体を動かさずにいられなかったり、といった特性が丁寧に描き出されており、それがために分厚い本になっていますが、作者の温かな眼差しが感じられます。また、健常者と発達障がい者のどちらにも与することなく、双方の想いを尊重して選んだのがこの結末なのだな、とも、鴨は感じます。
「21世紀の『アルジャーノンに花束を』」と評されるのも、なるほどなと思いました。
ただ、ここからは鴨の全く個人的な印象ですが、主人公のルウが置かれている状況が、公私共に比較的恵まれていて、リアルな世界と比べてちょっと浮世離れしている印象を、正直受けてしまうんですよね・・・。
特性のある人でも社会的に自立して人生を謳歌できる、それが「あるべき姿」なのだろうとは思います。しかし、ルウは物語が始まった時点で既に相当自立しており、自分でもそれをわかっていて、「治療」されることによって今の人間関係や女性への想いが変化してしまうことを恐れています。その恐れに、むしろ鴨は共感します。
ルウが最終的に下した決断は、人ごととして捉えれば「めでたし、めでたし」で済むのでしょう。でも、なんというか、うーん・・・それで本当に良いのかな。それを読者が判断して、本当に良いのかな。
いろいろな意味で、考えさせられました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ全4巻のうち、2巻まで読み終えました。ようやく、半分。折り返し地点。まだまだ、先は長い、、、
さてこの2巻で、成長して大人になった「はみだしクラブ」のメンバーがデリーの町に戻ってきて、役者は揃った、って感じですよね。再び僕たち、わたしたちが「IT」を、今度こそ完全に滅ぼすぞ!という決起集会をす。というね。
メンバーの一人、スタンリー・ユリスが。上巻でいきなり、自殺して死んでしまってビックリしすぎましたが、この2巻で、何故に、大人になったスタンリーは、マイク・ハンロンからの電話を受けた後に、呆然自失となって自殺を遂げたのか。なんとなく、分かった気がしました。スタンリーの、幼少の時のエピソードで。
「恐怖よりももっと恐ろしいものがある。恐怖につきあっていきていくことはできると思うが、『感覚に狂いが生じたら』、それはもう生きていけない」
というあのスタンリーの心の葛藤。それはなんというか、個人的には、凄く腑に落ちました。ああ、大人になったスタンリーは、マイクからの電話を受けて、まさに「感覚に狂いが生じて」しまったんだな、と。だから彼は、生きていけなかったんだな、と。なんというか。うん。凄く腑に落ちました。これは、スタンリー・ユリスというキャラクターの造形としては、スティーブンキング、凄く上手いなあ!と思った次第。
でも、この先、話はどう転がっていくのか全然わかりませんが、個人的には。スタンリーには、生きていて欲しかったです。大人になって、彼も「はみだしクラブ」のみんなと、再会して欲しかったです。そこはただただ、シンプルに、残念です。
スタンリー、このまま、物語の舞台からは退場したままなのかなあ?なんか、もったいないなあ。なんかしらで、この先の大人になっているメンバーと「IT」との戦いのなかで、でてきてくれないかしら、、、死んじゃってるから、無理なのかなあ、、、?
あと、「はみだしクラブ」のメンバーはみな、大人になって、はみだし者では、無くなった。みんな、地位も名誉もお金もある程度は手に入れていて、パッと見は、いわゆる「成功した者たち」というイメージではあるんですが、、、やっぱみんな、なんというか、どことなく、、、不幸なんですよね。
ヴェバリーは旦那が超DV野郎だし(そしてそれを必死に隠そうとしてるし)、ビルはハゲてるし(これは別に不幸でもないか)、エディは母親が超心配症だったけど今の妻もやっぱ超心配症だしどっちも超おでぶさんっぽいし、マイクだけは昔と変わらず寂しそうでお金ももってなさそうだし。なんというか、、、トラウマ?幼少の?それって絶対晴れないものなの?という悲しさがあってキングってなんか、怖いなあ、性格悪いの?とか思ってしまった。
あと、「はみだしクラブ」のメンバー全員が「子供を作ることができない」?というこの設定?のようなものは、今後、どんな意味があるんだろう?幼少の時の「IT」との対決の結果、なんらかの因果で「子宝に恵まれない」という呪い?をかけられた、ということなんでしょうが、、、それに何の意味があるのか?全然分かりません。
今後、3巻4巻と読み進めていったら、その設定の意味が分かる?のでしょう、おそらく多分きっと。
とりあえず、読み進めます! -
Posted by ブクログ
ネタバレわたくし、今、46歳です。どオッサンです。初老と自称してよい気もする。アラフィフだし。人生の残りタイマーも着々とチャクチャクと減ってきております。
そんな人生の夕暮れ時、黄昏時、誰そ彼?な時刻に足を踏み入れようとしている俺だ。生きてるうちに、あと、どれほどの、名作と評されるものと、巡り合う事が出来るだろうか?という疑問が湧きました。
なので、スティーヴン・キングの小説を読もう!と思いました。なにが、というわけで、なんだろう?分からぬ。分からぬよ俺には。
でもとりあえずスティーヴン・キング。そらもうなにしろスティーヴン・キング。その名も高きスティーヴン・キング。名声は四海および斯界に轟く存在です。なんせもうスティーヴン・キングですからね。ホラーの帝王、或いはモダンホラーの帝王。現代アメリカ文学界を代表する、まさに屹立する巨人。
というかアレですね。俺、超、小説大好き男なのに、46歳になるまでスティーヴン・キング、手を付けてなかったんかい!という自己ツッコミができるものであります。実は全然知らないんですよスティーヴン・キング。ほとんど知らないんですよスティーヴン・キング。
その作品、一冊も読んでいない、わけではない。のですけどね。何冊かは読んだことあります。あと、スティーヴン・キング的小ネタ?みたいなものとして。
わたし、宮部みゆき、ウルトラ好きなんですよ。日本の小説家で多分一番好き。宮部さんの数々の作品を心から愛しております。その宮部さんが、スティーヴン・キング氏の作品を心から愛している、ということは、知っているのです。でも何故か、、、心から宮部作品を愛するわたくし、「宮部さんが大好きなスティーヴン・キング氏の作品をガッツリ読んでみるぜ!」とは、今まで、全くねえ、、、ならなかったんだよねえ、、、人生って不思議だよねえ、、、
わたくし、高見広春さんの小説「バトル・ロワイアル」、ウルトラ好きなんですよ。あれはもうねえ、大学時代に読んで、それはもう途轍もない「ガッツーン!!!」の衝撃を受けましたねえ。未だに僕の心の中の衝撃度ランキングでは、超トップクラスの存在です。で、そのバトロワ作者の高見さんが、これまたスティーヴン・キング氏が大好きだという事も知っている。作中の城岩中学が「キャッスル(城)ロック(岩)」のもじり、ということも知っている。
かように、ここまで色々若干のイロイロのニアミスがありながら!46歳になるまで、スティーヴン・キングの作品にガッツリと手を出すことのなかったこれまでのマイライフ!それはいったい、なんだったのか?ということを自省する事も有り。わたくし、数日前から、スティーヴン・キングの作品に、がっぷり四つで組みあおうと決心したわけですね!
そして、泣く子も黙るであろう、スティーヴン・キング、問答無用の代表作!「IT(イット)」を読み始めたのですな!ちょいと、お知り合いのキング好きのかたから、お借りしました。
この「IT」は、勝手にまあまあ最近の作品だとばっかり思っておりましたが、スティーヴン・キングの作品史で言いますと、かーなり古いんですね。なんと発表、1986年だそうでして。ええ!?2024年現在からすると、38年前!?ビックリですよ。俺、8歳の時かいな。ビビっちゃう。
「IT(イット)」とは。「それ」ってこと、ですよね。「ソレはソレ」?「コレはコレ」?ソレって、いったい、なんなんだ?読み進めていったら、分かるのでしょう。きっと。
で、まずは1巻、読み終えました。感想としては。
物語の本題以外の部分と思われる個所が、どえらく長い。いやもうめちゃんこ細かいですね。キング、人物造形というか物語の世界の造形にこれほどまでにこだわるのか。スゲエな。という驚き。
これは、このエピソードは、枝葉末節ではないのか?とか思っちゃったりもするんですが、、、きっとキングにとっては、決して外すことのできない部分なんだろう。そうなんだろう。と思いながら読んでおりました。もし、キングが映画監督だったら、撮る作品撮る作品、全てが3時間越えは当然なのでは?編集とか、ちゃんとできるのか?とか思ってしまった。全てを書き込みたい全てを語り尽くしたいタイプの人なんだろうなあ、とか思った次第。
で、「IT」はホラー小説らしいぞ、ということは、ホワッとしってるんですよ。前知識で。なんとなく。でもこの第1巻、全然ホラー小説っぽくないぞ。どっちかゆうたら青春小説って感じだぞ。映画「スタンド・バイ・ミー」とほぼ一緒じゃん。とか思いました。ちなみに小説のスタンドバイミーも読んだはずなのですが、ほぼ全く覚えていない、、、罰当たりですみません、、、
IT ビル・デンブロウ(弟のジョージ・デンブロウが死んでしまって家族崩壊)
スタンドバイミー ゴードン・ラチャンス(兄のデニー・ラチャンスが死んでしまって家族崩壊)
この二人はほぼ一緒だぞ、作品越えてキングの精神的根っこだぞ、ってことですよね?
学校の超人気者ではない的な面々が友達グループになる超エエ感じの友情の雰囲気とか、バンバンに不良グループにケチョンケチョンにされたりするところとか、まんまスタンドバイミーやんか。とか思いながら読んでおりました、この「IT」第1巻。全然ホラーちゃうぞ?という。
ピエロみたいな悪「IT(それ)」が、きっと魔物であり怪物であり悪魔であり最大の敵であるんでしょうが、アレも、、、なんつーか。いわゆるリアルな実体をもった「怪物。モンスター」人知を超えたリアルな生き物の存在ではなくて、「人間の精神的な意識の象徴としての実態をもたない悪」という印象です。
神や悪魔って、単体として存在するものではなくて、「人間」の意識が集まってその存在ができあがる、と僕は理解しましたね。
で、デリーという町そのものに悪(悪魔的なもの)が憑りついている。という考え方はめちゃメカラウロコでした。町そのものの意識(その町に住む人々全員の意識と歴史)が、悪魔的な存在を、生んだのだ、と理解しました。
27年という周期に何の意味があるのかは分かりませんが。そのピエロ的悪意の飢餓の周期が27年なんだろうなあ。「悪意の餌場」がデリーという町そのものなんだろうなあ。と。それはもう、どうしようもなく「人間」が存在する以上、避けられることができないものなんだろうなあ、と。
あと、ピエロって、なんというか。「悪」の象徴。「怪物」の象徴。そんなイメージがつきやすいのも、なんというか、人間全体の深層心理に関係しているのでしょうかね?
「バットマン」の「ジョーカー」もピエロだし。TVゲーム「ウィザードリィ」に「フラック」という超手ごわいモンスターが登場するんですが、そのフラックも「道化師」のイラストで描かれているし。ここら辺、なんか、人間としての意識として「ピエロ = 悪、悪魔の象徴」というなんらかの深層心理、あるんじゃねえの?とか考えたりもした。
とりあえず、2巻以降も、ジワジワと読み進めていきます。楽しみです! -
Posted by ブクログ
【ポアロ】
1966年クリスティー76歳。
「自分が殺人を犯したような気がする」と、若い娘がポアロのもとに訪ねてきた。
その後オリヴァ夫人と共に調査を始める。
またもや女性推理作家のオリヴァ夫人登場。
今回はまるでタペンスのような暴走をしてしまう。
ビートルズが出てくるので、古典作品のイメージから急に現代的に感じる。
不可解な娘の言葉だけで、本当に何かが起きているのかわからないままの途中が長い。
そしてまたあの作品と同じようなツッコミを入れたくなった(^o^;
クリスティー作品は攻略本を見て面白そうな順に読んでいる。
60冊を超えたので自分のあまり好きではないタイプだったり、攻略本でも評価が低い作品ばかり残ってしまった…。
そのため最近クリスティーのレビュー評価が低めになっているけど、それでも読み続けたい魅力がクリスティーにはある。
まだいける!