舞城王太郎のレビュー一覧
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ネタバレ 無料版購入済み
融合し続けたらどうなる?
主人公のお2人、早い段階で一心同体みたいになってしまって、これを繰り返すと、どうなるのでしょうね。無理矢理剥がせないので、ずっと一緒にいるのでしょうが……
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無料版購入済み
吹き出しが読みにくいです
単純な話、書き文字とかは縦書きもあるのに、吹き出し内が横書きなのに、右から左へのページ構成はそのままなので、読みづらいですね。敢えての効果も、あまりなかったですよ。
画力はだいぶ上がっているだけに…… -
Posted by ブクログ
ネタバレ「タイトルを見ただけでうんざりした」
うーん、もったいない。このタイトルがぴったりなのに、この小説。と思うとやっぱりタイトルで合わないなら本文も合わないのかな。
タイトル込みで私は大好きな作品です。
「♥♥♥UI♥U!」副題もかわいいし、直球。
「主人公」が、「好きな子」を失ってしまう話が続く短編集なのでちょっと気が重くなります。ちょっとというかだいぶ。でも切々と語られるのが文学的と言うよりも割と生々しい表現だったり、(言い方悪いですけど)軽めの語感なので文字に起こしてあるものを読むというよりも気持ちがじかに脳みそに流れ込んでくる感じ。感情そのままをぶつけられる感じ。
だだだだだっと流し込まれるように文字の羅列が続くので、合う人合わない人がいるかもしれません。
「好き」っていう気持ちを愚直にまっすぐに、嘘偽りなくなんのデコレーションもせずに伝える話なので、タイトルもこれくらい単純なほうがいい。
好きって気持ちが今後持続する確証はないけど、今この瞬間はそう思っているから「ずっと好きだ」と伝えるような、そういう恋人の話です。死別しちゃうから気持ちがしぼんじゃうのはそりゃあそうだけど(時間とは残酷なものなので)それでも今この瞬間、永遠に好きだって思える相手がいるのはいいなぁと思います。
メインは小説家の男性・治と、その彼女であり闘病生活を送っていたが帰らぬ人となってしまった恋人・柿緒の話。ふたりの話のあいだに、こまぎれにSF風味な「恋愛と死による喪失」をテーマにした短編が入っています。
私は合間合間の短編は治の著作だと思っているんですけど、明言はされていないので各々の解釈にゆだねられている感じなのかな。
>祈りは言葉でできている。言葉というものは全てを作る。言葉はまさしく神で、奇跡を起こす。過去に起こり、全て終わったことについて、僕たちが祈り、願い、希望を持つことも、言葉を用いるゆえに可能になる。過去について祈るとき、言葉は物語になる。
私は治の著作だと思っているので、短編の各主人公がヒロインのことを愛してるんだなぁと思える行動をとっているのを見ると、治からの柿緒への祈りはこういった形で昇華されているんだなぁとなりました。あとは治の気持ちの暗示が多少されているのかなぁと。
智依子パートでは「闘病中の、もう助からないであろう彼女が不思議な力をかけられ希望を抱く」。
妙子パートでは「死んでしまったとしてもまた再会できるかもしれない」。
ニオモパートでは「自分の力じゃ勝てないような強大なものに立ち向かう少女」(闘病のメタファーかな?と思いました)、「その子が巨大なものに殺され、いなくなったあとまた別の愛を見つけることができるかもしれない主人公」。
治の視点で進むので柿緒への愛が伝わってくるのがすごく切なくて好きです。ただ、弟くんの立場からすると「小説回収しろや!」っていうクレームもそりゃそうだし、ムカつくだろうな。人を亡くすっていうのは様々な軋轢を生んでしまう、それだけ大きな出来事だからなぁと思います。でも残されたほうは苦しくても頑張って生きて行かなきゃ、と思います。 -
Posted by ブクログ
「熊の場所」の書き直し
前回三島賞候補になった「熊の場所」は、選評での指摘どほり、神戸の酒鬼薔薇事件を扱った。しかし、選評を読むと銓衡委員の不満が窺へた。
で、今回阿修羅ガールをよんでみて、また酒鬼薔薇事件を扱ってるではないかと思った。
舞城が熊の場所の選評に反応したとしか思へない。
構成は複雑ではなく、言葉づかひも思ひのほかわかりやすかった。
宮本輝が相変らず受賞に反対してゐて、島田雅彦が輝サンは筒井康隆の首を締めさうだった。と書いてゐる。
創価学会の宮本輝だから106頁の宗教の記述が気に入らなかったのかもしれない。と思った。
しかし読んでも、なんでこれが舞城の代表作と言はれてゐるのか釈然としない。
三島賞は、文春の芥川賞に対抗して新潮社が設立した新人賞だ。阿修羅ガールの選評を読むと、他の候補がよくなく消去法で選ばれたことがわかる。 -
Posted by ブクログ
冒頭、びっくりさせられるよね。
二昔前ならあばずれ(死語)の言う言葉。
しかし、生き生きとした文章になっているよ。
明治時代の言文一致運動を彷彿させるというのはおおげさかな。
当時の新聞連載の大衆小説とかの会話の部分はかくやと思う。(徳田秋声「あらくれ」とか泉鏡花「婦系図」二葉亭四迷「浮雲」田山花袋「蒲団」などをおもしろく読んだのでなお思う)
高橋源一郎さんもあるコラムにて太宰治の「女生徒」高橋治「桃尻娘」と上げておとめ言葉の変遷をおもしろく書いてらしたし、私も「桃尻娘」は痛快だったのだ。シリーズ完読したもの。
そう、現代はやり言葉の語りとしてはいい、「あいこ」の素直な生き方みたいなものはよくわかるし、これからもっと成長するだろうなーという予感がして好もしい。「ばか、うざい!」っていわれそうだけれど。「森」はこの小説の意味を深める童話。しかし「あいこ」言葉で語ってほしかったような。大きい活字も一行か二行で止めておけばいいのにとも思った。でも、コミックもろくろく読んでいない私にはコミック的でもあったし、おおいに珍しかった。
難はきっかけになった「佐野」事件のゆくえがはっきりしなくて何か物足りない。私など犯人は「陽治」などと途中で勘ぐった次第。深読みしすぎ。
あ-あ、それにしても『減るもんじゃねーだろ...』ってほんとに一気読み、時間が減らない面白さではあった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレここのところ舞城王太郎中毒で、順番に読んでるんだけど、このネット社会で舞城王太郎が覆面作家であり続けてるのは奇跡なんじゃないかと思っていろいろネットサーフィン(死語)してたら、舞城王太郎女性説に遭遇した。
軽くショック。全くその発想は無かった。
でもその後で舞城王太郎のTwitterアカウントを知って見てたら自画像を女性の姿で描いてるし、女性説の根拠も説得力あって、ひょっとしてあるのか?女なのか?と疑い出した。
そしたら読書家の友人が「そう言われるとそうかもしれないと思う。前に読んだ女性一人称の作品、全く違和感なかった」と言う。
それがこの作品なのかは確かめてないけど、私にとっては初めての女性一人称の舞城王太郎作品。
なんか、変な話だった。
平たく言うと、女子高生の精神世界を書いた話。
いろいろえげつなく人が死んだり殺されたりするけど、特に解決しない(ぐるぐる魔人の事件くらいか)し、けっこうファンタジーなことが起こるし。
ヒトの内面なんて見たことないから、こういう造り(?)の人も居るかもしれない、とは感じた。
で、個人的にエロ話する女が苦手なので、この作品はあまり好みではなかった。ただ、確かに女性一人称としては違和感はなくて、今では舞城王太郎はほぼ女性なんじゃないかと思うようになった。
残念。
なんだろ、男性だったら許容できた自分がいる。そういう先入観?で判断されたくないから舞城王太郎は覆面作家であり続けるんだろうし、性別で好き嫌いが変わるのはどうかしてると分かっちゃいるけど、そう思っちゃったんだから仕方ない。
まぁとにかく、男だとしても女だとしても舞城王太郎の一人称は男性目線がしっくり来る。私にとって。
あらすじを説明するのが難しい。文庫本のウラスジが良く描けてる。
舞城王太郎4作目なので読んでる方にも慣れが来たのか、それほどインパクトを感じなかった。これ以前の作品のような強いメッセージも受信しなかった。
そういう意味じゃ穏やかな作品かもしれない。
あと、アイコがラストで得た「人間は100%悪くはなくて芯の芯に良いところがある」ってのは、確かにそうだけど残忍な殺人者に当て嵌めるとなると私は抵抗力の方が勝る。
好きって感情が原動力となってるわけじゃないのに他人のために動ける陽治が一番ホトケだった。