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Posted by ブクログ
どうしてなのか自分でもよく分からないけど、読み終わった後しばらく心に居座り続ける本がある。これもそうだった。
話は3つに分かれていて、それぞれの主人公を見守る『何か(もしくは誰か)』が物語を語る珍しい二人称の小説。
色々な解釈の仕方があるだろう。こういう不思議な掴みどころのない話は。
『これはこうだからこうなのだ』というほとんどの人が辿り着くような明確な結論はなく、悪意の近くに吸い寄せられるように現れるブラックホールのようなものの正体も、そしてその空間をいったりきたりする裸の男が誰なのかも分からない。
文章なのにそれらはわたしの頭の中でビジョンとして居座り続けるから、ついついそのことについて考え続けてしまう。
自分のやりたい道を迷わずに、ずんずん進んでいく人の物語を読むのは、とっても気持ちのいいもんだ。例えそれが、ところどころ身震いするような恐ろしい話だったとしても。
Posted by ブクログ
twitter文学賞受賞作ってことで。舞城作品は、だいぶ前に『煙か~』を読んで以来。それなりに楽しめたものの、読書巧者がこぞって誉めそやすほどには入れ込むことが出来ず、数作品買ってはみたものの、どうにも手が伸びず、今まで距離を置いてきてしまっていた。自分も読書キャリアを経てきたし、作者もどんどん円熟度を増しきてるだろうし、っていう風に双方の良い条件が重なったおかげもあってか、本作は上記作品よりも遥かに楽しめました。内容は、珍しい(そして難しいであろう)二人称で描かれる、中編×3編から成るもの。各主人公の背後霊的な”淵の王”目線で、ちょっとホラー寄りの物語が語られる。登場人物の造形やら、ホラーの味付けやらがそれぞれに絶妙で、あまり長くない作品の中に、それぞれの人生が濃縮されてつまっているのも良い。俄然、彼の他作品にも興味が沸いてきました。
Posted by ブクログ
名前のない二人称は主人公を愛し、慈しみ、彼らの魔と悪への対峙を見守る。二人称のその無力さが、読む者が必然的にもつ無力さとシンクロするため、読後に不思議な余韻を残すのだと思う。
ストーリーにわかりやすい対立構造をもつ「さおり」と、インパクトのある強敵と格闘する「悟堂」に比べて、「果歩」には明確に対立する敵や実体化した敵が登場しない。広瀬や絵の少女がそうかというと違う気がする。強いて言えば自分自身の意識下にある何か、または健全な外観からは見えない悪なるものである。それに気づかない者は、恐らく生涯気づかない。また気づいたときには「怖いことを考えることそのものが、悪い影響を持つ」というテーゼのもと、すでに手遅れになっているのである。
つまり「深夜百太郎」を完成させた舞城は、もういろいろと手遅れなのかもしれない。でもきっと、「果歩」のラストで二人称が消えかけたときのような執念をもって復讐のチャンスをうかがっている。
Posted by ブクログ
2016年第6回Twitter文学賞第1位受賞作
怪奇で不条理な三つの物語から構成されるホラー作品です。
「中島さおり」「堀江果歩」「中村悟堂」と、それぞれ主人公を変えながら、日常がふと怪異へと切り替わる瞬間を描いています。
私が最も印象に残ったのは、「堀江果歩」の章でした。漫画家となった果歩は、自分では描いた覚えのない登場人物が作品に現れていることに気づきます。
昭和のアイドルが、多忙すぎて当時の記憶がほとんどないと語る話を耳にすることがありますが、極限状態では、自分でも意識しないまま何かを生み出してしまうことは、案外現実にも起こり得るのかもしれない。
それぞれの物語は、怪異やホラーとして「そこを突いてくるのか」と思わせる面白さがあります。
一方で、会話の比重が大きく、また地の文の語り口が私には少し馴染みませんでした。舞城王太郎らしい文体なのだと思いますが、そのリズムに乗り切れず、作品世界へ深く入り込めなかったのが少し残念です。文体との相性が合えば、さらに面白く読める作品なのだろうと思います。
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