吉永南央のレビュー一覧
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ネタバレ*誰も本当の名前を思い出せない、ただFと呼ばれる彼。会社の不正を知った43歳の容子は、Fだったら、と自問する。解体業を営む43歳の悦史は、高校でリンチに遭わせたFの言葉に今も囚われている。41歳の有輔は25年前、淫蕩な母をナイフで刺し殺そうとしていた自分を止めたFの一言を反芻していた。目撃談のように語られるそれぞれのFの記憶。人生において喪失は再生の始まりであることを描いた一筋の光のような美しい物語*
最近お草さんシリーズが重過ぎる私には、丁度いいくらいの重量感でした。翳り、やるせなさ、諦め、もどかしさ、などの入り混じった人間模様の描写はさすが。一筋の光…とまでは感じなかったものの、救いの残るラストもいい。なんだか不思議な読後感が残る1冊。 -
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ネタバレ*紅雲町では山車蔵の移転問題が持ち上がり、お草が営む小蔵屋の敷地が第一候補に。話し合いが必要だが、お草は母の言いつけで「うなぎの小川」とは絶縁状態で、話し合いができない。かつては親友だった女将と亡母の間に、なにがあったのか。紅雲町を歩き回るうち、お草は町全体に関わる重い事実にたどり着く。シリーズ第5弾*
安定の世界観に卓越した表現力、いつもながら素晴らしいです。ただ…回を追うごとに、心に刺さる内容の重さが少々辛いのも事実。出来れば目をそむけたい、そんな現実がつまびらかになっていく様が克明過ぎるせいかな。
秋冬の、心に余裕がある時に読みたいシリーズ。 -
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若さゆえといえるだろうか、悩み自分をもて余すような時期がある。そんな時期に目立たないはずなのに巣くったように今もときどきよみがえるFという同級生あるいは近所の青年。転機をつくってくれた彼のことを、いいトシになっても苦悩したり思うようにならなかったり不甲斐なさを感じるときに思い出す……そんな3人の物語と、最後にF自身の今が描かれる。
孤高のF。あざやかに規範を破ってみせるF。3人の物語からそんなF像を描いていたんだけど、最後のF自身の今の物語からは孤高が破られそうな感じが漂ってきた。「ブルータスよ、おまえもか」という感じ。
さながら、「人は一人では生きられない、誰かとともに生きているんだ」的な陳腐な使い古されたムードに、ハッピーエンドでよしと思う部分もありながら、それじゃ、過去のFの言動を転機にした人たちにとって、それって何だったのって思ってしまう。
男だ、女だってくくるのはよくないけど、著者が女性だからこういう話で終わるのかしらと思ったり。男性だと孤高を孤高のまま美しく終わらせる気もする。でも、それもまたありきたりな運びともいえ、そういう意味ではこういう結末だからこそ、考えさせるものがある……ともいえる。
単行本から9年もたっての文庫化ってどうして? 副題についた「中谷君と私」の私って誰? 著者の思い出のなかにF君的な存在がいるのかな……。 -
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ネタバレお草さんシリーズ第2段。最早日常ものミステリーの枠を超えて、田舎町人間模様短編集という体をなしてきた。ミステリー要素もあるにはあるが、フーダニットはおまけの扱い。紅雲町をとりまく小悪人どもvsお草さん一派の行き詰る日常…これはこれでオモロいけどね。
お草さんの生き方が相変わらず素晴らしい。彼女の凛とした生き方、処世の術を読むにつけ、どんなに困った事態になろうとも日常を丁寧に生きる事の大切さと、それによる強さを思い知らされる。
きっちり掃除し、暖かい旬の手作りの料理を食べ、物を大切に使い、背筋を伸ばして生きることの大切さ。そうやって生きる人の強さ。
やっぱ、このシリーズハードボイルドやわ。カッチョええわぁ -
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おばあさんが身近な出来事の謎を解く、紅雲町珈琲屋こよみ、シリーズ3作目。
連作短編が繋がって長編になっているような作品です。
珈琲豆と和雑貨の店、小蔵屋を営むお草さん。
白髪をお団子にまとめ、いつも着物姿です。
若くして離婚後実家に戻り、65歳のときに思い立って改装し、十年以上たつ大事な店。
季節を感じながら、馴染みのお客さんや近所の人にも目配りして、丁寧に暮らしています。
今は若くて元気な体育会系の久実が、店を手伝ってくれているのです。
珈琲豆を安くおろしてくれている会社の社長三友が会長に勇退、娘が跡を継いだ。
これまでと同じようには行かないだろうと不安を抱える草。
親友の由紀乃の親戚で美容師のミナホ。
弱ってきた由紀乃の髪の手入れに家に来てくれているのだが、たまには気晴らしに連れ出せないかと考え始める草。
一方、大学生の頃から知っている萩尾が、近くの八百屋に産地偽装の疑いがあると取材に来た。
この萩尾は新聞記者だが、地元での歴史研究も熱心に続けていて、ミナホの父である教授の弟子でもあった。
何年も前のことだが、円空仏が発見された後で行方不明になった事件があり、萩尾と教授とミナホは何かこだわりを抱えているらしい。
少しずつ関わって行く草は、淡々と見守るようで、ここぞというときには、きっぱりと物を言う。
秘めた悲しみや年月の重みを感じさせるような、ほろ苦い事件が多いのですが、意外にふっと軽くなる展開もあります。
きれいなリヤカーで野菜を売ろうとする若者に親切に場所を紹介してあげたり。若者のパワーも、時には光ります。
ほっこりというよりは、しみじみかな‥
読後感は悪くないです。
生活を楽しむには、センスって大事だな!と思います。
丁寧に年を重ねたから気づくことや言えること。
衰えにも目を逸らさず、重く考えすぎず、出来ることをしていきたい気分になりますね☆