坂口恭平のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
・狭い居酒屋だったのが、満席になるとより狭く感じるかとおもいきや、大空間に感じる。
といった空間が膨張したり、停滞したりする瞬間のほうが、正確に測った堆積や均等に流れているはずの時間よりも真実味を感じてしまう。
・4歳から98歳までの自分の98個の鍵盤のようにズラリと横一列に並べて歩いている。
55歳の自分が何をしているのかを想像することと、10歳の時の記憶は音色こそ違えど同じ色。
・人間を機会として捉えることは「人間的」には見えないかもしれない。しかし木の枝に擬態するナナフシを思えば、人間が機会に擬態することも「生物的」な行動であることがわかる。(鬱は脳の誤作動、と捉えること)
・ルドルフ・シュタイナー:蜜蜂が飛び回る姿を「思考が飛んでいる」
今までつながるはずのなかった者同士が、蜜蜂によって交配されていく。蜜蜂にはつなげている、という意識が全く無いように、思考も自由に言葉やイメージを組み合わせ、勝手に新しい世界と戯れ始める。
・ぼくにとって「ものがたり」とは、あらすじを持った作り話ではなく、感覚器官という扉の向にしっかりと存在している空間を、現実のもとにおびき寄せる行為のことを指している。
◎現実が集団にとって飲み実態のある空間であると、気づくことだ。個人にとっては仮想空間なのである。今僕達は、この現実を個人にとっても実態のある世界だと思い込んでいる。そして、思いつきや直感といった言葉で表現されるような事柄に関しては、勘違いや妄想といって排除してしまっている。
個人にとっては、自分自身の体の中に形成された自家製の「思考という巣」こそが実態のある空間であり、現実という空間は個人にとって「錯覚」にすぎない。 -
Posted by ブクログ
前著「独立国家のつくりかた」が面白かったので楽しみにしていた。そこでいわれたレイヤーを掘り下げる本かと思ったが、しかし、どうも違う。うまく読めない。僕としては珍しく、一日数ページずつというスローペースで読んだ。
どこまで読んだかわからなくなって行ったり来たりする。ここは読んだよな、いやはじめてかもしれないな。既視感がある。デジャブを否定されて悲しむ著者に自分を重ねたりしてみる。
「しっかりと言語化されていない叫びを人々に投げかけたとしても、誰も耳を傾けないだろう。他社もまた自分だけの空間を持っているのだから。土足で入り込んではいけないのだ。現実さんともそのように接する必要がある。」
そうだ、これは僕も通り過ぎてきたことの言語化ではないか。既視感はすなわち、うまく言えなかったこと。
だが、読後は引き続き言語化出来ない自分の思考に気持ちわりー、頭いてー、という状態である。ビバ人世(なんて言葉でごまかすからいけないんだよね、わかってるよ)。 -
Posted by ブクログ
なんとも前向きな物語、でした。
主人公は路上生活者、いわゆるホームレスです。
始まりは1990年代後半、舞台は題名にもある隅田川の沿岸、
“テレカ”などの単語にどこか懐かしさを感じながら、、
生きていくこととは「全てを捨てる」ところから、
こういうブレなさ、前向きさもあるのだなと、、うーん「強い」。
狩猟民族との観点はなるほどと、妙に納得です。
日本の原風景は農耕ですから、新鮮さを感じたのかもですが。
ただ、その狩猟する「獲物」も周囲とのつながりがあってこそで、
その周囲を「自然」に限定されないのが、時代を映しているようでもあり。
“自然の手伝いをして、その恵みを分けてもらう。”
ちょうど同時期に読んでいた『奇跡のリンゴ』での、
このフレーズが浮びました、まったくベクトルは逆なんですけどね。。
小説といいつつも、主人公達の息づかいまで感じるとれるような内容で、
これは実際に作者の方が、地に足のついた取材をされていたからなのかな、と。
「生きていく」ということをつきつめると、、なんて考えてしまいました。 -
Posted by ブクログ
坂口恭平氏による、彼の本に出てくるホームレスの鈴木さんを主人公にした小説。
ホームレスというと落ちるところまで落ちたという感じがするが、それでも、その人の工夫、感じ方次第で、ここまで豊かな生活を送れるというのは、前に読んだ坂口氏の本に続き、やはり驚き。
一見、主人公のスーさんの知恵や工夫の素晴らしさ、コミュニケーション能力の高さが目に付き、この人どこに行っても優秀じゃん、という気持ちになってしまう。
しかし、終盤でクロちゃんという、鈴木さんとは真逆の一見「無能」とも見える人物が、なんと台東区の色々な家でご飯を食べさせてもらっているなど、台東区を自分「家」のように使ってしまっているという驚きの事実が明かされる。
それも一つの才能のありかただ、と言ってしまえばそれまでなのだが、我々個人個人が、それぞれのやりかた、考え方で、世界を変える余地がまだ残されているのでは?と思った。
解説にもあったが、世界のルールを変えるために戦うというのは、相当な強い人間であっても、とても骨が折れる。
そうではなく、スーさんやクロちゃんのように、自分独自の視点で世界を再発見することが、これからの時代には特に重要なのではないかと感じた。 -
Posted by ブクログ
この著者の意図は、ホームレス生活のノウハウを紹介する事ではない(そういう意味も結果的にはなってはいるが)。彼らの生活の知恵(それも驚くべき内容の)をし?ことで、現在の経済活動のもう一つの可能性(お金など無くても生きていける可能性)を探ることにあるのである。
とても、刺激に満ちた内容だった。
ダンボールだけで十分暖かい寝床の作り方、電気契約をし無くても電気器具が使える方法、クリアボックスを使った簡便お風呂、完全リサイクル・エコ生活をしている多摩川のロビンソンクルーソー、等々。
これらは、東京の特殊事情も沢山ある。だから岡山の地方都市では、また違う工夫が必要だろう。しかし、ここに書かれていることがらを応用すれば「ゼロから始める都市型狩猟採集生活」はできそうな気がする。
日本は上ばかりを向いてやって来た。でも、そればかりが歴史上の姿では無かったと私は思う。