曽野綾子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
曽野綾子氏の著書にしては語り口が丁寧で、雑誌に連載されているエッセイのような皮肉めいた強烈な批判がなかったように思うが、日頃から述べられている意見の中から老人に関する点に焦点を当て、わかりやすく論述している。私は無宗教なので、宗教に対する意見が異なることを除けば、著者の意見には全く同意できる。利己的でわがままな人たちがいなくなるよう、教育を改めていくべきなのだろう。外国からの日本人に対する評価は、今より戦前の方がずっと高かったと思われる。したがって、戦前のような、日本人の心としてのつつましやかさや、人や自然に対する敬意と感謝、奉仕の精神をはじめ、大和魂に代表される、長い歴史に培われた純粋でさわやかな心意気について、もっと勉強すべきなのではないか。
印象的な記述を記す。
「日本は経済大国なのに、どうして豊かさを感じられないのだろうかと言われますが、答えは簡単です。貧しさを知らないから豊かさがわからないのです。今日も明日も食べ物があって当然。水道の栓をひねれば、水が飲める。飲める水を使ってお風呂に入り、トイレを流している。昔は日本人も水を汲みに行ったり薪を取りに行ったりしましたが、今ではそういう生活が当たり前になった。もともと人間が生きるということはどういうことかを全然知らない、おめでたい人が増えたのです」
「日本人の多くは、人は皆いい人という性善説が好きですが、私のように性悪説だと、人と付き合っても感動することばかりです。だれでも嘘をつくだろうと思っていると、騙されなかったり、むしろ救ってもらったりする。その時、自分の性格の嫌らしさに苦しむことはあっても、いい人に会えてよかった、という喜びは大きい」
「たとえば財団などの会長や理事長がなかなか辞めず、そのうち急に体力が衰えたり惚けたりする。会議中に一言も発言しなくてお茶だけ飲んで帰る人もいれば、居眠りをしている人もいます。前の日にどんなことがあろうとも、会議の時ぐらいは我慢して起きている力のない人は、そのような任務に就いてはいけません。少なくとも、しゃべらない、耳が遠くなって話が聞けない、居眠りをする人は、理事や評議委員を辞任すべきだと思います」
「「何をしてもらうか」ではなく、「何ができるか」を考えて、その任務をただ遂行する。それが「老人」というものの高貴な魂だと思います」
「今の日本人の間違いは、古くから「備えあれば憂いなし」と言われているのに、備えもしない人が、かなり増えたことだと思います」
「あからさまな悪徳商法に引っかかったり、途方もない儲け話にころりと騙されたりするのは、多くの場合、強欲な年寄りです。何十年も生きてきて、どうしてそんなばかな話に引っかかったのか、と思うことがよくありますが、楽して儲けたい、という気持ちが整理されていないのでしょうね」
「アフリカでは、お金がなかったら病気になっても治療が受けられずに死にます。痛みも止めてもらえません。しかし日本では、ホームレスも治療を受けられます。自治体や病院によっては、扱いが悪いところもあるでしょう。どこの国とくらべて、そう言わねばならないのか、よくわかりませんが、それはもう納得するよりしょうがありません。老年のよさは、それほど長く生きていなくて済む、ということでもあるのです」
「目が見えなくなったら、死ぬべき運命なんですよ。なぜなら、動物としては、餌を取れなくなれば死ぬよりしょうがないから」
「一生の間に、ともかく雨露を凌ぐ家に住んで、毎日食べるものがあった、という生活をできたのなら、その人の人生は基本的に「成功」だと思います。もしその家に風呂やトイレがあり、健康を害するほどの暑さや寒さからも守られ、毎日乾いた布団に寝られて、ボロでもない衣服を身につけて暮らすことができ、毎日、おいしい食事をとり、戦乱に巻き込まれず、病気の時には医療を受けられるような生活ができたなら、その人の人生は地球レベルでも「かなり幸運」です。もしその人が、自分の好きな勉強をし、社会の一部に組み込まれて働き、愛も知り、人生の一部を選ぶことができ、自由に旅行し、好きな読書をし、趣味に生きる面も許され、家庭や友だちから信頼や尊敬、好意を受けたなら、もうそれだけで、その人の人生は文句なしに「大成功」だった、と言えます」 -
Posted by ブクログ
「生贄の島」に続いて1971年に発表された曽野綾子氏の渾身の沖縄ルポですが、今回は渡嘉敷島で起きた集団自決は、果たして定説通り赤松大尉の命令だったのかという真相に迫る内容です。
著者は赤松犯人説の根拠となる残された資料に当たるうちに、不思議なことに気づきます。
根拠の資料とされる3種類の文献の肝心なところの描写が一言一句同じだという奇妙さに。
ここから、作家としての勘を働かせながら、残された当時の文献と当事者たちに話を聞いていく。
真相に迫ろうとするこの過程もスリリングで面白いので、是非読んでほしいのですが、最終的には筆者は白黒どちらかという判断を避けています、いや正確に言えば、判断できなかったということです。
それは簡単に言えば、軍隊には軍隊の掟や規律があり、その当時の沖縄軍隊の最優先すべき使命は米軍から沖縄を死守することであり、島民を守ることではなかったという冷たい現実です。
そして軍隊が地域社会の非戦闘員も守るために存在しているという発想は、きわめて戦後的だと指摘したうえで、村人が軍に保護を求めて陣地になだれ込んだ気持ちも自然なら、軍が非戦闘員を陣地内に保護するということもありえなかった、拒否して当然だったともいえるのです。
またそれは島民の命だけではなく沖縄に配属された兵隊たち全員の命も含んでいたということは言うまでもありませんが、日本兵が「敵前逃亡」や「自陣に侵入した敵側のスパイ」という疑いだけで6件も地元住民に刃を向けたという悲しい事実(どの案件も解釈次第では緊急避難的措置だともいえなくもない)や軍隊だけが満足な食事をしているという噂(軍人が餓死しては戦えないという理屈も一理あるが、実際には軍隊の食事も粗末だったし、餓死者も出ている)に怒った一部の人たちが、戦後、赤松憎しの一念で事実を故意誇大に粉飾して赤松犯人説を作り上げたフィクションの可能性も大いにありうるということです。
沖縄のやり場のない怒りや悲しみを慰めるためには憎むべき対象が必要です、その格好のターゲットにされたのが赤松大尉であり、さらにこの背景には、沖縄は常に正しく、本土は悪く、本土を少しでも良く言うものは、それは沖縄を裏切ったのだ、沖縄を痛めつけた赤松隊の人々に一分でも論理を見出そうとする行為はファッショだという一方的な思想こそファシズムではないかと諫めます。
作者は、「殺すより殺される人の方が楽」という精神状態が極限状態では当たり前だったということや、「生きて虜囚の辱めを受けず」という当時の日本人の信念が自決に拍車をかけた点を指摘し、このような考えをさせるに至った本当の演出家は誰だったのかこそを問わねばならないと問題提起する。
そしてその最大の責任者とは、海外での作戦展開のように周囲が敵性国人であることを想定した軍事上の法規を、本土である沖縄の戦場にも何ら変更を加えず持たせた軍事当局の怠慢だったと指摘し、さらに沖縄には非戦闘員も多数住んでいることを十分知ったうえで砲艦攻撃を躊躇なくした米軍であったと怒るが、それさえも戦争という集団発狂という病に誰もが侵されていた結果だと語る。
最後に、赤松大尉が戦後、一方的に悪人にされても口を閉ざしていた一つの理由として、軍命令としなければ自殺した島民への遺族年金がもらえなくなる可能性を危惧していたという点も付け加えておきます。
この本は作者が40歳の時に書いたものですが、極力断定的な言い方を避け、ニュートラルに事実と対峙し、記録に語らせることに徹している仕事ぶりは見事です。
さて現在、自民党総裁選でも憲法9条の2項をどうするという改正議論が俎上に上がっていますが、沖縄で起こった悲劇を繰り返さないために、個々の具体的な反省を踏まえた上で、戦時においても自国民の命を軽視しないという当たり前だが最も重要で本質的なテーマがこの種の議論から欠落しているような気がしているのは私だけでしょうか? -
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ネタバレ曽野綾子さん「夫の後始末」、2017.10発行です。63年一緒に暮らした伴侶(三浦朱門)への深い愛が伝わってまいります。第一部変わりゆく夫を引き受ける 第二部看取りと見送りの日々 の二部構成です。現在は650gのスコティッシュフォールドと暮らしてるそうです。直助と名付けられた律儀な子猫だそうです。
曽野綾子さん、ナショナルジオグラフィック、アニマルプラネット、ヒストリーチャンネルなどの衛星テレビをご覧になるそうです。私と一緒ですw。「夫の後始末」、2017.10発行、再読。お疲れ様でした。①夫が執着するのは本と雑誌だけ。 ②会話は、老化を測る一つの目安。自分の、相手の生きる姿に興味があるかないか。③「奉仕」とは、排泄物を世話すること。④胃ろう、気管切開、多量の点滴による延命をしない。⑤私はずっと傍で朱門の髪を撫でていた。
「続・夫の後始末」(2020.8)を読むため(未読)、既読ですが「夫の後始末」(2017.10)をさっと読み返しました。三浦朱門さんは、2017.2.3、お亡くなりに。曽野綾子さんは63年連れ添う。 -
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長い待ち時間があった時にたまたま手に取ったのが出会い。介護に対する考え方やその状況は十人十色だと思うけれど、彼女の綴る日常や家族についての考え方、痛みや大変さもユーモアに紛らせて笑い飛ばしてしまう強さのようなものは新鮮で魅力的だった。そこに彼女の人生哲学が現れているようで面白かった。
どんな人かと読後に調べたら、ネットでは保守派だとか、過激な発言で問題になったといった記事が数多く出てきて少し驚いた。月並みな考え方の持ち主はそもそも作家になどなれないのでは、とも思うし、たとえ誤解を招くような言い回しがあったとしても、よしんば実際に偏った考えの持ち主だったとしても、前後の文脈を無視して発言の一部だけを取り上げてそれを利用したり、攻撃したりするような週刊誌や新聞の報道の方が嫌らしい、窮屈なものだなぁ、と感じた。
そうとは書かれていないけれど、自らも病を抱えた状態の85歳の女性が、90歳の男性を看取るというのがどれだけのことか、、、その選択が偉いとか良いとかではなく、それはものすごく凄いことだと心底思うのだ。 -
Posted by ブクログ
数々の発言には賛否両論ありの方だが、一読に値する書物を出すかただと思う。
自分の経験と知識と良心をもとに、発言を受け入れる、受け入れない
を取捨選別すればいい。
老いを感じ始めるだろう年齢層を念頭に書かれているが、
人は皆死ぬことが絶対確実のものだとすれば、
死へまた老いへ向かう心を整えるのに
本書は一助になると思う。
老いの途中にある人は経験的に説教くさくなる。
でも、それは含蓄ある言葉も中にある。聞いておくに損はしない。
自分が老いの途中にあると気づいたとき、
先を歩く人は少なくなり、元気もなく、もはや説教など
後進に垂れる余力がないことが多いのだから。 -
Posted by ブクログ
歴史、教育、ボランティア、仕事、社会福祉、文化、戦争、生と死、、、日本社会の様々な側面に焦点をあてた、「人生の基本」についての著者二人による対談です。
世界とは人生とは、不条理であることが当然であり、それを与えられたものとして、自らの勇気と覚悟をたのみに生きていく。
この当たり前のことが、今失われている、と、著者二人の経験や思想、現代社会の現実を具体的に紐解き、愛する祖国への警鐘を鳴らしています。
人は、意識せず、偽善を行なってしまう場合がある、と私は考えます。
しかし、著者達が本書で伝えたかったのは、「意識せず」ではないよ、根本の考え方が、甘っちょろくなってるよ、ということです。
ここで改めて、自らの思想・行動を見つめなおす良い機会となりました。
本書で両氏が語った言葉から、特に共感した言葉を一つずつ(いっぱいありすぎて、一つだけに絞るのは心苦しいのですが)ここにご紹介し、読後の感想を終わります。
【本書抜粋 金美齢】
安易に弱者の味方をし、社会や国を批判することが正義だといわんばかりの偽善が、世の中に溢れています。
それがどれほど日本人のあいだから「自助」の精神を奪っているか。
その一方で、どんなにセーフティネットが整えられても、その世話にはならないという気概を持って生きる人たちのことは顧みられない。
これは、とても健全な社会のあり方とは思えません。
【本書抜粋 曽根綾子】
人間はつねにいささかの悪をしながら、時にはかなりの善をなすこともできる。
この感覚が私は大事だと思っているんです。
自分の内部におけるこの善悪の配分の時に必ず起きる、一抹の不純さの自覚が人間をつくるのだと思うんです。