川端康成のレビュー一覧
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ネタバレ「朝日新聞」への連載開始は1956年で、1巻をその年に、2巻を翌年に刊行。
とはいえ佐藤碧子による代作の疑いあり。
どおりで川端にしては長い。
ただしきちっとした構成がなくダラダラと続いていくのは川端っぽいといえばいえる。
また、美しい令夫人の市子、気の強い割には気弱なところもあるエキセントリックなさかえ、暗い影を背負った妙子、という女性の三角形と、
彼女達に振り回される佐山、光一、有田という男性の三角形が組み合わさる関係性で話が持続していく作りは、結構川端っぽい。
マンネリの極致なのだ。
で、小母様が好きだとか小父様が好きだとか中年男性の夢のような展開をさせておいて、結局はさかえの奔放が結果 -
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読むのに難しい本でした。
途中まで読み進めて、なんとなく消化できず、もう一度最初から噛み砕くように読んでみました。
ところどころ登場人物の感情がむき出しになり熱量が上がる場面はあれど、物語としては終始淡々としていて、主人公たちの心理描写と同じくらい(もしかしたらそれ以上に)風景の描写が挟み込まれるので、どちらかというと小説を読むよりは絵を鑑賞するという感覚に近かったです。
というか、当たり前にさらっと書かれてるけど主人公が嫁と子供を置いて何日も旅館に泊まり掛けるのとか、今の感覚じゃ普通じゃないよねー。笑
いつか機会があれば物語の舞台である湯沢町に行ってみたいと思いました。
p85
「君が -
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古き悪き日本。
恐らくそのせいで、
次の世代は欧米志向で自由に憧れたのでしょう。
そして続く現代の親世代は、その反動で冷静に。
主人公はおじいちゃん。
共感するには早過ぎかと思ったが、
女性は男性より早く盛りの過ぎたのを実感するものである。
30も過ぎればちやほやされなくなるし、
体力もあっという間に落ちる。
老年とはこんなものか、と
想像するには意外と難くなかった。
生々しく赤裸々に書かれた主人公の感情や執着が、期限切れの酸っぱさのまとわりつくほろ苦さ。
少し癖になる。
美味ではないが、晩酌のアテには向いている。
菊子だけが花だ。
丁寧に描写されているのに、
私の中に具体的な顔立ち -
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川端康成の作品に「湯ヶ島の思い出」という長編があったらしい
そこから一部を抜粋し
「伊豆の踊子」というタイトルで発表して
残りは封印してしまったという
なぜそんなことをする必要があったのか
それは「湯ヶ島の思い出」が
同性愛のタブーに触れていたということもあろうが
それ以前に、やはり小説としての冗長さを嫌ったのだと思う
大本教の家に生まれ育った少年の
世間と相容れない純粋さが
若き川端康成の「孤児根性」に共鳴したという話は
まあそれだけのもので
そこから広がりを見せていくことはない
しかしともかく、伊豆で旅芸人の娘から受けた優しさが
川端の僻んだ心を癒やす物語には
そのような出発点があった
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1972年川端康成亡くなって50年となり、全巻35巻の第10巻のなかで全集のみでしか読めなかった部分を文庫化した作品。
その全集は川端康成50歳を記念して刊行されたもの。その編纂にあたり、本人も自身の全作品を振り返っている。その時に、幼少期からの作文や学生時代の日記を取り上げながら、50歳の気持ちを書き加えていくといったいった形式。
出版社はこの文庫の発表にあたり、「川端のBL」と扇状的すぎるかなあと思う。確かに寮生活での日記が主で、その中でも清野少年に対する恋慕的行為表現は多い。他にも美しい少年を見かけるとそちらも気にしてしまう。と、多少そういう傾向ではありますが。
日記書簡からの回想なので -
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BL作品にはあまり興味がないんだけど
BLじゃない作品に
BL的要素を感じる人の気持ちは
わからんでもない
美しさを求めてんのかな?とオモウ
話題になってるようだったので
気になって買ってみた
少年少女の頃って
実際はすごく匂いがあるし
己の幼少期は泥んこだったし
家畜の糞尿もすぐそばだったし
汚れ放題だったのに
なぜ回想すると
美しく変換されるのか
ハナタレも汗臭さもどこいったん…
ということが
誰にでもおこると信じているので
川端康成にもあったはず!
回想してるから
こんなに匂いがなく感じるんだと
信じている!!!!
清野の手紙がちょっと切ない
書いた清野の気持ちを考えると
ギュー -
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川端康成没後50年ということで、新刊として刊行された「少年」
さてどんな小説だろうかと蓋を開いてみると、全く予想外であった。大衆小説を予想して読んでいたので、率直に、非常に読み進めにくかった。内容的には森鴎外の「ヰタ・セクスアリス」や三島由紀夫の「仮面の告白」と似ている(ただ後者は読みやすかった)。また話の構成の巧さで言えば、彼らにはちょいと劣るかな、、?
そこに書かれている内容は、青少年の頃の川端と後輩の清野の長きにわたる交流である。互いに寮生活の中で愛(この場合、友愛も恋愛も全て包括している)を育むも、川端の卒業によって徐々に疎遠になっていき、、、というような感じである。
ここで交わ -
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アメリカに生まれた少年・セドリックは、大好きな母や周囲の人々の細やかな愛情に包まれ幸せに暮らしていたが、名も知らぬ貴族の祖父の跡継ぎになるためイギリスへ渡ることとなった。祖父は意地悪で傲慢で、アメリカという国を嫌っていたが、セドリックの純真さに心動かされ、次第に変化していく。だがそこへ真の跡取りを名乗る者が現れて──。川端康成の名訳でよみがえる児童文学の傑作。
子供の頃に読んだ名作。小公女は結構序盤がお先真っ暗なイメージでしたが、こちらは比較的前向きに進んでいくので、穏やかな気持ちで読み進められました。セドリックが泰麒のキャラクターに影響を与えていたなんて!確かにそういう目線で見るととても似 -
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皆さん多分一度はよんでますよね。私も小学生の頃読んで、子ども達が小さい頃買ったのを再び読んで、今度は川端先生の訳で読み返しました。
気難しいおじいさまがセドリックの無邪気さややさしさにほだされて、やさしいおじいさんに変わっていく。最後は嫌っていたアメリカ人の嫁の良さも認めて一緒に暮らす…というストーリーの主軸は覚えていたのですが、偽者が出てきたのは記憶になかった。
たぶん子どもの頃は省略されてる本を読んだのかもしれないですね。そして、偽者事件を解決するのにセドリックのニューヨークのお友達が一役買っていたのも面白かった。あの二人のお友達、なかなか味がありますね。
解説を読むと、実際に翻訳し -
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ノーベル賞受賞後の記念講演会での講演「美しい日本の私」を含む、戦前戦後のエッセイをまとめたもの。どのお話にも川端康成の「日本の美」に対する思いが込められている。川端の感じる美というのは、日本画や自然にとどまらず、源氏物語などの小説や勤勉な労働者など幅広く、本質的には「もののあはれ」に表現される、純粋さや儚さ。一方で、戦争で夫を亡くした寡婦が、姑を養いながら残された子を育てる姿を取材することなどは、川端自身も純粋に美しいと思っているのだろうが、今でいうヤラセ感がないではなく、戦争・国策の影響を感じる。
「もののあはれ」を至上の美と考えていた川端が、戦後の混乱した社会や米国に傾倒している人々を見