川端康成のレビュー一覧
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川端康成没後50年ということで、新刊として刊行された「少年」
さてどんな小説だろうかと蓋を開いてみると、全く予想外であった。大衆小説を予想して読んでいたので、率直に、非常に読み進めにくかった。内容的には森鴎外の「ヰタ・セクスアリス」や三島由紀夫の「仮面の告白」と似ている(ただ後者は読みやすかった)。また話の構成の巧さで言えば、彼らにはちょいと劣るかな、、?
そこに書かれている内容は、青少年の頃の川端と後輩の清野の長きにわたる交流である。互いに寮生活の中で愛(この場合、友愛も恋愛も全て包括している)を育むも、川端の卒業によって徐々に疎遠になっていき、、、というような感じである。
ここで交わ -
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アメリカに生まれた少年・セドリックは、大好きな母や周囲の人々の細やかな愛情に包まれ幸せに暮らしていたが、名も知らぬ貴族の祖父の跡継ぎになるためイギリスへ渡ることとなった。祖父は意地悪で傲慢で、アメリカという国を嫌っていたが、セドリックの純真さに心動かされ、次第に変化していく。だがそこへ真の跡取りを名乗る者が現れて──。川端康成の名訳でよみがえる児童文学の傑作。
子供の頃に読んだ名作。小公女は結構序盤がお先真っ暗なイメージでしたが、こちらは比較的前向きに進んでいくので、穏やかな気持ちで読み進められました。セドリックが泰麒のキャラクターに影響を与えていたなんて!確かにそういう目線で見るととても似 -
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皆さん多分一度はよんでますよね。私も小学生の頃読んで、子ども達が小さい頃買ったのを再び読んで、今度は川端先生の訳で読み返しました。
気難しいおじいさまがセドリックの無邪気さややさしさにほだされて、やさしいおじいさんに変わっていく。最後は嫌っていたアメリカ人の嫁の良さも認めて一緒に暮らす…というストーリーの主軸は覚えていたのですが、偽者が出てきたのは記憶になかった。
たぶん子どもの頃は省略されてる本を読んだのかもしれないですね。そして、偽者事件を解決するのにセドリックのニューヨークのお友達が一役買っていたのも面白かった。あの二人のお友達、なかなか味がありますね。
解説を読むと、実際に翻訳し -
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ノーベル賞受賞後の記念講演会での講演「美しい日本の私」を含む、戦前戦後のエッセイをまとめたもの。どのお話にも川端康成の「日本の美」に対する思いが込められている。川端の感じる美というのは、日本画や自然にとどまらず、源氏物語などの小説や勤勉な労働者など幅広く、本質的には「もののあはれ」に表現される、純粋さや儚さ。一方で、戦争で夫を亡くした寡婦が、姑を養いながら残された子を育てる姿を取材することなどは、川端自身も純粋に美しいと思っているのだろうが、今でいうヤラセ感がないではなく、戦争・国策の影響を感じる。
「もののあはれ」を至上の美と考えていた川端が、戦後の混乱した社会や米国に傾倒している人々を見 -
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横光利一らと共に「文藝時代」を創刊し、ダダイスムな芸術活動の先駆となった「新感覚派」と呼ばれる作家グループの代表的作家・川端康成の短編集。
本作は氏の処女作から、その文芸活動の前期にあたる作品が収録されています。
川端康成ははっきりって読みやすい作家ではないと思っています。
例えば、本作収録の"温泉宿"はこんな出だしで始まります。
「彼女らは獣のように、白い裸で這い廻っていた。」
これは何を表現しているかというと、風呂掃除をしている女性たちなんですね。
こういった、比喩的な、詩的な表現が多用されていて、表現力が多彩すぎて何が書かれてるかすぐにわからない場面が多々あります。 -
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表題策を含んだ短編集。踊り子がスタンド使ってる表紙という触れ込みに踊らされて購入。
伊豆の踊り子はエリート学生の主人公が踊り子に見惚れて踊り子達と一緒に旅をする話。身分の差が憚る恋、と一言で言えれば簡単だが、恋に落ちたという自覚の描写もなし。多分そういうことではないのだろう。だからこそ、綺麗な話として読める。踊り子が茶屋のおかみさんや宿の人に蔑まれるが、それが余計に主人公の踊り子に対する庇護心というか、この人を特別に思うのは自分だけだという選民思想的な感情も抱かせる効果があるのだろう。
個人的なお気に入りは死体案内人。同室だが顔見知りでもなんでもない女の死をきっかけに起こる話。こんな話を思い付 -
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川端康成 「伊豆の踊子」「温泉宿」「十六歳の日記」「死体紹介人」ほか 短編集。驚きの連続だった。
荒木飛呂彦の表紙イラスト以上に、川端康成の孤児根性や死者への執着 に驚く。「伊豆の踊子」が映画のイメージと違うことに驚く。あまりにグロテスクな「死体紹介人」に驚く。
「十六歳の日記」あとがきの記述が 川端康成 理解のヒントになった。「家とか家庭とかの観念は私の頭から追い払われ、放浪の夢ばかり見る〜死者の叡智と慈愛を信じている」
「伊豆の踊子」自分の孤児根性に嫌気がさした主人公が 踊り子の少女に癒され、他人の親切を受け入れられるまで を描いた。踊り子に 家や家庭のない自分を見たのだと思う
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「伊豆へ旅するひとにも伊豆を旅したひとにも伊豆の旅を想う人にもなつかしい愉しい本」と編集者の方が結論づけたことに同意です。
今回は、伊豆旅行の道中で読み出し、本文中の美しい自然描写を実感。2月に関わらず、河津桜と温かい日差しに迎えられて、まさに「美しく晴れ渡った伊豆の小春日和」でした。
偶然にも川端氏が「伊豆の踊子」を書いた二十八歳になって、幼い頃に比べてじんわりと文章を味わえるようになって感慨深い。
ただし、「椿」に書かれているように、「少年の夢みたいな」赤裸々な部分は、表現が豊かすぎるが故に恐ろしくも感じます。また、その感覚を知りながら「伊豆の踊子」を読むと違う手触りがします。
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