川端康成のレビュー一覧
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川端を斜めから楽しむ勢だが、けっこう正面から読んで、いいなと感じた。
そして誠に月並みなことに、よく聞く(引用される)ものほどいいな、と。
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川端のノーベル賞受賞記念講演を軸に、日本文化について述べた随筆を厳選!
ノーベル賞授賞式に羽織袴で登場した川端康成は、古典文学や芸術を紹介しながら日本の死生観を述べ、聴衆の深い感銘を誘った。その表題作を中心に、今、日本をとらえなおすための傑作随筆を厳選収録。
【目次】
●美へのまなざし
花は眠らない 1950★
美について 1950
美しい日本の私 1968★
秋の野に 1968
女人なれども 1969
夕日野 1969
ほろびぬ美 1969
美 -
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ネタバレ割と初期の作品集。
というのもこの角川文庫、1951年の刊行なのだ(が、年譜は死まで更新されている……)。
川端自身による「『伊豆の踊子』について」が嬉しい。
今回は「驢馬に乗る妻」「二十歳」「むすめごころ」「父母」を読んだ。
■「伊豆の踊子」
既読。
■「青い海黒い海」
既読。
■「驢馬に乗る妻」1925以前
彼。
妻の綾子。
その姉の豊子。
綾子は知らないが、実は彼は先に豊子と通じ、豊子の自己犠牲で妹に譲った、という過去がある。
やはり女をふたり並べて、どちらからも愛されている(年上から年下へ移行)というドリーム小説。
■「禽獣」
既読。
■「慰霊歌」1932
既読。とはいえ記憶 -
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ネタバレ「十六歳の日記」。
冒頭の祖父尿瓶(しし)のシーンも凄い。
が、数え16歳=満14歳が、100枚の原稿用紙を大きなテエブルに据えて、自分ー祖父ー手伝いのおみよ、で話しているシーンが壮絶。
祖父は半ば痴呆が進んでいるのか、果たせなかった野望を、大隈重信に頼めばなんとかなると言い張る。
おみよは馬鹿にして笑う、が、ある瞬間ふっと黙ってしまう。凄絶な記録文学だ。
語り手は淡々と「見ている」……盲目の人を見るという視線の非対称性は、今後、鑑賞用の女を探し求める川端の人生のテーマにつながっていくのだ。
愛惜と観察。
時間の区別なくししと食事の要求と。苛立ち。
スケッチとは、単に思ったことを書くのではない -
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ネタバレ「朝日新聞」への連載開始は1956年で、1巻をその年に、2巻を翌年に刊行。
とはいえ佐藤碧子による代作の疑いあり。
どおりで川端にしては長い。
ただしきちっとした構成がなくダラダラと続いていくのは川端っぽいといえばいえる。
また、美しい令夫人の市子、気の強い割には気弱なところもあるエキセントリックなさかえ、暗い影を背負った妙子、という女性の三角形と、
彼女達に振り回される佐山、光一、有田という男性の三角形が組み合わさる関係性で話が持続していく作りは、結構川端っぽい。
マンネリの極致なのだ。
で、小母様が好きだとか小父様が好きだとか中年男性の夢のような展開をさせておいて、結局はさかえの奔放が結果 -
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読むのに難しい本でした。
途中まで読み進めて、なんとなく消化できず、もう一度最初から噛み砕くように読んでみました。
ところどころ登場人物の感情がむき出しになり熱量が上がる場面はあれど、物語としては終始淡々としていて、主人公たちの心理描写と同じくらい(もしかしたらそれ以上に)風景の描写が挟み込まれるので、どちらかというと小説を読むよりは絵を鑑賞するという感覚に近かったです。
というか、当たり前にさらっと書かれてるけど主人公が嫁と子供を置いて何日も旅館に泊まり掛けるのとか、今の感覚じゃ普通じゃないよねー。笑
いつか機会があれば物語の舞台である湯沢町に行ってみたいと思いました。
p85
「君が -
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文学的評価が定まっていて、さらにノーベル文学賞を獲っているから読み通せたのだけれど、もしこれが無名の作品だったら、きっととてもではないが最後まで読み通すことはできなかってだろう、と思う。
「結局この指だけが、これから会いに行く女をなまなましく覚えている~この指だけは女の触感で今も濡れていて~鼻につけて匂いを嗅いでみたりしていたが」この箇所は色々な人が取り上げているけれども、こういった清潔な色っぽさの描写にはっとさせられる。他にも、「人間は薄く滑らかな皮膚を愛し合っているのだ」「島村は死骸を捨てようとして指で拾いながら、家に残して来た子供達をふと思い出すこともあった」「そうして駒子がせつなく迫 -
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古き悪き日本。
恐らくそのせいで、
次の世代は欧米志向で自由に憧れたのでしょう。
そして続く現代の親世代は、その反動で冷静に。
主人公はおじいちゃん。
共感するには早過ぎかと思ったが、
女性は男性より早く盛りの過ぎたのを実感するものである。
30も過ぎればちやほやされなくなるし、
体力もあっという間に落ちる。
老年とはこんなものか、と
想像するには意外と難くなかった。
生々しく赤裸々に書かれた主人公の感情や執着が、期限切れの酸っぱさのまとわりつくほろ苦さ。
少し癖になる。
美味ではないが、晩酌のアテには向いている。
菊子だけが花だ。
丁寧に描写されているのに、
私の中に具体的な顔立ち -
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川端康成の作品に「湯ヶ島の思い出」という長編があったらしい
そこから一部を抜粋し
「伊豆の踊子」というタイトルで発表して
残りは封印してしまったという
なぜそんなことをする必要があったのか
それは「湯ヶ島の思い出」が
同性愛のタブーに触れていたということもあろうが
それ以前に、やはり小説としての冗長さを嫌ったのだと思う
大本教の家に生まれ育った少年の
世間と相容れない純粋さが
若き川端康成の「孤児根性」に共鳴したという話は
まあそれだけのもので
そこから広がりを見せていくことはない
しかしともかく、伊豆で旅芸人の娘から受けた優しさが
川端の僻んだ心を癒やす物語には
そのような出発点があった
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Posted by ブクログ
1972年川端康成亡くなって50年となり、全巻35巻の第10巻のなかで全集のみでしか読めなかった部分を文庫化した作品。
その全集は川端康成50歳を記念して刊行されたもの。その編纂にあたり、本人も自身の全作品を振り返っている。その時に、幼少期からの作文や学生時代の日記を取り上げながら、50歳の気持ちを書き加えていくといったいった形式。
出版社はこの文庫の発表にあたり、「川端のBL」と扇状的すぎるかなあと思う。確かに寮生活での日記が主で、その中でも清野少年に対する恋慕的行為表現は多い。他にも美しい少年を見かけるとそちらも気にしてしまう。と、多少そういう傾向ではありますが。
日記書簡からの回想なので -
Posted by ブクログ
BL作品にはあまり興味がないんだけど
BLじゃない作品に
BL的要素を感じる人の気持ちは
わからんでもない
美しさを求めてんのかな?とオモウ
話題になってるようだったので
気になって買ってみた
少年少女の頃って
実際はすごく匂いがあるし
己の幼少期は泥んこだったし
家畜の糞尿もすぐそばだったし
汚れ放題だったのに
なぜ回想すると
美しく変換されるのか
ハナタレも汗臭さもどこいったん…
ということが
誰にでもおこると信じているので
川端康成にもあったはず!
回想してるから
こんなに匂いがなく感じるんだと
信じている!!!!
清野の手紙がちょっと切ない
書いた清野の気持ちを考えると
ギュー