川端康成のレビュー一覧
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1941(昭和16)年刊。川端42歳の頃に雑誌『婦人公論』に連載された、9編から成る連作短編小説集。
川端康成については、高校生の頃新潮文庫のを11冊買って何となく読み、成人してからは読み返すこともなかったので、かなり久しぶりである。さすがに日本初のノーベル文学賞作家というだけあって、廃版の多い新潮文庫でも、現在もラインナップは残り版を重ねているようだ。
新感覚派の旗を担ったこともある川端の文章は、時折常態とは異なる新鮮な語の選択を見せ、それはよくスパイスのきいた文学的なものであり、大きな起伏も、骨太なストーリーらしきものも欠きつつさりげなく編み出されるこの小説ストリームは、やはり純粋芸 -
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老人と、その息子の嫁が、プラトニックな恋をする
といったような話
老人は、かつて好きだった女(義理の姉)の面影を嫁に重ねており
嫁は嫁で、ファザコンの気を老人に向けているらしい
子供たちは、それぞれ夫婦生活に問題を抱えている
兄の修一は外に女を作っており
また妹の房子は夫と別居して
二人の孫と共に実家に帰ってきている
老いたりとはいえ、まだ現役で働いている老人は
どうしても房子夫婦の問題に手が回せず
修一夫婦のことばかりに気をとられてしまうのだが
それはあるいは要するに
実の娘より嫁の菊子が可愛いから依怙贔屓してるだけ
なのかもしれない
そんな自分に老醜を感じて、嫌な気持になることはあっても -
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『小公子』(1886)は、『小公女』(1905)と並び、フランシス・ホジソン・バーネット(1849-1924)の代表作です(もう1つ、よく知られている作品に『秘密の花園』もありますが)。
金髪の巻き毛で人懐こいかわいい男の子、セドリック。父を亡くし、母と一緒にニューヨークで暮らしています。質素な暮らしですが、素直なセドリックは、優しく美しい母、多くの親しい人々に囲まれ、幸せな日々を送っています。
ある時、イギリスから驚くような知らせが届きます。セドリックはドリンコート伯爵である祖父の跡継ぎとなり、イギリスのお城に迎え入れられるというのです。セドリックの父は伯爵の三男でした。若くしてアメリカに渡 -
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本書は1968年に、川端康成が日本人初の受賞者となったノーベル文学賞のスピーチ「美しい日本の私」(サイデンステッカーによる英題は「Japan, the Beautiful, and Myself」)を含む、随筆集である。3日間の徹夜のもとで、スピーチ直前に書き上げられた「美しい日本の私」は、やはり川端康成の文学世界を理解する上では一級のドキュメントであろう。
このスピーチでは、道元や西行などの和歌を引用しつつ、古来から日本では自然描写に内在される美しさを尊ぶ文化があることが示される。そして、芥川龍之介の自殺の遺書である「末期の眼」を引用しながら、そうした美しさが顕著に感じられるのは、生活力・ -
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ネタバレ『伊豆の踊子』
旅先で出会った踊り子に心惹かれ、ふれあいの中で心が洗われていくお話。主人公が伊豆を訪れた理由について、「二十歳の私は自分の性質が孤児根性で歪んでいると厳しい反省を重ね、その息苦しい憂鬱に堪え切れないで伊豆の旅に出て来ているのだった。」と述べている。川端自身の出生が作品に大いに影響していることは、言うまでもないだろう。
有名な作品だけど、こんなに短かったとは。サックリ読めた。
『青い海黒い海』
なんと奔放な作品か。全てが漠然としたイメージで成り立っている。それぞれが何の比喩なのかまったく理解できないけれど、作者の死生観、そして触れたことのない母を求めているんだろうなあと。 -
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角川ソフィアの「先人に学ぶ」シリーズに、随分お世話になっているなあと思う。
何をどのように編むか、というのはその人の主観もあって、でも普遍性も必要で、難しい作業ではないだろうか。
今回は「美と日本文化」をテーマとした作品を再編集したとのことだ。
私が読みたかった「美しい日本の私」。
解説には最初「美しい日本と私」であり、英語でも「Japan the Beautiful and Myself」であるのだが、川端の手によって「と」が「の」に変えられたという。
これだけでも、もう充分に面白い。
こうして同じテーマを追いながら編んでいくことで、似通ったもの、根底に流れている思いが浮かぶ。
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