原武史のレビュー一覧
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原 武史さん 1962年東京生まれ
政治学者 鉄学者
三浦 しをんさん 1976年東京生まれ
小説家
このお二方の対談集。
2019年2月初版発行ですが、第一回対談は2016年です。全5回で、ラスト対談が2018年8月。
令和になる前の年ですね。
皆さん、令和は何年何月から始まったか覚えてますか?
私はすっかり忘れてました!笑
原武史さんは主に、近現代の天皇制についての研究をされている方です。あと鉄ヲタ。
三浦しをんさんは言わずもがな『舟を編む』の著者です。(まさかの未読)
このお二人のやり取りで天皇制を学びました!笑
天皇の国事行為って何?
初めて知りました(∵`)
今話題の『国体』とは?
女系天皇が何故敬遠されるのか?
はあ?そんな思い込み?(꒪ȏ꒪)
「万世一系」はたかだか明治から終戦までの間に作られたイデオロギーにすぎないのに。
などなどなど……
私が今疑問に思っている事が次々と解決されました♡
そして!最大の発見は〜!?
山形県歌
『最上川』
作詞 昭和天皇
工エエェェΣ(⌾⃝◁ ⌾⃝ 川)ェェエエ工‼
インパクト凄い。
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Posted by ブクログ
三色旗をモチーフにした表紙とタイトルからして、慶應に関する本であることは
承知して読み始めたが、出だしから強烈に引き込まれた。
著者は1975年、開成中学の受験に失敗し、慶應義塾普通部に入る。
私はその一年前、同じく開成を落ち、中等部に入る。
1年違い、日吉と三田の違いこそあれ、ほぼ同時代に同じ組織内にいたのだ。
石原良純が2年生、とある。私にとっては同学年。
塾歌が、中学の歌よりも印象に残る、ってのも一緒。
あ、原洋服店で制服をあつらえた、ってのも一緒だった!
「早慶戦」にも行っている。同じ試合を応援してたかも。ん?早慶戦?
国鉄の「スト権スト」で休校になる。ロッキード事件発生。
このあたり、自分の経験とオーバーラップする。懐かしい。
しかし途中から変わってくる。普通部には「労作展」というのがあって、
夏休みに何かしら研究して発表するのだそうだ。中等部にあったかな?記憶にない
そこで著者は、国鉄を何度も訪ね取材して、「南武・青梅線及び沿線の都市」を
完成させる。原稿用紙140枚。大作だ。当然賞を取る。
さらに翌年は135枚の「横浜線」を完成させる。
国鉄の社員からダイヤや掃除予定表ももらって。凄い取材力。これぞ勉強。
これがタイトルの「日吉アカデミー」ということだ。
しかし横浜線はマニアック過ぎて?賞は取ったものの先生に評価されず、
3年生の時は先生受けする翻訳にかかるが、1,2年のような興奮はない。
次第に慶應の指導に疑問を感じる。
商学部入試漏洩事件も出る。同級生の父親が逮捕された。
中等部長が辞めたのもそういうことだったっけ。記憶が飛んでいる。
そういうこともあり、著者は大学推薦を辞退し、早稲田に行く。
だから慶早戦と書かず、早慶戦と書いたんだな。
いずれにしても、同時代を生きながら、なんてこんなに鮮明に記憶しているんだろ。
自分は何をしていたんだろ。まだらにしか記憶がない。
日記はあるが、読もうとは思わない。
そういえば一昨年死んだ友人も、なんでも覚えている奴だったな。
文章に起こせばよかったのに。もったいない。学者が向いていたのかもしれない。
著者は学者になっている。
いやいや、刺激のある本だった。
エピグラフ
第一章 受験の朝
第二章 入学
第三章 早慶戦
第四章 南武線・青梅線
第五章 「なぞの転校生」
第六章 春闘の季節
第七章 運用番号と編成番号
第八章 「横浜線電車列車ダイヤ」と「車両運用検査清掃予定表」
第九章 アカデミアの幻想
第十章 「未来からの挑戦」
第十一章 関西私鉄との出会い
第十二章 慶應の「黒い霧」
第十三章 再び第一校舎へ
あとがき -
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所謂“紀行”というような分野の文章になるのであろうか?本書はなかなかに面白い!
副題のように「鉄道と宗教と天皇と」というように掲げられている。鉄道沿線を動き回り、古いような新しいような、日本の歴史の中の様々な事柄を考えようという内容である。
古い時代の出来事や、伝えられている話しに想いを巡らせながら、何処かを訪ねるということが在るであろう。特定の地点を取上げる「点」という考え方も、そういう「点」を幾つも含む「面」という捉え方も在る。これらに対して「線」という考え方を打ち出すのが本書の各篇である。
「線」と言う場合、古くからの街道に沿った地域というようなことも在れば、それに概ね沿うように敷設された鉄道というモノ、古くからの街道と無関係に敷設された鉄道、かなり古い街道が廃れた後に敷設された鉄道が廃れた街道に概ね沿っているというようなモノ等、色々な事例が在り得る。本書は、そういう事例を拾い、沿線の様々な旧跡や現存する史跡を訪ねてみるという内容だ。
雑誌連載に供するべく、著者と雑誌編集者との小グループで各地を旅するという様子で、或る程度はその旅の雰囲気を伝える様子も織り込みながら綴られている。通読して「マダマダ、国内には少し思い付いて巡ってみる、興味深いコースが色々と在る」というように思った。
近くに行った経過が在る場所も、近くに行っていながら全然知らないという場所も、全く知らない場所も色々と在る紀行を大変に愉しく読んだ。鉄道沿線が基礎では在るが、タクシーやレンタカーで辺りを動くという展開も少し目立つ感では在った…
8つの篇が収められているが、旭川を巡る篇は秀逸だ。市内線、郊外線というかつての鉄道が廃されてしまった後、その跡を訪ねるというような主旨と、旭川周辺に皇室の離宮を設けるような構想も在ったということ等、豊富な話題が溢れている。これは殊更に面白かった。
恐らく、本書で取上げられた場所以外にも、色々な面白い「線」は各地に在るのだと思う。そういうモノを見出したいという気にさせてくれる一冊だ。 -
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松本清張といえば、社会派推理小説というジャンルを確立。現実の社会問題とミステリーを両立した作品を発表した昭和を代表する大衆作家だ。
その一方で、小説の枠を飛び越えて、「日本の黒い霧」や「昭和史発掘」などの取材や調査研究をもとにしたノンフィクション作品も発表している。が、あまりにミステリー作家という面が強すぎるせいか、松本清張を学者として評価する声は小さい。本書はあえて、昭和の歴史学者としての松本清張の思想や研究について再評価する。
本書で紹介されている小説「点と線」、「砂の器」、「神々の乱心」を分析すると、タブーともいえる宗教や社会身分、天皇制に松本清張は挑もうとしていたことがわかる。未完成遺作「神々の乱心」では皇室における天皇一族の不和や表にできない不祥事などをモチーフにして、新興宗教を描いている。また、「昭和史発掘」では226事件を皇室の一部が関わった可能性を主張している。現代ならば炎上スレスレのネタだ。
大作家の名声を備えながらも、マスコミがタブー扱いするネタに挑んだ松本清張の野心は再評価されるべきだろう。彼がもし平成の時代にも生き続けたならば、大震災や原発、天皇退位について、どんな興味を持ち、何を発表しただろうか。 -
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政治学者であり,なおかつ鉄学者である原武史さんと,小説家の三浦しをんさんの対談。
哲学じゃないですよ。鉄学です。鉄道オタクです。
三浦しをんさんも,オタク気質のある方です。
5回の対談ですが,2016年6月から2018年8月までの間に,イギリスのEU離脱が決まったり,天皇が「生前退位」の意向を示されたりと,大変歴史的な出来事がありました。
特に「生前退位」に関しては,原さんの専門分野でもあり,微に入り細に入り話されているのがとても印象的でした。一般庶民にはわからないことを,歴史的なことや,皇室のしきたりなど,様々な角度から話されていたのが印象的です。
原さんの膨大な知識量と,その話を聞き適切な相槌を打ったり,ときには鋭く切り込む三浦さんの対談。お二方の丁丁発止のやり取りに,そうだったのか~と感心するばかりです。
内容が濃すぎて,オイラの頭の中に入っていかないのは,オイラの頭が悪いだけ。
濃さを伝えきれてないのも,オイラの語彙力が貧しいだけです。マジごめん。 -
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天皇としてのアキヒトは、自らが「象徴としての務め」を果たすことが難しくなったから退位したい、と述べた。ならば、彼の言う「象徴としての務め」とはいかなるものだったのか? を、皇太子時代から長いスパンで追いかけた一冊。
本書が指摘するポイントは3つ。①アキヒトは、皇太子時代からミチコのリードで福祉関連施設等への訪問を積み重ねる中で、クリスチャンでもあったミチコが実践してきた、膝をつき、目線を低くした「対話」という交流を積み重ねてきた。それは、「対話」それ自体に困難を抱えていた昭和天皇ヒロヒトとの差異を強く意識させるものだった。即位後の「祈りの旅」でのスタイルは、こうした皇太子時代からの経験を踏まえたものだった。 ②アキヒトは在位30年間を通じて一貫して皇室祭祀に熱心に取り組んできたほか、日本国内をくまなくまわり、全都道府県を各2回ずつ視察している(御所には巨大な日本地図が掛けられており、訪問した市町村にはピンが付けられているという)。つまりアキヒトは、「象徴としての務め」を積極的に解釈し、自ら拡大させてきた。そうした作業を通じて、国民ひとりひとりと天皇・皇后とが結びつく内面化された「国体」を作り上げてきた(その結果、「天皇制廃絶」という声は著しく小さくなった)。③ナルヒトは、海や島、人びととの「対話」にこだわった父とは違い、「山」に好んで登っている。これは役割分担とも言えるし、ミチコとマサコのキャラクターの差異とも言える。だが、「言葉の人」でもあったミチコがアキヒトと作り上げてきた平成的な「国体」の継続は、ナルヒト=マサコの組み合わせでは困難で、むしろフミヒト=キコ夫妻の方が両親の活動を受け継ごうとしている気味合いがある。
一読して、やはり「物事には信頼できる専門家が必要だ」という感を強くする。著者の『可視化された帝国』は刊行後すぐに読んだが、その時の印象では、先行する多木浩二『天皇の肖像』、タカシ・フジタニ『天皇のページェント』に比べて、それほどのインパクトは感じなかった。しかし、以後ずっと一つのテーマを追い続けたことが、今回の著者の「活躍」につながっている。学者のあり方として、いろいろなことを考えさせられる。
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明治以降の皇后について、その役割の変遷を分析した一冊。これまで自分は皇室にまったく関心がなかったので、知らないことだらけ。
本書によると、皇后は皇室外から嫁いでくるので、皇后としてのアイデンティティを新たに確立していくプレッシャーに晒される。そのときに参照されるのが過去の皇后、特に古代の神功皇后と奈良時代の光明皇后である。
天皇と皇后の役割として重要なのが「祭祀」。これは、明治に入って延喜式などを参考に再構成されたもので、国家の安寧や臣民について、アマテラスなどの皇祖に祈る。祭祀や行啓によって、皇后は過去の皇后と自分を同一化していく。一方、祭祀は、参加者の心身への負荷が大きい。また「血の穢れ」という概念があり、女性は生理中は参加できない。(つまり、生理かどうかのチェックもあるのだろう)
全体のなかで、もっともページ数を割かれているのは貞明皇后。一夫一妻制が浸透していなかった時代で、大正天皇に浮気癖があった。夫は行啓などに1人で行くうえ、当時、天皇家は子どもを自分では育てないことになっていたので子どもとも引きはがされる。その上、大正天皇は原因不明の病気になってしまう。精神の安定を保つのが難しくなり、「神ながらの道」という神懸かり的な信仰にのめり込んでいく。
個人的に興味深かったのは、いまと同じような後継者問題が昭和天皇のときにも起きていたということ。制度がかわらないから当然だが、男の子が生まれたので議論が収まった点もふくめ、反復しているだけの感がある。これ、そもそも祭祀のあり方などが変わらないかぎり、解決しないんじゃなかろうか。一方、今上天皇と皇后が、近代の天皇の中でもっとも祭祀に熱心だそうだ。そうすると、祭祀を変えることも難しい気がする。
少なくとも自分には、皇室の見え方が大幅に変わった。今上の生前退位前に読んでよかったな。 -
Posted by ブクログ
p.23 最後 滝山コミューンの定義
p.179 最後 筆者の違和感
どこまでが事実で、どこからが自分の意見なのかということを明確に分けて書いているため、わかりやすい
民主主義という名のもと、教師主体の権威主義が横行していた1974年の滝山団地を切り取り、筆者の問題意識を検証する形で進むノンフィクション。圧倒的な資料をもとに一つ一つ丁寧にその時代を形作っていくプロセスは、研究として素晴らしいと言わざるを得ない。また、過去の事実の中でも特に自己の関心がある部分に焦点を当て、議論を進めることに客観性の欠如があることは認めながらも、まさに当時を生きた自分こそ社会であるとしたスタンスにも共感する。
自分が小学生の頃、このような民主主義という名のもと権威主義は横行していなかったか、もしそうだとしたら自分はそれに違和感を感じていたのか、改めて問いたくなる著書であった。
また、改めて教育とは、生徒と教師だけでない、多くの人々の影響、時代背景を現実へ映すものであると実感した。 -
Posted by ブクログ
鉄道好きでない方も読んで楽しいと思います。まして鉄道好きの人ならば(^-^) 男2人と女1人の組合せによる鉄道旅行、共通点は列車に乗るのが好きなこと。そのお三方は、関川夏央、原武史、酒井順子諸氏です(^-^) とにかく面白いです。原さんの「大宮、鉄道博物館、総本山、伊勢神宮みたいなもの」は大宮に住んでる私、嬉しかったですw。酒井さん「かつては、ミカンとかゆで卵とかホームで売ってましたね」はい、懐かしいですw。駅そば談議も楽しいです。表紙は富山駅「立山そば(サバだし)」だそうです。
酒井さん「誰かと一緒に旅するということは、その人の人生を覗き見するようなもの。旅はその人の人生を凝縮したような時間なのではないか。」なるほどなと思いました。妻と旅すると、新しい妻の人生が見えるでしょうか~~~(爆)