原武史のレビュー一覧
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集会用広場として世界最大を誇るのは中国の天安門広場。面積は
約44㎡。その天安門広場を上回るのが日本の皇居前広場だ。芝生
部分を含めての総面積は46万5千㎡になる。
時折、皇居へ行くことがある。それは新年の一般参賀であったり、
天皇誕生日の一般参賀だ。天皇陛下をはじめとした皇族方のお姿
を一目見ようと、人出は多い。それでも一定の静けさを保って
広場はそこに存在している。
現在でこそ、皇居前広場が活用されることは数えるほどしかない。
しかし、昭和初期から戦後しばらくの間、そこは人々が集う場所
であった。
本書は明治期から平成までの宮城前広場/皇居前広場の変遷を5つの
時期に分けて考察している。
東京は一時の居場所と捉えていたであろう明治天皇と、著者曰く
東京があまりお好きでなかった大正天皇の在位時代はあまり活用
されなかった広場が一変するのは、昭和に入ってかららしい。
「無用の長物」と見なされていた広々とした空間は、昭和天皇の下、
天皇制の儀礼空間となる。
戦争へ向かう時代、昭和天皇が白馬「白雪」に跨って、二重橋(奥の
鉄橋の方)にお姿を見せれば、そりゃ国民は歓呼の声を上げるだろうな。
「血のメーデー」事件は知っていたが、敗戦後には占領軍のパレード
や復活祭の為に即席の教会が作られていたのは知らなかった。
明治期からの皇居前広場の定点観測も勉強になったが、「血のメーデー」
事件の警察報告と目撃者の証言の食い違いが興味深かった。
警察側の資料ではメーデー参加者側から暴動が起きたとされているのに、
作家・梅崎春生が書き残したものでは、デモ隊をすんなりと広場に通し
た警官隊だったが、その後の暴動のきっかけは警官隊が先に警棒を振り
かざしてデモ隊を襲撃したかららしい。
これって、もしかして警察側はわざと広い空間である皇居前広場へ
デモ隊を誘導したのではないだろうか。この事件を「左翼はどんな
乱暴をするかもしれない」との暴力的破壊活動の見本とし、同年の
7月に「破壊活動防止法」を施行しているのだから…と言うのは
うがち過ぎか。でも、やりかねないと思うんだ。日本の警察組織
なら。
皇居前広場は一応「国民公園」なのだが、ここが普段から集会等に
活用されることはほぼない。届け出が必要なこともあるが、申請
しても許可が出ることがないんだろうな。
天皇陛下のお膝元で政治集会なんてもってのほか…と思われている
だろうし。
尚、皇居前広場の地下には迷路のような東京の地下鉄も通っていない
のだそうだ。次に皇居前広場が賑わうのは平成の代替わりで現皇太子
殿下の即位のパレードの時かな。
東京のど真ん中には、国民公園という名の禁忌の空間がある。 -
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(01)
私たちが親しんだり、親しんでいなかったりする神道の問題が、本書にあるように近世後期以降に著された解釈が主体となっていることがまず確認できる。記紀や風土記とその外伝(一書)を古典とし、その「近代」的な読みを通じて復古神道が立ち上がっていく様子はスリリングである。現代において神道は国家を左右し統合する思想として利用されたが、その理論の端緒や顛末を知る上でも興味深い。
出雲とその神々(*02)が、伊勢の対立軸というだけでなく、幽冥と顕を行き来し、あるいは天国と地獄、罪と罰といった法制面(*03)にまで乗り出しているのは、近代国家を考える上でも示唆的であろう。
(02)
平田国学の展開にも注目している。伊那谷における近世末期から近代初期にかけての展開は、藤村の「夜明け前」に詳しいが、あるいは諏訪信仰にも見える出雲への対立意識とシンパシーが伊那谷が平田国学を受容する素地にあったのかもしれない。
(03)
神道の近代的な解釈にあたって、儒教や道教が及ぼした影響というのは知られているが、本書においては近世の初期に移植されたキリスト教と神道の結びつきも示しており興味深い。 -
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<目次>
序
第1章 東日本大震災と鉄道
第2章 天皇・皇后と鉄道
第3章 沿線文化の起源
第4章 断たれた鉄路を行く
第5章 鉄道をめぐる記憶と文学
第6章 乗客の横顔
第7章 鉄道復興の限界
第8章 海外の鉄道で考える
第9章 よみがえる「つばめ」「はと」
<内容>
新しいタイトルだが、『鉄道ひとつばなし』の第4弾。東日本大震災もあり、タイトルを変更した模様。序のところとあとがきでいろいろ書いてあるが、変えた理由がよくわからない…。内容的には、東日本大震災後、三陸地域のJR東日本の対応がいいかげんと、批判の部分が多い。またJR東海の新幹線神話に対してもやや批判的(第9章)。第2章が原さんらしいか… -
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後書きで「私の本職は、日本政治思想史の研究である。」と云われる原先生。「大正天皇」「昭和天皇」などの著作もある。鉄道好きでも有名。
主に東京近郊に鉄道やバスで出かける。あさま山荘や三里塚、上九一色村など昭和、平成の事件となった舞台や天皇の御用邸、大規模団地など。
小さな旅行記の中で、本が紹介される。新刊ではなく、昭和の時代の側面を伝えるノンフィクションが多い。文芸作品も多少。
書評というには言及は短いが、郊外に残る昭和の風景の記憶と本の話が、なんとも言えない味を醸している。
大本教を再訪するのが、チョッと不思議。昔読んだ栗本慎一郎の本でも大本教は取り上げられていた。当時に沢山出現した新興宗教の一つと思っていたが、社会学者が注目するだけのことがあるのか。
旅先で蕎麦やうどん、時々鰻を食してる。駅弁は釜飯が二回出てくるぐらい。ホームの駅そばの味を知っているのは、流石は筋金入り鉄ッちゃんです。 -
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東日本大震災における各ローカル線とJR東日本の対応について、また今後の鉄道の役割についてまとめた本。全体的にJRに対して否定的なスタンスであるのは割り引く必要があるものの、鉄道を単にA地点からB地点まで乗客を輸送する手段と定義することなく、地域における多面的役割を担っているという言説は示唆に富む。
この本のなかに挙げられていた、盛岡~宮古~釜石を結ぶJR山田線のポテンシャルについては頷ける。イーハトーブの里として風光明媚な塩の道=宮古街道から三陸海岸に抜ける路線は、スローな展望列車などで巡るには非常に魅力的である。首都圏から盛岡駅までは2時間半でアクセスできるので、宮沢賢治や柳田国男の物語と併せて巡る旅を企画すればウケるように思う。
一方でJR東日本という巨大企業にとっては、ドル箱である首都圏の鉄道での収益力を強化していくことが事業者としての利益に適い、駅ナカビジネスを推進したり首都圏での私鉄各線との競争に勝つことが至上命題となっている。黒字企業のJR東日本は山田線のような赤字路線を復旧させるのにも自主財源で行なう必要があり、赤字路線を復活させるのは及び腰であるという。
地方都市の駅前商店街の衰退などという問題と、JR民営化は密接に関係している。民間事業者として赤字のローカル線の本数を減らしていかざるを得なくなり、実際に北海道ではかなりの鉄道が廃止されている。また、新幹線が各地へと延伸することで、並行して走る在来線は第3セクターとなって、日常的に利用する地元客にとって割高な切符を購入せざるを得ない状況となっている。
国土の均衡な発展を唱えて日本中の鉄道網を整備する計画をつくった1970年代から約40年、現実に整備が進められた結果、交通インフラでは大きな格差が生まれている。計画ありきでこのまま効率化を進めていってよいのか、東日本大震災という自然災害を契機に、再び考え直すべきタイミングに来ているのだと思う。