千葉雅也のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
何とも言えない含みのあるタイトル。だからこそ期待してしまうのです。この本には一体何が書いてあるんだろう?と。
ドゥルーズといえば、國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』の結論でも言及されていた思想家であり、「待ち構える」という彼の人生観が私にはとても深く刺さりました。
『動きすぎてはいけない』は、千葉雅也さんの博士論文を改稿して出版されたというだけあって、求められる基礎知識のレベルの高さや、難解な表現の連続で、読みきるにはそれなりの忍耐が必要でした。。。
1回読んだだけでは断じて理解したとは言えませんが、千葉さんがドゥルーズを独自の視点で読み解き、過剰につながろうとするだけではなく、非意味 -
Posted by ブクログ
「センスとは何ぞや?」という疑問を解決するために読んでみました。
一般的に言う“センスがいい”とは、どういう状態なのか。
読んでみて、その答えがなんとなく見えてきた気がします。
ただ、これはあくまで私の感覚ですが、この一冊を読んだだけで「自分のセンス」が突然見つかるわけではないと思うんです。
付録の「芸術と生活をつなぐワーク」を日常に取り入れ、少しずつキャパを広げていった先に、ようやく輪郭が見えてくるものなのでは? そんなふうに感じました。
そもそも“センスがいい”とはどういう状態なのか。
抽象的ではありますが、私はここが肝だと思っています。
作中に出てくるこの言葉――
「差異とは予測 -
Posted by ブクログ
私は本書の著者の千葉雅也さんと完全に同世代の人間である。哲学こそ専攻しなかったが、文化人類学の流れで相対主義や構造主義を学んだ。それ以前の時代ほどではないにせよ、ポスト・モダニズムについての議論は、当時まだとても盛んに交わされていたように思う。私は考古学で大学院に進んだが、文化人類学の院生から相対主義がいかにマズイかという議論を吹っかけられて閉口した記憶がある。
そんなわけで、少し懐かしく思いつつ、本書を読んだ。あらためて、現代思想の大まかなところが整理できて有用だった。とはいえ、わかりやすい語り口だが、やはり私が専門に学んだことがないので、所々理解できない箇所が出てくる。後半部分のフーコー -
Posted by ブクログ
書名からは気がつかなかったが、芸術論(特に美術論)の入門書というべき本。「センスが良い、悪い」などの表現は通常の会話で良く使われるが、ではそのセンスとは何なのか?辞書の説明、「意味」「感覚」「判断力・分別」から始まり、センスが悪いとはほとんど人格の否定であり、悪いではなく、「センスを自覚していない」というべきという主張から前半が始まるような気がする。単に感覚的なファッション・センスといった意味ではなく、先天的な生まれつきという意味を含んだ非常に重い言葉なのだ。そして、センスの本質はリズムであり、美術も、音楽も、また文学もリズム!との後半。これは確かに頷ける。ChatGPTはこちらの問いかけの本
-
Posted by ブクログ
勉強を哲学的に捉え更に実践の仕方もあり、読み応えがあった。
アイロニー=「根拠を疑う」こと
ユーモア=「見方を変える」こと
この2つが勉強におけるキーワードとなる。
序盤の哲学的な表現の仕方が私にとっては不慣れな為、読みにくさがあったが、身近な表現での具体例により読み進めることができた。
また、実践編では以下の部分が参考になった。
・自分の実感に引きつけないで読む、というのは、あるテクストを「テクスト内在的」に読むことである。それはテクストの構造=設定における概念の機能を捉えることである。
・二頂対立を把握する。普段の生活から、何を読む時でも、反対語に気づくよう心がけるといい。 -
Posted by ブクログ
センスとは、 不安やストレスを面白さに転換しながら、偶然性と細部を楽しむ“脱意味的なリズム感” を身につけること──その訓練は、多様な体験を受け入れ、断片を言語化し、自分なりの余白を肯定する姿勢から始まる。
・文化資本=“不安を面白さに変える回路”をつくること
┗多様なジャンルに触れると最初は不安を感じるが、その不安を好奇心に転換できる柔軟性こそが文化資本。
・センスは“直観的で総合的な判断力”
┗感覚(感性)と思考(分析)をつなぐ力であり、ジャンル横断的に働く。
・モデル(既成の型)から降りる瞬間にセンスは目覚める
┗単に優等生的に“再現”する段階を超え、自分なりの視点で再構成するとき