千葉雅也のレビュー一覧

  • 言語が消滅する前に

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    20世紀の哲学は、言語論的転回ということだったんだけど、その「言語」が消滅しているという。ならば、21世紀の哲学はどうなのか?

    みたいな問いがあるのだが、直接的にそれを考えるというより、SNS、ポピュリズム、コロナなどなど、今起きていることを例にしながら、ぐるぐると周りながら、その問題に近づいていく感じ。

    もちろん、答えはないのだけど。

    言葉の力をもう一度取り戻すこと。それは、一種の貴族的、権威的なものの復活なのかもしれない。

    そして、しばしば思考のプロセスのなかで参照されるのが、アレント。國分さんは、フランス現代思想を踏まえつつ、スピノザの研究を起点にさまざまな思考を展開されているのだと思う。アレントは、スピノザとは逆の立場であることが多いと思っているのだが、アレントもスピノザも好きな私は、この辺が面白いところ。

    アレントの議論は、しばしばわかりにくく、最後にはなんだか変な結論に辿り着いてしまうことが多い気がするのだが、それでも彼女が問題にする問題、問題にアプローチする方法は、とても鋭いものがあって、思考を活性化させるパワーがあるように思う。

    そんなアレントの声が聞こえてくるようなところもこの対談の魅力。

    対談なので、軽く読めるのだが、この議論はかなり深い。

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    2022年02月13日
  • 言語が消滅する前に

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    『暇と退屈の倫理学』の國分氏と、『勉強の哲学』の千葉氏の対談。大学院の先輩後輩なのだと知る。

    LINEのスタンプの話があって。
    言葉を交わすことから、視覚的な情報の一コマにまで簡略化されたやり方で事足りるようになった。
    紡ぐものには、意趣や考えの余地があるけれど、スマホは言葉を〝予測〟さえしてくれる。

    ガラケー時代には絵文字一つで送ることに難を示したり、感情を読み取りきれない距離があったはず。
    私がスタンプだけのやり取りに抵抗があるのは、ある意味当然だったのだなぁ。

    以下、印象に残った箇所の引用。
    大きく三つが自分の気になっているポイントらしいと分かった。

    中動態的な教育の在り方のこと。
    ただ、教師は生徒を主体的にするという、この過程に中動態的な関わりを感じるので、アクティブラーニングは完全な主客転倒ともならない気がする。

    言葉の価値と依存のこと。
    本を読むことにも繋がるかもしれない。
    他者が言葉で作り上げてきた世界の偉大さ?に触れることが、自分にとっての線引きにもなる。
    エビデンス主義(笑)絶対的なものでしか、納得を得られないことの、浅さを知る。

    多様性と否定性のこと。
    一番最後の引用が、一番モヤモヤ抱えている。
    皆違って皆いい、ではなく、どこかしら否定性を持つことが、意味ある死に繋がると述べる。
    今の世の中には反した意見とも言える。
    否定性を他者にぶつけることではないような気がする、でも、否定性を自分の中で抱えること、違和感を流してしまわないことに意味があるのかな。
    それは苦しいことで、問うことに繋がる。


    「薬物依存に関して、有名な『ダメ。ゼッタイ。』という標語があるでしょう? 上岡さんたちは、『ダメ。ゼッタイ。』というとが『ゼッタイ、ダメ』だと言っています。意志の力で、『もうやりません、絶対やらない』と思っていると、絶対やっちゃうそうなんです」

    「でも、、僕は先生をやることに少し疲れていました。生徒になりたい、教わりたいという気持ちがあった。だからアテネ•フランセに行って、久しぶりに生徒として徹底的に教わる経験をして大きな満足がありました」

    「だから、最近流行りのアクティブラーニングとか言って、学生にアクティブに課題か何かやらせて、それに対して教師がアドバイザー的に関わるなんていうのは、能動•受動の二項対立の枠組みに囚われたまま反転しているだけだから、まったくダメ。アクティブラーニングより、これからはミドルボイスラーニングをやっていかなきゃいかんと思うわけですよ」

    「孤独とは何かというと、私が私自身と一緒にいられることだ、と。孤独の中で、私は私自身と対話するのだとアレントはいう。それに対して寂しさは、私自身と一緒にいることに耐えられないために、他の人を探しに行ってしまう状態として定義されます」

    「エビデンスの勝利は言葉の価値低下なのだということが、まずは共有されなければならない」

    「それもあるけれども、僕がいま考えているのはドゥルーズのことで、『差異と反復』の序論に、優れた教師とは、『私のようにやりなさい』じゃなくて『私と一緒にやりなさい』と言う者だという話がありますよね。『一緒にやりなさい』と言う教師はコミュニケーションをしているわけではないんですよね。それこそある種の集団的主体がそこにできあがっている」

    「だからこそ、言語で構築された文学的な物語によって憲法の掲げる価値が理解されてきた側面にもう一度目を向けるべきではないか」

    「まず大事なのは、自分が他のものに依存していることを認めることだと思うんですよね。今の平等化は、みんなが自己権威化している状態になっている(中略)まるで自分が自分一人で存在しているような勘違いをしている人たちが多数いるのが現在の状況です」

    「要するに、すべてのマイノリティが不快な思いをせず、安全に生きられればいちばんいいんだ、という考えが強まっているわけです。僕はそれがマイノリティの問題のすべてなのかとつねづね疑問を感じています。やっぱり多少苦労があったり、お互いに対する否定的なものがあったりしても、それとともに生きていくことにこそ、人間的な意味があるんじゃないのか」

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    2022年02月06日
  • 言語が消滅する前に

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    「責任回避論」のところが面白かった。ケーキ屋さんでの例え。相手に(お客)に改めて確認することによって「私は、ちゃんと確認しましたよね」というような自分が責任を負わなくても良くするというくだり。なんでも「責任」を追求してしまうあまり、社会や人間関係が窮屈になっているような印象を抱いていたので。どこかで逃げ道を用意しておかないとならないんだな・・・。今読むべき本だと思う。

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    2022年01月08日
  • 言語が消滅する前に

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    ネタバレ

    今をときめく國分さんと千葉さんの過去からの対談をまとめた本。ご本人たちも述べられていたが、別々に企画されたとは思えないほどに一貫性のある対話になっている。後から編集したこともあるだろうけど、筋は通っている。
    そこで語られているのは、エビデンス主義というか、責任と主体の問題というか、言語なき透明なコミュニケーションの問題というか、抽象的な個人を想定した上でのコミュニケーション、責任の問題なのだと思う。要はそんな個人であり続けることができる人はいない、極めて少ないにもかかわらず、そんな個人であることが要請され続けているということ。
    そんな状況を脱するために複数の時間性の確保とか、文学的な言説とかの話が交わされている訳で、透明なコミュニケーションが全面化した社会に対抗する全面的に強度のあるコミュニケーションの達成は全体主義に陥るので、複数に個々の拠点で別の時間を確保していくしかないということなんだろうけど、そういう時間を確保するためのモメンタムは共同して作りあげていかないと、それぞれの拠点が個別撃破されてしまうということなのだと思う。

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    2021年12月30日
  • 動きすぎてはいけない ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学

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    アラン・バディウはドゥルーズの思想に潜在的な全体性の肯定を見いだし、そこにファシズムの危険性が伏在していると批判しました。著者はこうしたドゥルーズ像に抗して、「接続する」ドゥルーズと対置される「切断する」ドゥルーズ像をえがき出し、とくにそれが存在論においてドゥルーズ以後のメイヤスーやマラブーといった哲学者たちの思想とのつながりが見られることを明らかにしています。

    前半では、ヒュームやベルクソン、ニーチェといった哲学者たちをドゥルーズがどのように読み解いたのかを明らかにしています。とくにヒュームをめぐる議論では、カントの超越論哲学からヒュームへと引き返すことで一元化に抗する個体化の原理の意義を明らかにするとともに、超越論的な条件のそのまた条件へと遡行するメイヤスーの思想と対比することで、世界を全体性としてではなく複数的な外部性としてえがき出すドゥルーズの思想の存在論としての意義を明らかにしています。またベルクソン論では、生気論的な全体論を解体するドゥルーズの議論を検討するとともに、ガタリの「機械」をめぐる議論とラカンの関係について比較的くわしい検討をおこなって、否定神学的な思考を克服するドゥルーズ=ガタリの位置を明確にしています。

    後半は、『差異と反復』、『意味の論理学』、『感覚の論理』と『マゾッホ紹介』などの著作について検討をおこない、ドゥルーズの存在論の諸相が論じられます。

    とくに前半の議論は非常に明瞭で、ドゥルーズの哲学についてクリアな見通しを得ることができたように思います。

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    2021年02月20日
  • 動きすぎてはいけない ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学

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    千葉雅也(1978年~)氏は、フランス現代哲学及び表象文化論を専門とする、立命館大学大学院教授で、2013年に発表したデビュー作の本書で表象文化論学会賞を受賞した、現在注目される現代思想家のひとり。
    本書は、難解な哲学書ながらベストセラーとなったことは有名。単行本の帯には、1980年代のニューアカ・ブーム時のベストセラー『構造と力』の浅田彰と、1998年に『存在論的、郵便的』で注目された東浩紀が推薦文を寄せている。
    私は、千葉氏と同じ高校出身ということもあり、本書もいつか読んでみたいと思いつつ、ドゥルーズはじめ現代思想に関する予備知識なしには、正直全く歯が立たず、今般、文庫版(2017年)に収められた小倉拓也氏の「文庫版解説(読解の手引)」を頼りに、一通りページをめくってみた。
    以下は小倉氏の手引を参考にした本書のポイントである。(「切断論」と「個体化論」の考察には立ち入らない)
    ◆本書は、ドゥルーズ研究の歴史と現状に批判的に挑戦し、新たなドゥルーズを立ち上げようとする試みである。
    ◆“いわゆるドゥルーズ”とは、「差異」を「同一性」に先立つものとし、世界は「同一性」の下で、微小な「差異」がうごめき、全ての多様なものたちが互いにコミュニケートしていると考える。そのような世界は、「現働的なもの」ではなく「潜在的なもの」であり、この考え方では、「静的で固定されたもの」よりも「動的で絶えず変化するもの」を高く評価する。このようなドゥルーズを本書では「接続的ドゥルーズ」と呼ぶ。
    ◆しかし、「<ひとつ>の世界で<すべて>の多様なものたちがコミュニケートする」=「<すべて>は<ひとつ>である」=「<すべて>はつながっている」(「存在の一義性」、「差異の存在論」)という考え方は、存在の耐え難い息苦しさをもたらすのではないか。つまり、そうした世界は、つながりを飽和し、どこにも逃走の余地がない世界、「接続過剰」の世界ではないか。
    ◆ただ、一方には、コミュニケーションで飽和した<すべて>=<ひとつ>からの「切断」を指向し、同時に「個体化」(暫定的なまとまり=「器官なき身体」)を要請する、「別のしかた」のドゥルーズ(「切断的ドゥルーズ」)が間違いなく並存する。なぜなら、“いわゆるドゥルーズ”の生成変化とは、「現働性」から理念的で「潜在的」な領域へとイロニー的に上昇することで、それを突き詰めれば、その「動きすぎ」によって、私たちは逃走の余地をなくし、身動きがとれなくなって、生成変化はみずからを殺してしまうからである。
    ◆だからこそ、「生成変化を乱したくなければ、動きすぎてはいけない」のだが、それは運動を否定して現働性に甘んじることではなく、現働性から潜在性へのイロニー的遡行を半ばで止め、そこからユーモア的個体化へ戻ってくることにより、つながりの飽和から「切断」し、「個体化」することである。しかし、「切断」と「個体化」により固定した「現働性」に落ち着くことにより、逆に生成変化を殺してしまわないように、イロニー的遡行とユーモア的折り返しを絶えずに行うことが重要である。
    ◆こうして、まさに生成変化の論理が要請するところにしたがって、私たちは「接続的ドゥルーズ」と「切断的ドゥルーズ」の両方を必要とする、すなわち、「動きすぎてはいけない」のである。
    また、私は、本書の後に発表された、『ツイッター哲学~別のしかたで』、『勉強の哲学』、『アメリカ紀行』などのソフトなものを先に読んだが、それらには本書に現れるキーワードやコンセプトが使われていることもわかった。
    ただ、本書のキャッチ―なキーワード「動きすぎてはいけない」が、我々の現実の日常において、「最近動きすぎているから、少しおとなしくしよう」という文脈につながるものなのか。。。残念ながら、これはよくわからなかった。
    (2020年12月了)

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    2020年12月12日
  • ツイッター哲学 別のしかたで

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    千葉雅也(1978年~)は、フランス現代哲学及び表象文化論を専門とする、立命館大学大学院教授で、2013年に発表したデビュー作『動きすぎてはいけない―ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』で表象文化論学会賞を受賞した、現在注目される現代思想家のひとり。
    本書は、2014年に単行本で出版された『別のしかたで~ツイッター哲学』の新版で、元版に含まれていた2009~2014年のツイートに、2019年までのツイートを加え、内容と配列を修正したものである。元版は、配列のせいか、正直なところ雑然とした印象が拭えなかったのだが、新版は、章立てになっていて、とても読み易くなっている。
    著者は、「ツイッター哲学」とは「非意味的な有限性の哲学」である、即ち、ツイートは、明確な意味はない140字という制限(有限性)で個体化・輪郭化されるが、それは決定的なものではなく、別のあり方へ生成変化していく途上の「仮の輪郭」に過ぎないにもかかわらず、取り敢えずその輪郭でいいとすることによってのみ成り立ち得るもので、それは、あらゆる行動や思考の元となる、非意味的に切り取られた「仮の輪郭」の典型的なフォーマットのひとつであるという。
    収められたツイートは、いずれも著者の思考(哲学)の断片であり、示唆に富むものもあれば、(私から見ると)他愛のないものもあるのだが、私が最も気になったのは、元版にはなかった「はじめに」で、著者が最近のツイッターを取り巻く状況について語った部分であった。
    「「ゼロ年代」と呼ばれた時期のツイッターはもっと牧歌的で、アングラなものでした。状況が大きく変わったのは、震災と原発事故、3.11以後でしょう。・・・それ以後ツイッターは、「○○はどうあるべきか」について誰かが何かを言いすぎては「炎上」して批判が殺到し、また再批判が起こり、立場の違いが明確化されていく、というひじょうにストレスフルな空間になってしまった。民主的な政治空間になったのだからいいのだ、という見方もできます。が、僕は、社会のあちこちで分断が過剰に可視化されてしまったと感じています。ツイッターでは、この人がそういう価値観だとは知りたくなかった、というケースが多々起こります。ある時期から僕は、名刺交換代わりにツイッターやフェイスブックでフォローし合うのをやめました。知らなくていいことを知ってしまうからです。・・・ちょっと休憩時間に覗くと、誰か友人が仕事について何か言っている。自分の部屋から出て、茶の間やコモンルームに行くと、同僚がいてちょっと立ち話ができる感じ。他の人が何かに取り組んでいる姿を見ると、もうひと仕事するかという気持ちになる。他の人が飲み始めている姿を見ると、そろそろビールかなと思う。これこそがツイッターです。」
    著者のツイッターを使うスタイルを意識しつつ、パラパラ漫画のような、著者の「(人生の)仮の輪郭」を楽しみたい一冊である。
    (2020年11月了)

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    2020年11月09日
  • 高校生と考える世界とつながる生き方 桐光学園大学訪問授業

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    「私は この小説を書くときに、読んでくださる人が小学六年生までの漢字を読む力があれば読んでもらえるものと思ってこの作品を書き始めました」
    と「氷点」を書いた三浦綾子さんがいってらっしゃいました。

    この本の中で出張授業をされる先生たちは
    もちろん、その道のプロフェッショナルの方たちです
    そして、聴いている対象者たちは 中学生、高校生たち
    その語り口が そのまま 一冊の本にまとめられました

    その「語り口」を読んでいて
    冒頭の三浦綾子さんの言葉を思い起こしたのです

    本当の専門家は
    ただ感心させるだけでなく
    それなら 僕も(私も) 何かやってみよう
    そんな気にさせてくれる方なのです

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    2016年07月05日
  • センスの哲学

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    私が思っていた「センス」とは、勘に近い速さで物事同士の関係を感じ取り、正解のない状況で「このくらい」を選べる能力だった。点と点を結びつける能力、とでもいうか。

    会話、デザイン、交渉、見積、運動など、いろいろな場面で感じていた「センス」について、この本を読めば答え合わせができるんじゃないか。で読み始めた。

    ところが、内容がさっぱり理解できなかった。リズム、ビート、うねり……といった言葉が次々に出てきて、欲しかった答えを見つけられないまま読み終えてしまった。

    読後、あらためて考えたり調べたりしてみて、ようやく気づいた。私が思っていた「センス」と、著者の千葉雅也さんがこの本で扱っている「センス」は、そもそも射程が違っていたのだ。

    この本が考えているのは、私が思っていたセンスよりも、もう一段手前のことなのだと思う。

    私は「点と点をどう結びつけるか」をセンスだと思っていた。一方、この本では、そもそもその「点」をどう感じ取り、どう受け止めるのかを考えている。

    またやってしまった。

    今から読み直すのはちょっときついので、機会があれば、今度はその観点から読んでみたい。

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    2026年09月27日
  • デッドライン(新潮文庫)

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    全体を通して学生時代の爽やかさ、青さがベースになっていた。性生活の描写や友人とのドライブなどの時間の停滞加減が写実的で、人生のまぜこぜをリアルに感じられた。その上で、研究対象の構図が小説自体の構図にも反映されていて、単なる青春小説に留まらず哲学的な要素を含んだものになっていると思った。

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    2026年09月26日
  • オーバーヒート(新潮文庫)

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    理系の私には全く縁のない哲学者と恋愛をしているため感情の共有をしたくて哲学者の書いた文章を読んでて見つけた一冊
    哲学者でありゲイであると言う全く違う世界の人のエッセイのように書かれていて面白かった
    ただ、小説に比べると描写に感動する機会は少なく美しい作品とは言い難いものだったかな
    でも新しい全く未知の世界の人の思うことを共有できるのは魅力的だった
    みんな人生悩みばっかりだねー

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    2026年08月22日
  • センスの哲学

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    センスについて論じていた。
    知覚するものを全てリズムとして捉え、すこしリズムにずれがあったり、予測不可能だと何故か自然な心地よさがある。AIはまだ予測可能な動きしかしないので不自然であり、動物やペットは予測不可能な動きをするので癒される

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    2026年08月12日
  • 現代思想入門

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    丁寧に書いてくれている。がんばってついていこうとしているが、むつかしー!

    後ろの方には、これから哲学本を読む人のために、翻訳だからこその読みにくさ、意識するポイント、初心者と上級者の読み取り方の違いを書いてくれています。

    自分と他者って常にテーマだと思う。
    著者が最初の方に言っているけど、〈程よい距離感で適度な気遣い〉っていうのが1番うまくいくように思う。関わりすぎると監視や管理になるから。

    「白黒思想、辞めやー!」
    「なんでも単純に考えるなー!」

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    2026年07月28日
  • センスの哲学

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    センスとは、リズムのこと
    模倣や意味を探すことなく、リズムを感じること
    リズムとは、ビートとうねりで構成される

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    2026年07月04日
  • 哲学史入門Ⅰ  古代ギリシアからルネサンスまで

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    哲学というテーマに対して、これを読むことで理解する難しさを痛感し、そもそも理解するとは何か考える機会になりました。
    内容そのものを理解することよりは、哲学の雰囲気を味わう機会を得ることができたと思います。
    哲学については他の書籍でも継続して読んでいきたいと思うこともできました。

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    2026年07月03日
  • 現代思想入門

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    物事の二項対立を考える考え方を知った。逸脱されたものの価値を見いだすのが現代思想か?脱構築されたものを見つけ出す。

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    2026年06月28日
  • センスの哲学

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    めっちゃ個人的だけど、千葉雅也の文章って絶妙にノリづらいんだよね。言葉は平坦で理解できるのにのっぺりしてる感がある

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    2026年06月14日
  • センスの哲学

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    センスとはなんなのかということ
    芸術作品の見方について勉強になった
    自分に芸術的なセンスを感じたこともないし、ファッションやインテリアについてもあまり納得のいくものを選べず、自分にはセンスがないと諦めていたが、センスは完全に先天的なものではないと信じ、様々なものに触れていこうと思えた
    芸術作品だけでなく、日常生活の全てをリズムで捉える習慣をつけていきたい

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    2026年06月09日
  • センスの哲学

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    タイトルに魅かれてこの本を読みました。
    一番感じたことは、筆者が自身の考えを言語化することの難しさでした。どうやって理解してついて行ったらいいのかずっと考えながら読んでいました。「おわりに 批評の権利」を読んで少し筆者が言いたいことが理解出来た気がします。

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    2026年06月09日
  • 現代思想入門

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    「現代思想というものをざっくり理解しよう」という気持ちに対して「ざっくり理解できるわけないだろ」と突きつけられる本、そういう意味で良い本

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    2026年06月07日