千葉雅也のレビュー一覧
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脱構築とは、物事を「二項対立(二つの概念の対立)」によって捉えて、善し悪しを言おうとするのをいったん保留する、ということ。
代表者3人、デリダ「概念の脱構築」、ドゥルーズ「存在の脱構築」、フーコー「社会の脱構築」。
第一章 デリダ-概念の脱構築
二項対立の脱構築、マイナスとされる側の捉え方を疑うことを階位序列を転倒させるという。
直接的な現前性、本質的なもの:パロール
間接的な再現前、非本質的なもの:エクリチュール
あらゆるものに当てはめられる抽象的な二項対立
何かを得るためには何かを失わなければならない、だがそこへの未練、忸怩たる思いを持った上で行動することが大切
透明ではなく泡立つ炭酸水 -
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センスを才能ではなく「リズム」の知覚として捉え、「予測誤差」という概念で解体する。そうしてみれば、わかりにくい現代絵画も、あるいは食卓の餃子の食感でさえ、抽象化すれば「凸凹や反復、その組み合わせ」から見出されるリズムとして読み解ける。感覚的な領域に留まりがちな「センス」という言葉をここまで言語化していくプロセスは、読んでいて素直に面白い。読後は、何を見ても「なるほど、これはリズムですね」と言いたくなるような、哲学的な小難しさを漂わせつつも、どこか「説明してやったぞ」という万能感に似た納得感がある。そんな後味の本だった。
ただ、その一方でずっと引っかかっていたのが、センスは本当にリズム——つま -
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現代人が悩み、囚われる自己の一貫性(アイデンティティ)からの逸脱を肯定してくれて、人生を楽しませてくれるような思想だった。自分らしさとかそう言うのって、どうしても若い頃は悩んじゃうし、自分はこういう人間だからこういうことはできないとか、自分はこういう人間だからダメなんだとか、そういう自分らしさ(自己の一貫性=自己の秩序)を追い求めるからこそ生まれる悩みに対して、そこから逸脱することを肯定してくれる。そういった秩序からの逸脱(本書では脱構築)をしてからこそ見えてくるアイデンティティ像もあるし、そう言った意味で自分らしさ(とは何か)を考えるのにも示唆深かった。オヌヌメです。
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ノリが悪くなる、キモくなる、ズレる、ツッコミとボケ、などなど、日常の平易な言葉を駆使しようとする感じが鼻につく。しかし、勉強することでノリが悪くなりキモくなるというのは個人的に自覚があり悔しくも共感してしまった。
文章の構成が良いからか(スネーク法で書かれている)、スッと頭に入ってくる。
連想、名付け、言語=環境、享楽、といったキーワードたちはまさにラカンの理論そのものであり、その分野についてある程度知っていると理解しやすい。
言語によって裏打ちされている環境のコード(=その環境において正解と思われている法・言語)に対して、アイロニー(=ツッコミ、コードの根拠を繰り返し問うこと)したり、 -
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20260325
前半はシンプルで面白かった。後半は複合的で情報処理が多くなった。
センスとは「直感的にわかる」という事
直感的にわかるとは「深く考えずにわかる」という事
「わかる」とは「判断、判断力」と言う事
つまり「センスとは、
→「直感的な判断力」または「理解」、「分別」「識別」
例題として、あの人は服のセンスが良くても、音楽のセンスは無いなぁと言うことから「すべてに共通するような判断力」を持っている人はセンスが良いと提起されることが多い。
→つまりセンスとは、「直感的で相互的な判断力」
欠如を埋める事は、自分が生まれてきた場所に戻ることに相当し、故郷に帰ると言う結末を迎えたりす -
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センスや地頭という言葉は努力による変化を認めず、多様性を尊重せず、人を振り分けようとする発想がある P15
まず提案したいのは、「不十分な再現性」= 「モデルの再現を目指してできない」という、何かに近づこうとする運動から降りることです。p41
まず提案したいの、「部分のつながりを見る」と言う姿勢です。全体としてどうかよりも、部分を味わうことを優先する。全体の意味がわからないと気持ち悪いというのも理解できることですが、「部分が面白ければそれで十分」という態度もありうる。p101
答えにたどり着くよりも、途中でぶらぶらする、途中で視線を散歩させるような自由な余裕の時間が、芸術鑑賞の本質です。確かに -
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正直、私の理解力の問題もあるが、冒頭で筆者に約束された「センスが良くなる」という効能は実感できなかった。とはいえ、アートの分野でセンスが良いと言われていることに共通する点はなんとなく理解できた。特にリズムはそうだろう。反復的なリズムと差異が適度にあること。例えば、曲で言うとCメロ的な部分?や、映画のショット、展開のされ方はたしかにと唸らされた。
サスペンス的な、目的達成ではなくプロセスを楽しめというメッセージの通り、序盤から冗長で要領を得ず、ヤキモキする文章であったが、それを楽しめ、ということなのかもしれない。でもそんなこと言われたらなんでもありでは…とも思った。