千葉雅也のレビュー一覧
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「哲学の名著50冊が1冊で学べる」という本を読んだのだが、どうもマスターした気になれないので本屋で平積みされていた本書を読むことにした。古代ギリシャ哲学についてはとてもわかりやすく面白かったが、中世からルネサンスに進むにつれけっこうキツくなってきました。
この第1巻はとても良い本だと思います。現在第2巻を読んでいるのですが、カントがキツイです。共著本を読んでいつも思うのですが、やはりわかり辛い点が出てくるので、一人の著者が書いた本の方がいい。カント哲学をわかりやすく書いた本はないのかい、超越論的とか定言命法とかもっとやさしく書けないのかねぇ。 -
Posted by ブクログ
「デッドライン」「オーバーヒート」と進み、今回は主人公が高校生。「デッドライン」で孵化しかけて、「オーバーヒート」で蝶々になって、この「エレクトリック」はさなぎという感じ。高校生なので家族と住んでいて、そのかかわりを丁寧に描く。最後には自らを目覚めつつある性への扉に近づく。
舞台は宇都宮。雷都に雷様、なじみのある土地なので、主人公の鉄道沿線の家とか、最後の繁華街の描写は、あそこらへんなのか?などと想像してしまった。また主人公の家は街の中心部からは少し離れていて、中心部に行くことを「街へ行く」といっているのは、同じだなあ、などと思った。
2023.5.31発売
「新潮」2023.2月号掲載時に読んだ。 -
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まずはじめに否定しておきたいのだが、この作品の紹介で、男性同性愛者と知り合う(かもしれない)男子高校生、という記述があり、この作品はその様な事象を主な題材とした作品なのか?、と捉えてしまいそうになるが、それは作中の主人公の好奇心の一端であり、決してそれが主題では無い。
主題、と言うか時代背景、は1995年という極めてピンポイントな「年」である。この「年」を通過した者なら誰もが実感するように、年初から立て続けに大地震、テロ事件、が起き、そして何よりWindows95が世界中で発売されて一部の者はその「世界中」と繋がりうる「インターネット」の可能性に大いに心震わせた「年」である。
主人公の多感な高校生は、比較的裕福で温和な家庭の中で、父親の職業を通じて、また自分の学校生活、あるいは兄弟(妹)との関係…等と、先に書いたような社会環境、の中で、かつて多感な思春期時代を過ごした者なら誰もが感じ得たような経験、興味、を示して日々を過ごしていく。またそのツールとして今でこそ当たり前になったインターネットが存在し、一般的になろうとしていた、事が実に興味深い。当時はまだ駅に伝言板はあったはずであるし、ファックスは当たり前、カメラも一眼レフかポラロイドくらいでしかなかった。私ごとにはなるが、その様な時代背景を私はちょうど転職をして、一気にデジタル化を進めようとする地方の一企業のデジタル化推進担当社員として、過ごした。この作品の主人公と同じように、時代が、コミュニケーションの方法が、変わっていく事を仕事でも遊びでも、大いに実感していた。その様な私の個人的な思い入れがあるからこの作品を楽しめた、という部分はあるかもしれない。
作中では決してそういった時代背景の描写だけでは無く、個性的な家族、また登場人物一人一人のある種、軽薄なディテール(ポルシェに乗ってやってくる女であるとか)も、読む者が頭の中でそれを思い浮かべるときに興味を抱く事ができる材料なのでは無いかと思う。
最後まで読んで複雑などんでん返しがある様な作品でも無いと思う。ただ決して言いようのない不快感とか、逆に高揚するハッピーエンドといったものもない。では何が面白いのか?、先に書いた様に私が同じ時代を主人公の高校生の様な何か言いようのない高揚感を抱いて過ごしたから、この作品を特別面白く感じたのかも知れない…。
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ネタバレ哲学がエンタメとなって、元々哲学に関心のなかった層にも手の届くところまで降りてきた、というイメージを持った。國分功一郎さんの本が話題になったりと、最近フランスの現代思想の流行を感じるが、少しでも齧ったことのある人は楽しめる作品になっていると思う。
主人公は同性愛者の院生で、ドゥルーズの生成変化について修論で書くことになる。ドゥルーズ+ガタリの『千のプラトー』には、人間、男性、支配者→動物、女性、支配からの逃走という生成変化について語られている(らしい。未読で、本書に出てきた内容をうろ覚えのまま書いているのでご参考までに)
「ドゥルーズは、生成変化を言祝いだわけです」という先生の言葉が印象的。
同性愛の当事者の若者は、研究を通して、自分が男性でありながらすでに女性に生成変化を遂げていて、同時に男性性を希求している、という立場であることを自覚をする。ドゥルーズは女性→男性の生成変化については言及していない。他者(友人、親、研究対象のドゥルーズとさえも)とのズレ、それによる違和感、自分の性、自分が希求することついて考える様子が、淡々とした筆致で描かれていく。静かな孤独感の中で。それが嫌に生々しい。違うっていうのは、こうも孤独なんだなぁ。
結局主人公は、ドゥルーズの研究を進めても自分の生き方の答えは見つけることができなかった。「少女のしっぽ」を探すというヒントは見つけたが、捕まえることはできなかった。物語は終わっても主人公の研究続いていくみたい。
めちゃくちゃ性描写が多く生々しいので、好みは分かれると思う。
私は初めかなり戸惑ったが、そうしないと語れない何かがあったのかな、と思い、「テクストの現実に従う」ことにした。好き嫌いも二項対立である。好みではないが嫌いの枠に入れない。そのあいだに身を漂わせて、書かれていることをそのまま読む。
正直好みではないが、哲学書を何冊か読んでから次はメタの視点で再読したい。構造を俯瞰することでわかるメッセージがあるように感じている。 -
Posted by ブクログ
正直な感想は序盤は退屈かつ、時系列が複雑な場面転換についていけず読みづらかった。
しかし、最後まで読むと、序盤〜中盤までのつかみどころのない話が意味を持つ。
繰り返して読みたい作品のひとつになった。
はっきりとした起承転結があるわけではないので、他の感想でもあるように退屈と感じるかもしれない。王道の小説(事件があってそれを解決するような)が好きな人には向かない作品だなとは思う。
裕福な家庭の〇〇(主人公)が大学院で修論を書きながら、大学院の友人たちとの交流やハッテン場で相手を探し行為をいたすのはとても詳細だが淡々としていて、失礼ながら「THE自堕落な生活」。
その中で、フランス思想や荘子など哲学が入り乱れるので、アンバランスさを感じる。
ネタバレになるので細かくは書かないが、後半、窮地に立ち始めると主人公がちゃんと血の通った人物に感じ、急に人間味を帯びてくる。
だからといって、困難を乗り越えるようなサクセスストーリーが展開されることはない。
我々の日常事件はあっても、目に見えた起承転結もあるはずもなく、その中でどう考え、どう生きていくのか、そんなリアルさをもった作品だとも感じた。
そこを経て、再読するとまた深みが生まれそうな予感がするので、間を開けてまた読みたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ長らく積読の状態で読めていなかった、千葉雅也さんの小説デビュー作『デッドライン』を読んだ。ページをめくり始めてから、最後まで止まらなくなる。こうした小説に出会える機会は年々減っているから、初めて読書の悦びに目覚めた中学生の頃を思い出して嬉しくなる。ありていに言ってしまえば、全ての私小説は当人にしか書けない。それは当たり前にしても、『ライティングの哲学』などでも披瀝されていたように、“書く”ことを“書く”ことのメタ的な次元で実践してきた千葉さんだからこそのスタイルが、物語の形で表現されていたのは瞠目した。散文的でありながら、真正面の哲学が文学と絡み合うように、溶け合っている。思想と文学の両方を愛する読者からすれば、垂涎の物語ではないだろうか。