務台夏子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
いま見てはいけない、というタイトルに惹かれて手に取りました。
全体的に不穏な雰囲気の漂う短編集でした。旅先で出会う奇妙な人物、奇妙な出来事…ホラー?ミステリー?分類が難しいので奇妙な味のカテゴリに入れておこう。
「いま見てはいけない」「真夜中になる前に」「ボーダーライン」の3編は、ラストにズドンと落とされる感じが良い。
エルサレムを旅するご一行の群像劇「十字架の道」は表面上はうまくやっている面々が、水面下ではお互いを軽蔑しあっているというところがリアルで、イヤミス的な面白さもあった。
ラストの「第六の力」はSFチックで他作品とはちょっと毛色が違う感じ。
「いま見てはいけない」は「赤い影」というタイトルで映画化されているらしい。他にも映画化されている作品がいくつかあるようです。次は「鳥」を読んでみようかな。 -
購入済み
うおぉーそうきたかー!!という最後です
途中で出てくる人の悪意にやられて気持ち悪くなり、後味悪く終わるのかと思わせて…です
決してスッキリメデタシメデタシではありませんが、溜飲は下がる感じですので頑張って最後まで読んでいただきたいと思います
続きが見たいよー -
Posted by ブクログ
物騒なタイトルで気が引けるが、警察ものやハードボイルドはこうなる。
舞台はニューヨークはセントラルパーク。
その公園の森の中で事件が起こる。宙吊り人間袋詰めが三つ発見される(うわ!)
おまけに幼女誘拐も加わって・・・。
セントラルパークはもちろん新宿御苑より広いんでしょうね。
森がやたらと広く、木々がうっそうとしている描写があり、
いかにもおぞましいことが起こりそうな・・・
さすがにニューヨーク!って、知らないんだけど。
そこに登場して活躍するのはキャシー・マロリー=ニューヨーク市警ソーホー署巡査部長。
知らんかったけれど、これシリーズもので10作目、4半世紀も続いているとか。
このヒロインの波乱にとんだ出自やとっぴな性格がシリーズが進むにしたがってだんだんわかる仕掛け。
こういう時、シリーズの最初の本から読みたくなるのがわたしだけど、解説にこのシリーズに限ってどこから読んでもいいとあったので、まいいか。
クリスティのような清張のような古典に親しんでいる者にとって、場面の展開の目まぐるしさ、仕掛けの複雑さに慣れるまでが、ちょっと読みづらいけどね。
魔術的文章に魅せられてっていうのとは(サラ・ウォ-ターズ『半身』がそうだけど)また違う。
猟奇的事件の陰に「いじめ」や「家庭崩壊」「組織」「賄賂」「政治家」・・・
など、どこにでもありそうなことをさらりと盛り込んで、読ませる。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ大邸宅で起こった大量殺人、そして行方不明になってしまった少女。
残された幼い兄妹。
長い年月の後に戻ってきた老女。
そこにからんでくるアイスピックでの連続殺人。
舞台設定も良いし、
登場人物がみんな怪しく見えるところや、
家から連れ出された少女と残された兄妹のそれぞれの誤解の過酷さも心を打つ。
マロリーを見守るポーカーメンバーも良いんだけど、
どうしてもマロリーの冷徹なキャラクターが受け入れられないのか、
面白く感じられない。
それにしても気になるのは、マロリーとチャールズの今後。
正確に言えば、チャールズの今後だ。
彼は変わってしまったのだろうか。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ・ダフネ・デュ・モーリア「人形 デュ・モーリア傑作集」(創元推理文庫)の カバーには「幻の初期短篇傑作集」とある。「本書は近年になって発見された『人形』を含む14編を収めた初期短編集である。」(石井千湖「解説」327 頁)「人形」以外は知られた作品なのであらうか。基本的にはおもしろい作品集である。巻頭の「東風」はそんな中では例外であらう。ある時、人知れぬ島に異人がやつてきて島に波乱をもたらす。ありふれた物語である。しかも、物語は予想通りに進む。島の女と異人の一人ができてしまつて悲劇が起きる、正にこの通 りである。これを破綻のない物語とも言へようが、しかしまた、おもしろみに欠ける物語とも言へる。習作的な作品なのであらうか。巻頭がかういふ作品であるのは意外であつた。
・表題作「人形」、これにはレベッカといふ若き女性が出てくる。ヒロインであらう。物語はそのレベッカに恋をした男性の、海岸の岩にはさまれて残されてゐた手記の断片からできてゐる。かういふ後日発見された手記を使ふのはラブクラフト一派のよく使ふ手である。この「人形」はそんなに手が込んでゐない。手記は、書き手とレベッカのなれそめから破局までを語るだけである。書き手が、言はばレベッカに一目惚れしてその家にも通ふやうになり、当然、関係を迫ること になるが、レベッカがそれを拒む。その理由が明かされて書き手は……海にでも飛び込んだのであらうかと想像させる手記の発見場所である。このレベッカは長 編「レベッカ」とは関係ないが、タイトルの「人形」のグロテスクさは印象的である。個人的には、おもしろくはあるがやはり今一つ物足りないといふ感じ、習作であるのならば納得できるといふところ、後の長編の萌芽であるのかどうか。たぶん違ふであらう。作者がそのヒロインの名が気に入つてゐたのかもしれないとは思ふ。これに対して「いざ、父なる神に」と「天使ら、大天使らとともに」は宗教者への皮肉の効いた物語である。「アッパー・チェシャム・ストリート、 聖スウィジン教会の牧師、ジェイムズ・ホラウェイ師は云々」と始まるこの2作、牧師の日常が描かれる。それもとびきりの俗物としてである。それゆゑに上流階級とのつきあひが多く、教会での地位も確立してゐる。「いざ」では、そんな中の1人の相談事、妊娠させてしまつた女と別れるのに力を貸す。「天使」で は、下層民を友とする若き副牧師を追放する。どちらも俗物感たつぷりに描く。当時はこんな牧師が多かつたのかどうか。たぶん現代もさう違はないと思ふが、 作者は教会の在り方が気にくはなかつたのであらう。類型的かもしれないがおもしろくはある。巻末の「笠貝」も若き女性が主人公、ヒロインである。このタイトルの貝は、岩盤に密着して離れないで生活を送るカサガイのことであらうか。「笠貝」は、ディリーの語る子供時代から四十近くの現在までの物語である。言ふならば、私、子供の頃から損ばかりしてきたのよといふことである。最後にかうある、「なぜわたしはこんなに不運で、こんなに不幸なんでしょう?(原文改 行)わたしのしていることってなんなんでしょう?」(326頁)尽くしても最後は捨てられるといふのである。そんなグチである。カサガイからすると、実は彼女が相手に執着してしがみついてをり、それゆゑに捨てられたといふことではないのか。多分そうなのであらう。これも皮肉である。結局、初期の作者の関心は主人公とその相手のすれ違ひ、あるいはかみ合はなさといふことにあつたのかもしれない。その意味で、「性格に不一致」なる短篇があるのはおもしろい。正にかみ合はない2人の物語であつた。 -
Posted by ブクログ
デュモーリアの名にアンテナが反応するようになった自分が面白い。
『レベッカ』も『レイチェル』も、自分の中にストーリーが澱んで残っている良作。
それに比べると、短編集であるからか、初期であるからか、ややパンチは薄めに感じる。
「いざ、父なる神に」「天使ら、大天使らとともに」のジェイムズ・ホラウェイ牧師が秀逸。
自分自身の教えの素晴らしさに、自分自身が酔いしれてゆき、結果、醜悪な結末をもたらしていることにさえ気付かない。
彼がそうした罰を受けるのではなく、延々と勘違いの道を歩ませてゆくことの滑稽さ。
「幸福の谷」のヒロインを突き落とすような白昼夢感も、すごい。
夢から現実へ、現実から夢へ。
不思議の国のアリスさながら、見てはいけない世界の陰影を描く訳が上手いなぁ。
男女の行き違いについては、上質な昼ドラって言ったら、きっと怒られるんだろうな。。。