心屋仁之助のレビュー一覧
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ネタバレ努力と我慢と忍耐と謙虚が美徳とされてきた「がんばる教」日本。大人の都合の良いように、「前にならえ」で小さい頃から知らず知らずに洗脳されてきたのだと思う。
親から植え付けられた価値観やタブー、それが、自分の価値観(判断基準や世界)となっている。その価値観やタブーを壊していくことで、視界も広がるし、自分のいる世界も広がる。
何事も問題視しないで、「そうなんだ〜」「いいんだ〜」と丸ごと受け入れる。かんたんにそう思えない時は、「思えないんだ〜」でOK。起こった出来事と戦わないこと、何事にも感情を乱されないこと。
ポジティブシンキングではなく、根っこからの自己肯定。まずはそこが重要。根拠のない自信を持つこと。
「だって私、大丈夫だから」という自信は、「私は、うまくいくから大丈夫」と同義ではない。それだと、うまくいかなかった時には「大丈夫ではない」ということになってしまうから。成長を導く「だって私、大丈夫だから」とは、「私は、うまくいかなくても大丈夫」という自信。うまくいけば嬉しいけれど、うまくいかなくても、自分という存在はこれっぽっちも損なわれない、という自信。
無条件で、「私は、すごい。私は、大丈夫。私は、素晴らしい。」と思えれば、「みんな優しいし協力してくれる。何をしても許される」と言う自信に繋がる。そしれ、人に頼り、甘えている人は、「うっかり感謝、うっかり謙虚」してしまう。 -
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ネタバレ恋愛本だけれど、正確には『自分軸で生きるー恋愛編ー』という感じ。冒頭の「シンデレラは、ゲスかったから幸せになれた」という発想は面白かった。言われてみれば確かに相当ゲスい。(笑)
誰かに嫌われないために、誰かに好かれるために、誰かから評価されるために、他人軸で頑張ったり我慢したりする「足し算女」が、なぜ幸せになれなくて、頑張らなくても、努力しなくても、何もできなくても「素の自分は素晴らしい」という前提で自分軸で生きている「引き算女」の方が、幸せに生きれるのかの違い。
結局は、幼少期に「お母さん」に満たされなかったことところに集約するということ。「お母さん」に好かれたかった。認められたかった。その部分が満たされなかったから、「お母さん」ではない「誰か」に好かれようと、認められようと、努力したり、頑張ったり、我慢したりしてしまう。
確かに、私は、母親に満たされなかった部分を、恋愛に求めるようになった。「特別」でありたかった。母親のためにわがままを言わずに我慢して耐えたことを、迷惑をかけないようにしていたことも、本人には気付いてもらえず、だから、別の誰かに置き換えて、我慢して耐えて、それを認めてもらいたかったのだなぁと思ったら、壮大なコントに気付いて、不覚にも涙がこぼれた。
ただ、母親に愛されたかった。健気な愛だったんだな。
ゲスデレラというのは、生まれたての赤ん坊のような存在。 -
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ネタバレ題名の”あなたは「このため」に生まれてきた!"という部分において、明確な手応えはないのだけど。関連性からいくと、心屋仁之助さん自身がこうやって「例え話を交えて、分かりやすく、生きやすくする方法を伝授する」ために生まれてきた、と言っている部分は確かかなって思います。霊能者とか占いの話は個人的には好きじゃないけれど。
「損」の種をまき続けると「徳」の花が咲き、「得」の実がなる。の章から。
自分の道がわからなくなっているのは、「本来進むべき道」ではなく、そのようにして「自分が傷つかない方法」だけを一所懸命に学んできたからです。それは”世間体”というものであったり、”常識”であったりします。そういうものをたくさん学んで、自分の「鎧」として身の回りにたくさんくっつけてきたのです。
「自分が傷つかない方法」とは、別の言い方をすれば、「自分が損しない方法」です。「損したくない」から、自分が本当にやりたいことから目をそらして、イヤな目に遭わない方法をずっと学んできたのです。だから「好きなこと」ではなく、「できそうなこと」だけを選んできた。
まさに私が選んできた道は、そういう無難な道。楽しいことをする前に、どうしても「損しないように」「得するように」「まずはイヤなことを片付けてしまおう」と頭でブレーキをかけてしまう。
「自分らしさ」を押し殺していたのだな。自分の好きなことを純粋に楽しめないように、自分で制限(ブロック)をかけていたのだなぁ。このブロックをどんどん外していこう。 -
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ネタバレフォトメッセージ集。文章だけでなく、写真が挿入されることで、こんなにもすっと心に入りやすいものなんだな。さらっと読みやすい。
「がんばればうまくいく」「うまくいかないのは努力が足りないからだ」そういう「がんばり教」の染み付いた洗脳を、もう一度「脳」を「洗って」捨ててみる。「いいかげん」「かなり適当」に生きてみる。それぐらいで生きるのが、ちょうどいい湯加減になる。
がんばりやさん。優しすぎるお人好し。世話好きで損しちゃうしっかりもの。正義感が強い人。向上心の強いできる人、そういったがんばり教に洗脳されちゃった人向け。
「罪悪感」は、あくまで「罪悪、感」。「なんとなく悪いような感じがすると思っていること」要するに勘違いだったりする。
正義感の強い人は、他人を勝手に見張って、裁いて、戦って、罰しようとする。
正義の味方の仮面ライダーになって他人とむやみに戦うのではなく、ショッカーのように他人にも自分にも、誰彼かまわず「イー!」「イー!」「いいー!」って言って、人生楽しみながら「世界を征服しよう」なんて野望を持つ生き方のほうが楽しい。
「猫が猫のように生きる」ように、自分は自分らしく生きる。他人を優先して自分を犠牲にしない。自分の「心地いい」「好き」だと感じる生き方をする。
「妬み」や「怒り」や「イライラ」は、「本当にやりたいこと」を教えてくれる自分からのサイン。大きな答えが隠されている。
織田信長になりきって「まあ、よい」と言ってみる。
工夫・改善につながる「反省」でも、とりあえず、しない。それでも反省する時は、「はい、できませんでした。次はやりまーす」ぐらいの軽いノリでいい。
親に言って欲しかった言葉を、集めて、自分にその言葉をかけてあげる。
ダメな自分を面白がり、素晴らしい自分もとことん面白がる。
盆栽のように見栄えよく都合よく自分を剪定してしまうと、成長できずに小さくまとまってしまう。原生林のように生きる。「我慢をやめて、やりたいことをやる」
人から、なぜか褒められることを大事にする。
どんな問題でも、「あ、簡単」と思った人のところに、答えが舞い降りて来る。
心屋仁之助さんが登場する最後の写真がとても好きです。 -
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ネタバレ心が凹んだ状態というのは、ゴムボールが凹んでいるような状態でうまく弾まないし、思うように転がらないし、そのまま無理して走らせればバーストする。外から叩いたり引っ張ったり圧力をかけても直らない。方法はひとつ、内側から空気を膨らましてあげないといけない。自分自身のことを大切にして心を労わってあげること。そうすれば、自然にまあるく膨らんで、上手に転がり始める。
凹みやすいひとは決して他の人より心が弱いわけでも、何かが欠けているわけでもない。人の気持ちを敏感に汲み取ることができて、いつもまわりに気をつかう。真面目で、責任感も強くて、何にでも一生懸命に取り組む人こそ、凹みやすい。
まず、他人にかけるような愛語(褒め言葉)を自分にかけてあげる。「すごいね」「素敵だね」「それでいいよ」「大丈夫だよ」「よくやったね」
自分のダメなラベルを、魅力的なラベルに貼り替える。
放置自転車のように自分のことを粗末にしない。
「自分の心に感情のゴミ屑を残さない」「自分のことを悪く言わない」「自分のことをちゃんと守ってあげる」
戦闘態勢の相手には、「なるほど、そちらの言うことにも一理あるようですね」と一歩譲って否定しない。
器が大きい人は、被害者になるのをやめて、先に謝って終わらせる。
帰路に悩んだら、損得で選択するのではなく、自分が、好きな道、楽しめる道を選ぶこと。
それでも凹んでしまった時、まずは、自分の身体を優しくさすって「よく頑張ったね」「よく我慢したね」と撫でてあげる。そしてゆっくり深呼吸する。好きなものや素敵なものを見る。柔らかいものに触れる。誰かに優しく触れてもらう。いい香りやいい味を楽しむ。大好きな音楽を聴く。身体を動かす。そして「ああ、ありがたいなぁ。ああ、幸せだなぁ」と口に出して言う。それが自分自身を労わるということ。 -
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心屋仁之助さんの著書は、もう何冊も読んでいるので、内容的は同じなのだけど、復習を兼ねて時々読み返すと、また新たな気付きや学びがあり、とてもためになります。
「めんどくさい」は「人生に残してきた宿題」で、この宿題を片付けると、人生が変わるから「福袋」になる。
「〜べき」という言葉は、「私は正しい」という”自分だけのモノサシ”を自分にも他人にも押し付けること。
「〜べき」という自分だけの常識を外していくと「自由」が手に入る。「してもいいし、しなくてもいい、どちらでもいい」という「選択の自由」
「〜するべき」という義務や決まりを、「〜したい」という言葉に置き換えて、「選択の自由」「自分の意思」「行動の責任」に考え方を変えていく。
「苦しい」「うまくいかない」というのは「生き方がズレてきているよ」「自分のことを悪く勘違いしているよ」という、本当の自分からのサイン。
「執着=手放せないもの」
「こだわり=大切にしたいもの」
執着おじいちゃんは、孫にプレゼントした時の「お礼」の言葉が嬉しい。孫からのお礼がないと怒り出す。
こだわりおじいちゃんは、孫にプレゼントすること自体が楽しいので、孫が何も言わなくても気にせず、プレゼントそのものにこだわる。
要するに「執着」は見返りを期待して、相手を見張ってしまって、苦しくなる。
完璧ではない人に対して「いいね」って褒めれない時は、無理に褒めずに「やってるね」とそれだけ認める。「見」て「止める」=「認める」ということ。
「ネガティブな言葉」を心に溜め込まないこと。「怒り」「憎しみ」「嫉妬」「恨み」「悲しみ」をお腹にためない。言葉が汚くても「ちゃんと吐き出す」「隠さない」「飲み込まない」。吐き出したあとで、ちゃんとお口直しの一言を言えば、心の消化不良は起こさない。
いろんなことで成功している人の意思決定のクセは、「勇気、挑戦、チャレンジ、努力、今、行動」
うまくいかない人の意思決定のクセは、「逃げ、先延ばし、不安、無難、みんなと同じ」
成功は、「本人の努力」ではない。「させられた結果」である。
”世間”の言う通りに、”常識”の通りにやっている人ほど、うまくいかなくて苦しんでいる。それは”世間”とは合っているかもしれないけれど、”本当の自分”とは合っていないから。
「花は咲くときにはがんばらない。ゆるめる(ほどく)だけ」
頑張ることよりも、力を抜くことが大事。 -
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ネタバレ心の捻じれ、心の拗ね・・・その原因のもとは、すべて「愛されたい」「自分を分かってもらいたい」「ありのままの自分を認めてもらいたい」っていう欲求。特に子供のときに、母親からそれらの欲求を満たされなかった人が、拗ねてしまう。
拗ねた心は、被害妄想だけが人一倍大きく育ってしまう。いち早く被害者の席に座って、加害者を糾弾して裁こうとする。自分を守ろうとするあまり、争いが絶えなくなる。
「べき」が多い人も同様に、「自分が正しい」ことをしていて、相手が「間違っている」と判断したとき、「私は相手を裁く権利を得た」と勘違いしてしまう。これらの関係が様々な争いのもととなる。
「自分が正しい」と感じたときは、「他の人"も"正しいの"かも"」という考えを持つことが重要。
印象的だったのが、「気付かなかったごめんね」という言葉。「気付かなかった」っていうところが重要。どちらが正しいかとは関係なく、相手が嫌なことだと「感じたことは事実」。先に謝れるということは、器が大きいということ。
ネガティブ思考を手動で切り替える方法が、実践的で楽しい。
「どうせ~やっぱり」の法則を逆手に利用してしまう。
「あーあ。どうせ、私は愛されてるし」
「あーあ。どうせ、私は素晴らしいし」
感じたことをひっくり返してしまう魔法の言葉。
そう思えないときは、「かな?」「かも」をつける。
思わず、ネガティブなことを考えてしまったら、最後に「ちゃうちゃう!」と一人つっこみを入れておく。 -
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ネタバレ心屋仁之助氏の初期の著書。セルフカウンセリング。セラピーの具体的な方法など、心理学やNLPに基づいた自己啓発本に近い内容で、まるでセミナーを受講しているような感じで新鮮だった。
自身が心理学に進んだ経緯も触れており、(自分が家族に完璧を求めすぎて、その反動で家族が外に向かって爆発してしまった)自身の性格(価値観や考え方が)変わっていく経緯にも興味が湧いた。
ただ、「傷ついた過去の出来事の”おかげで~”」の先がどうしても思いつかず、少し落ち込んだりもしつつ。
過去の些細なものから大きなものまで、色んな出来事をデータとして集めて、自分なりに分析して対処しているのが、性格。
「こんな性格を直したい」と思いつつ、「こんな性格」である理由は、実は自分を守るためだったり、傷つかないためだったり、過去の小さな経験から積んだ「守りのくせ」であること。「自分のため」だったとはとっても意外だったけれど、妙に納得。
自分の中のポジティブさんと、ネガティブさん、どちらも「自分のため」の意見であるので、どちらかを消したり、抑え込むのではなく、どちらの意見もちゃんと受け止めて、統合させる。それが、自分を大事にするってことなのかなと。
変えられるのが性格、変わらないのが個性。
例えるならば、個性は食材、性格は味付け。 -
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人は自分に自信をつけるために、他人から認めてもらおうと努力する。結果を出す。資格を取る。できる人になろうと努力する。でも、これらの自信は、他人からもらったものであり、更には「理由付き」「条件付き」の自信なので、それが無くなった時、簡単にポキッと折れやすい。
一方、折れない自信というのは、外側の後付でなく、内側の、理由もない、条件もない、ありのままの「自」分を、ただ「信」じてあげること。
理由や条件がなくなっても折れない自信、これこそが本当の自信。自分の価値を決めるのは、他人ではなく、まず自分。
他人評価の、他人軸で生きてしまうと「自身」がなくなってしまう。だから「自信」も生まれない。
自分自身を「否定の前提」ではなく「肯定の前提」で生きる。ダメでも、出来なくても、「自分は素晴らしい」「自分には価値がある」と、まず自分を肯定して信じてあげる。
問題が起きた時、自分を「責める」材料にするのではなく、ただ、「省みる」だけでいい。
そして「好きなことをやる勇気」「迷惑をかける勇気」「怒られる勇気」「嫌われる勇気」を持って行動に移す。
「自身」を取り戻せば、「自信」が育っていく。 -
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・頑張らなければ好きなことができないと、と思っている限り、報われない
・好きなことをすると、自分らしく生きられ、人生が楽しくなり、自由になり、人に優しくなり、なぜかお金も入ってくる
・好きなことをして生きるには「一番嫌なこと」をする必要があり、豊かさを受け取るには、批判や非難を受け入れる覚悟が必要
・好きなことをして生きている人は、他人の目を気にしていない(妬んでくるような人からは好かれなくていい)
・「本当に好きなこと」は「損得」で考えてはいけない、あきらめたことの中に「本当の好きなものがある」、未来の心配のために今を犠牲にするのはやめよう
などなど、アドラー心理学の実践的入門書的な内容。経験談を織り交ぜているため、とても分かりやすく、僕も「好きなこと」だけして生きていくことをもっと意識していこうと思った。 -
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「許す」ということ。
「許せない」という気持ちの根っこには、「大切なものを奪われたものを奪われた」「大切なものをもらえなかった」という気持ちがあるということ。
「許す」には、「損する覚悟」が必要であること。謝ってもらえなくても、何ももらえなくても、奪われたままでも、傷つけられたままでも、「もういいや」と言える「損する覚悟」。
「問題視」することで「問題」が作られる、という原理も勉強になった。
「敵視」することで「敵」を作ることも同じ。
心理学の本で必ず出てくる「あなたの嫌いな人」は「自分自身の嫌いな部分」という理論も頭では理解していたつもりだけど、心屋式に、周りの人は「自分の本音の鏡」なんだと説明されると、とても納得がいく。
「がんばる教」をやめて「なんか知らんけど教」最強。
*がんばらない。
*やりたいことはやる。
*やりたくないことはやらない。
*やらなければいけないことは何もない
*好きなことは夢中になっていい
*損するほうを選ぶ
*「好き嫌い」で選ぶ
*「なんとなく」で選ぶ
*休む
*依存する(寄生する)
*仕事より家庭を優先する(家内安全第一)
*お金は出すと入ってくる
*いいものも悪いものも出す、受け容れる
*勝手に拗ねない、いじけない、強がらない
*ちゃんと、言う
*逃げていい
*泣いていい
*弱くていい、ダメでいい、役に立たなくていい
*誰も助けなくていい
*一番やりたくないこと(タブー)に向かい合う
*自分は思っているより最低なヤツだと認める
*自分は自分が思っている数千倍、素晴らしいと信じる
*長所は伸ばさなくていいし、短所もそのままでいい
*何かを「しよう」としなくていい
*自分最優先(誰かのためより、自分のため)
*ワガママ、気まま、子どものように
*踊るあほうになる
*どうせ愛されている
*なんか知らんけど、うまくいく -
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「ダメ男製造機」。正直、自分には関係のない本だと軽い気持ちでいたけれど、読み始めたら、もうもう自分に当てはまることばかりの狙い撃ちの図星、私こそ正真正銘の「ダメ男製造機」であることを初めて自覚した。
心理学の本は若い時から色々読んできたつもりでいたけれど、こういう物語調の斬新な切り口は初めて。しかし、つくづく人間の心理って面白くできている。
「ちゃんと自立したしっかりした女性」に限って、「ダメ男」とくっついてしまったり。付き合っていくにつれて、どんどん「ダメ男」を形成していってしまう。
その原因と傾向と過程が、この一冊でよく理解できた。
なんでもかんでも自分一人でやり過ぎて、自分の価値だけ上げて、相手の価値を片っ端から取り上げてたのだな。
私だけでなく相手だって、人に必要とされたいし、人の役に立ちたいのに、物分りのいいフリをして、自分だけ手柄を横取りして優越感に浸り、相手に劣等感を植え付けていたのだと。
確かに、オールマイティーにひとりでそつなくできてしまうような「デキる男性」には、昔から全く惹かれない。
その理由を考えたこともなかったけれど、そういう相手だと、自分がその人の役に立てないから、それだと自分の存在価値がなくなっちゃう、という深層心理。(ドキッ)
パートナーという枠を超えて、親や兄弟や仕事の上司や部下や同僚にも当てはまってしまう。
人(親)に甘えられない。
人(親)を頼れない。
人(親)に迷惑をかけられない。
自分の中で美徳だと思って一人で背負ってきたことが、こんな風に相手に「ダメ人間」の烙印を押し続けていたなんて。
自分が人(親)に甘えられないし、頼れないし、迷惑をかけられないから、簡単に甘えてくる人や、頼ってくる人や、迷惑をかけてくる人が許せない。
でも実は、甘えて欲しくて、頼って欲しくて、迷惑をかけて欲しいとも思ってる。相手の役に立ちたいから。必要とされたいから。矛盾。
そして、相手も同じように、甘えて欲しくて、頼って欲しくて、迷惑をかけて欲しいと思ってる。私の役に立ちたいと思ってくれている。必要とされたいと思ってくれている。そういう気持ちをずっとないがしろにしてきたのだなぁ。もう反省しかない。
自分ひとりでできることも、人に頼んでやってもらって、その好意を素直に受け取って「ありがとう」って感謝する。
そうそう「ありがとうと言うのは負けた感じがする」のも心理もまさにその通りで、私は親から「ありがとう」って言葉をかけられなかったし、だから自分からも「ありがとう」って言葉をなかなか言えないで育った。負けた気がして虫唾が走る。
「ありがとう」って言いたくなくて、負けたくなくて、なんでも自分ひとりでやれると思って、頑なになって生きてきたのだと。
育った環境って本当に大きいなぁ。
これからちょっとふたりの関係が変わっていけそう。 -
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心屋仁之助さん自身が「頑張っても頑張っても→うまくいかなかった」のに、「頑張らないと決めたら→なんか知らんけどうまくいくようになった」という実際の経験談や方法を交えて書かれていて、頷けることばかりで説得力があった。
私自身、頑張って身体を壊してしまったので、そういう自分に厳しい頑張り屋さんに是非読んでもらいたい本。
責任感の強い生真面目な頑張り屋さんが損をするように世界のしくみはできている。だから、頑張るのやめよう。気楽に生きよう。
「努力」「我慢」「協調性」「真面目」「自分よりも人のために」「人に迷惑をかけない」日本人はそういう生き方を美徳として育ったけれど、「頑張れば認められる」「頑張れば報われる」という間違った思い込みを取り払わないと、一生頑張り続けて「まだまだ頑張らなければ」というループから抜け出せない。
そういった自分の価値観をひっくり返すと、「努力してない人」も「我慢できない人」も「協調性のない人」も「不真面目な人」も「自己中な人」も「人に迷惑かける人」も「頑張らないでうまくいってる人」のことも、自分も他人も、認めれるし許せるようになる。