松浦寿輝のレビュー一覧
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作中で「この世で過ごすほんの束の間の歳月とはいったい何なのか。人生とは畢竟、テーマパークの様々なアトラクションを経巡りながら味わういっときの享楽と、その興奮が冷めた後での底から込み上げてくるうそうそとした寒々しさのことではないのか。」という部分があるけれど、本当にその通りだとおもう。
個人的に松浦寿輝さんの文章の良さというのは川の水の流れのように動き(うねり、揺らぎ、漂い、揺蕩う)があるところだと思っていて…(1つのお話のバイオリズムと言う点においても、1文個々のベクトルにおいても。)ちなみに、他の作家さんに感じるのは山の稜線をなぞるような起伏。
特にこの『半島』は川の源流のように流れは少 -
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「人外(にんがい)」(松浦寿輝)を読んだ。
面白い!
アラカシの枝の股から滲みだした(神ともけだものともつかない)「それ」が、(何故か過去の記憶に囚われ)探し求める「かれ」とはたして出会えるのかどうか。
そして「世界」は滅びようとしている。
少し難解なところもあるけれどしだいに物語に惹きつけられていく。
印象深い文章をひとつだけ抜きだす。
『世界と世界ならざるものとの境界に身を置きその両方に魅了され引っ張られ、しかしどちら側にも身を落ち着けられずにいるものだけが知るせつなさでありやるせなさであるようにおもわれた。』(本文より)
〈あゝ、われわれの世界も滅びようとしているのかもしれ -
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村上春樹ライブラリー階段の本棚にあったのをパラパラめくり、ぜひ読もうと思った一冊。
名著『名誉と恍惚』の作者による、紀行文…なのかな。
旅の本が好きなのだが、この本は単なる町の風景や出来事の描写だけでなく、様々な思索やよしなしごと(と本人は仰るだろう)が織り交ぜられた文章が魅力である。
一番行ってみたいと思ったのは新京=現・長春であるが、そんな感想を持つべき本ではないような気もする。
「吉田健一にとって余生とは、何かが終わった後の時間である以上に、むしろ何かが始まる時間のことだった」
「『余生があってそこに文学の境地が開け、人間にいつから文学の仕事ができるかはその余生がいつから始まるかに -
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『鴉はその恐ろしい国から俳人のところへやって来た、お迎えの使者、死出の旅路の先導役、まあそういった見立てになろうか。しかしそんなふうに話の筋を通してしまうと、たちまち理に落ちた凡句になってしまうなと月岡は苦笑した』―『人類存続研究所の謎 あるいは動物への生成変化によってホモ・サピエンスははたして幸福になれるのか』
松浦寿輝は東大でフランス文学を学び、パリ第三大学で博士号を取得、詩人として文壇に登場し、その後評論を認められ、小説では芥川賞も受賞したという絵に描いたような文人。歯に衣着せぬ物言いで人の感情を逆なでるなどという単純なことはしないけれど、持って回ったような高尚な理路で人の不興を買うこ -
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『人間って、結局、自分の身の丈相応でしか他人を判断できないんだよね』―『ミステリオーソ』
例えば村上春樹の小説によく登場する暗い穴。作家はその底をよくよく覗き込んで人の奥底に潜む凶暴な人格を暴き出そうとする。しかし村上春樹の小説で描かれるそれは、所詮(と言ってよければ)カエルくんによって元の暗い地中へ押し戻されるそれであり、散々広げた風呂敷をあっさりアトレーユに託して知らぬふりを決め込んでしまえるそれであるに過ぎない。誰もが持っている知られたくない後ろ暗い思い、あるいは隠された人格のようなものとは、そんな生易しいものではないだろう。それは羞恥心と表裏一体の感情であるからこそ隠しておきたいとい -
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権力の中枢にいる者が民間の一事業主に便宜を図る引き換えに何かをさせようと思えば、誰か連絡を取る者が必要となる。下っ端の公務員なら、いざとなれば切り捨てることができるので好都合だ。しかも、真の意図は隠し、国のためを思ってやることだと言い含めて疑念をそらす。ことが露見すれば、上に立つ者は白を切り、実際に動いた者が、蜥蜴の尻尾のようにあっさりと切り捨てられ、名誉どころかその命さえ奪われかねない。
こう書くとまるで今の日本の現実のようだが、これは小説の中の話。時代は事変から戦争へと拡大し続けている日中戦争のさなか。外灘(バンド)に西洋風建築が競い合うように建ち、多くの国から人々が流れ込む国際都市、魔 -
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『皆がその死を悼んで集まってきているその家のあるじは、いま無責任な客のような顔をして無聊を託(かこ)っている、この俺自身なのではないか』―『主客消失』
定義付けのされた言葉が多く並ぶ。それ故に文章の意味するところは、多少意図的な飛躍はあるものの、論理的である。著者の小説にはない角張った音がする。とても惹かれるところもあるのだが、何故か眉根を寄せずには読み進めることが出来ない。理屈を重ねれば重ねるだけ、読み手を置き去りにするこの語り手は、けれど、簡単に耳を塞いで拒絶して済むものでもない。
松浦寿輝は自分の中にある何かを内と外の対比によって炙り出そうと試みる。内と外にそれ程の差があるのか無いの -
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さすがは並みいる男性作家が選んだ作品集である。全部面白い。
「ちょっとちょっと…」と傍で話しかけられるような親しげな語り口と
抜群のリズム感が心地いい。特に気に入ったものを少し…。
「道化の華」
ラスト3行でいきなり視界がぱあっと広がり、ぞくっと怖くなる。
視点のトリックで読者を驚かせるのが上手い。
「彼は昔の彼ならず」
心の本質が似通った人間が近くにいると、お互いに感応してしまうのだろう。
口先三寸のペテン師のような男を非難している主人公の男もまた、
親の遺産で遊び暮らす怠け者。
才能ある芸術家のパトロンになりたいという、
彼の下心を見透かしたペテン師の作戦勝ち。 -
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萩原朔太郎の詩が好きで、『月に吠える』『青猫』と読み進み、その口語自由詩のたたえるリズムに心地よく酔いしれていたら、突然、『氷島』の詰屈な文語調にぶつかり、いったい朔太郎はどうなってしまったのだろう、などと不審に思いながらも、その独特の韻律に、やはり心を揺さぶられ、序詩「漂泊者の歌」一篇は、当時大学ノートの裏表紙に万年筆で書き写し、暗誦したものである。
それにしても、口語自由詩の完成者と目される朔太郎が何故転向するかのように文語体で詩を書かねばならなかったのか、という疑問は解決を見なかった。ところが、その謎を解く鍵がこの本のなかにあったのだ。しかも、愛惜措く能わざる「死なない蛸」の精密な解読 -
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「名誉と恍惚」(松浦寿輝)を読んだ。 上海の共同租界行政府である工部局の警察官芹沢の半世紀に及ぶ人生の軌跡と辿り着いた場所での充溢した魂の咆哮。 760頁の傑作長編。 これはまさにハードボイルドだわ。
『深い、強い、痛切な喪失感。取り返しのつかない何かを失い、その悲嘆を耐え、耐えることに疲労しきっている……。疲労の果てに悲嘆が徐々に諦念へと収まりかけ、しかしまだ収まりきれずにいる……。』(本文より) 上海の裏世界の支配者の第三夫人美雨(メイユ)を1ページにわたって描写するその文章に震える。
読んでいる間私はずっと、チャンドラーがこの世に生み出したフィリップ・マーロウという男のことを頭の隅で