伊東潤のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
緊急事態宣言の中、令和二年のGWに読んだ歴史小説です。何も活動のできなかったGWでしたので、読書だけが楽しみでした。
この本は有名な本能寺の変を題材にしていますが、7人の武将の立場から見た形でストーリーが展開しています。新しい歴史小説の形で楽しいです、事件現場の空から中継を見ている感じです。
以下は気になったポイントです。
・源頼朝の鎌倉幕府も、足利尊氏の室町幕府も、どちらも憎悪と野心をたぎらせた親族と家臣達が互いに憎しみ合いながら敵と戦っていた。だからこそ彼らは幕府を開けた(p67)
・肩衝(かたつき)とは肩の部分が尖った茶入れで、楢柴は初花肩衝、新田肩衝と並び「天下三肩衝」と称される逸品である、初花と新田はすでに信長の手中にあり、楢柴を手に入れれば天下三肩衝が揃うことになる、信長は手柄を立てた家臣に領地の代わりとして名物茶器を与えている(p140)
・博多の湊は南蛮船が来航して賑わっていたが、南蛮交易の拠点は肥前の平戸や長崎に移りつつあった。代わりに武士の姿、軍船が博多には多くなった(p142)商いの特権を持つ座を廃し、船が入る際の税である津料も免除すればさらに人と物が集まってくるだろう(p178)
・家康が武田信玄に決死の覚悟で挑んだ三方ヶ原合戦では、結果的に敗れはしたが信長も宿老筆頭の佐久間信盛に3000の兵を授けた(p202)
・信長、家康、秀吉といった諱は、本来、その死後に言う忌み名である。存生中は、特に目下の者などが口にして良いものではない(p221)
・信長の元では手柄を上げるほど危地へと送り込まれ、より強大な敵と戦わなければいけない。それが織田の家老の宿命である(p258)
・木綿は絹よりも高価な繊維だが、硝石やかねで加工することで水に強い雨火縄となった(p267)
・正親町天皇の弟である覚恕法親王を主とするなど朝廷の加護厚く、地理においては陸路の要衝をなし、軍事において数万の兵をおいている坊舎、山から延びる道を支配し、政治・貿易・軍事・信仰の拠点として一帯に君臨してきたのが比叡山である。越後の上杉景虎が四宝としたものを全て持っていた(p381)
2020年12月30日作成 -
ネタバレ 購入済み
強過ぎた大将
武田勝頼
歴史的には評価され難い存在である武将。
が、実際には武田信玄存命中を超える最大版図を築いた非凡な大将であった。
この武将の魅力はなんと言っても軍事の才能。
妾腹ということもあり、順当に行けば家督を継ぐことなく、諏訪衆を束ねる戦闘集団の旗頭かつ有力一門として名を轟かせたことと思う。
家督を継承しないとなれば気安く前線での戦いに身を置くことも出来、戦功著しい猛将となったはずである。
しかし、歴史の流れは勝頼を武田家陣代としてしまう。
先代の負の遺産を背負ったまま、家臣の軋轢が多い家を切り盛りしなければならない環境。
更に周囲を強力な大名に囲まれ、政治力が必要とされる場面での人材不足。
おそらく勝頼でなくともこの時代の武田を繁栄に導くのは至難であったはずである。
本書はそんな勝頼の苦悩を切々と書かれており
輝かしいまでの武才を発揮する場面は殆ど無い。
部下の言に判断を左右される言いなり大名となっている場面も多い。
ただ、そこが人間らしさを垣間見ることが出来る部分でもある。
多分に現代人の感情、感覚が先行している印象はあるが、それだけに文章に心を沿わせやすいと思う。
避けられぬ滅亡を前に『強過ぎた大将』は何を想うのか。
道は己が決めるもの。
最期を無残と見るか否かはそれぞれの心次第。 -
Posted by ブクログ
西南戦争をモチーフとした作品で1870年代のパリを交わらせる試みは非常に興味深かった。
一方で西南戦争自体の描写は惰性で読んでしまった感が否めない。その理由には、史料が多く残りすぎているために描写や展開に遊びが見られず入りこめなかったこと、そもそもの戦争の大義名分や意義に共感ができなかったりことがあると思う。
古い武士の誇りと言えば綺麗なものだが、勝てる見込みもないのに大志ある若者の命を犠牲にし続ける西郷以下の幹部たちはリーダーと言えるだろうか。結果として、本戦争が士族の不平反乱を終わらせたという歴史的意義はあるものの、非常に苦い後味だった。 -
Posted by ブクログ
読み終えた時の第一印象は、「戦の多い歴史小説だったなあ」というバカみたいな感想だったりする。応仁の乱から戦国時代へ。北条早雲を主人公とした『黎明に起つ』という歴史小説は、理想のために戦い続けた武将の物語です。
家と政治の思惑が絡み合う中、将軍、足利義正の弟である義視の元に仕えることになった、12才の新九郎(後の早雲)。しかし何の運命の悪戯か、その立場から実兄と対峙し、結果兄を自らの手で殺してしまう事態に。
政治と権力、そして様々な思惑が「魔」として跋扈する京を離れた新九郎は、家系が代々治める領土に戻るが、運命は再び新九郎を京へ呼び戻し……
伊東潤さんの歴史小説はいずれも漢くさいというか、熱量がいつもスゴく感じます。今回もそんな熱さが随所に感じられる作品。
領主として何を目的として生きるのか。新九郎がたどり着いた真理は「民のため」というものでした。応仁、そして戦国時代と世の中が様々な権力者や武将たちの政争や思惑で荒れていく中、新九郎はただ一人、民のために、争いのない平和な世の中のため、旧勢力たちに戦いを挑んでいきます。その姿勢や覚悟の描き方というものが格好いい。
で、その格好良さがスマートな格好良さでなく、どこか迫力や気迫に満ちた、漢らしい格好良さなのが良いのです。
そして、自らの死期を悟った宗瑞(新九郎の法名)の迎える、クライマックスの一騎打ち。武士の時代から新しい時代の黎明を象徴する一戦。このシーンも読み応え十分! 血湧き肉躍るというべきか、ここでも改めて伊東潤さんの筆力を感じます。
新九郎以外で印象的だった登場人物は、阿茶という女性の金貸し。新九郎の領土内で流行病が起こった際、新九郎はその対応のため、多額の借金を重ねます。その借金の貸し手が阿茶なのですが、新九郎と阿茶、愛とか恋とかいう言葉では収まらない、二人の逢瀬と阿茶の思い。一筋縄でいかない男女の縁と哀しさが、描かれていたと思います。
もう一点、伊東潤さんの熱量を感じる点といえば、史実の部分の書き込み量。正直歴史の流れについていけなかった面も無きにしも非ずなのだけど、史実に対する誠実に向かい合い、そこから浮かび上がる歴史上の人物の思いを熱く描き切る。そんな伊東潤さんらしい歴史小説だったと思います。