安原和見のレビュー一覧
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『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズの最終巻です。
第4作『さようなら、今まで魚をありがとう』から8年後に書かれたこの最終作ですが、これまでの作品とは全く異質な感じがする作品でした。
腹を抱えて笑える能天気な明るい空気がたまらなかったこれまでとは異なり、シリアスな雰囲気が漂っているのです。第4作で幸せをつかんだはずのアーサー・デントは再び孤独になっているし、トリリアン(そして並行世界のトリシア・マクミラン)もかつて自らが選択しなかった人生を思っているし、フォードは『銀河ヒッチハイク・ガイド』を出版する会社の変貌に怒りを覚えているし・・・。やはりゼイフォードやマーヴィンといった強烈なキャラ -
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ダグラス・アダムスは前作『宇宙クリケット大戦争』でいったんシリーズを完結させたものの、諸事情によって新たに続編を書くことになり、そして作成されたのがこの『さようなら、いままで魚をありがとう』です。前作とは違ってこれは原題の忠実な訳で、地球で2番目に知能の高い生き物であるイルカ(ちなみに人類は3番目)が第一作目で地球から去る際に、人間たちに残した言葉ですね。
今作では第一作の序盤の序盤でふっとんだはずの地球が何故か復活していて、主人公アーサー・デントが戻ってきたところからスタートします。どうして地球が復活しているのか?が本作の大きな疑問として、物語の大きな筋になるかと思いきや、さにあらず、本 -
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SF小説としては前作のSFを放棄しただらしない恋愛小説より遥かにマシでアイデアもギミックも趣向を凝らしていてよくできている。問題はよくできているだけで面白くはないというところで、確かに構成は考えて書いたのかもしれないがキツイヒステリーで物語を無理やり動かして無理やり終わらせるのがまあ独りよがり。この他に類を見ないぶん投げた結末は極北、と言いたくなる人もいるだろうけど、作者が枯れただけっすね。
マーヴィンやゼイフォードをはじめとした初期三部作を盛り上げた人気キャラクターはほとんど出ず、アーサーもトリリアンもフォードもなんかくたびれて、新キャラのランダムは哀れだが愚かな子供で読者に好きにさせる気 -
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銀河ヒッチハイク・ガイドというのはちょっとページをめくるだけで時間も空間も飛び越えて宇宙の果てまで不謹慎なナンセンスを繰り広げるぶっ飛んだところが面白いと思うんだけど、なんとその面白かったところがほとんどない。これが好きな人もいるかもしれないが、個人的に言わせてもらえばシリーズの中では凡作よりです。
ほとんどアーサーと新キャラのフェンチャーチの地球での恋愛デート話で、ページをどんなにめくっても地球がまた壊れたりはしないし、奇想天外なエイリアンたちもほとんど出てこない。SFではなくマジで地球を舞台にしたただの恋愛小説で、しかも元々のヒッチハイクガイドの人を食ったような文体と恋愛小説があまりにミ -
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地図にしか存在しない街が、実は存在する、という設定の、男女七人夏物語。
地図上にあれば存在することになるのか、実際にはあるけど地図になければ存在しないことになるのか、とある種の認知論みたいな話になってくる。
登場人物のセリフでもあるが、実際、我々は街を歩くとき、スマホの地図ばかり見て、眼の前の状況をあまり見ていない。そしてスマホ上で到着したとき、初めて到着した気になっている。これは発展すると、自分で認識した情報より、外部から与えられた情報を信じてしまうのはどうなんだっけ、ということにつながると思う。
とはいうものの、登場人物が全員、他人と協調できない、他人に相談する事ができずに暴走するバカ -
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◼️ ダグラス・アダムズ
「銀河ヒッチハイク・ガイド」
ハチャメチャなSFコメディ。思い切って飛ぶ先行きにお笑いと文芸的期待をする。
もはや古典ともいえる1979年の作品で、シリーズもあるとのこと。いやー寡聞にして存じませんでした。ズバン、と展開が早い。
地元ラジオ局で働いている青年、アーサー・デントは友人で地球人に身をやつしているベテルギウス系惑星人のフォード・プリーフェクトに連れられ、地球から宇宙へと脱出する。還るべき地球はヴォゴン星人の手によりほとんど瞬時に消滅させられてしまったー。
最初、アーサーはバイパス道路建設のため、住んでいる家をブルドーザーで撤去しようとする役所に対抗 -
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人生、宇宙、万物の究極の答えとは何なのか? この本はそうした人間の根源的な苦悩を笑い飛ばす。といっても、単に茶化しているだけではないのかも。終始続くナンセンスな文章を禅問答と捉えれば、その先にあるものは悟り、である。宇宙の真理とはナンセンスの極みなのかもしれない。
この話の元は1978年のイギリスのラジオドラマだそうで、当時は荒唐無稽な SF だったのだろうが、昨今の現実社会で AI を妄信している人たちを見ていると、妙なリアリティを感じてしまう。社会風刺としても現役だ。
難をいえば、文章がふざけ過ぎか。日本人が翻訳で読んだのでは、ブリティッシュ・ジョークは理解できないのかもしれないが… -