岡本隆司のレビュー一覧
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歴史的に見れば、中国全体が統一国家であった時期は短く、むしろ、各地域ごとに群雄割拠し(多元化)、とくに明朝以後は時の政権が掌握できたのは一部の上層階級だけで庶民は政権と没交渉であった(上下乖離)と著者は説く。これは国全体の均一性が高く国としてのまとまりが強い日本や欧州とは異なるのだという。
本書は中国通史の概説だが、「世界史とつなげて学ぶ」とあるように、周辺あるいはシルクロードなどを通じた中近東・欧州とのつながりや、そうした地域と中国とのシンクロについても語られている。その関連で突厥やウイグルといったトルコ系の民族が中国北方からどんどん西進していったことなども分かって面白かった。 -
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「西洋の衝撃」(ウェスタン・インパクト)に対して、東アジアの国々はどう対処したのか。開国から明治維新を経た日本においては、明治以降の近代化の過程として捉えられてきたが、隣国の中国(清朝)では、どうだったのか。
本書において著者は、中国と日本の関係について、互いの統治構造や社会構造、経済・財政面がいかに違っているか対比しながら、特に明朝以降の歴史的な推移を叙述していく。
そういった意味では、特に、第一部第3章「明から清へ」、第4章「マクロな動向」は、中国の統治の在り方、社会の流動性が高かったこと、中間団体の特性など重要なポイントを明快に説いており、非常に興味深かった。
そして、第二 -
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ネタバレ<目次>
序章 中国は「対の構造」で見る
第1部 「中国」のはじまり~古代から現代まで受け継がれるものとは
第1章 なぜ「一つの中国」をめざすのか
第2章 「皇帝」はどのようにして生まれたのか
第3章 儒教抜きには中国史は語れない
第2部 交わる胡漢、変わる王朝、動く社会~遊牧民の台頭から皇帝独裁へ
第4章 中国史を大きく動かした遊牧民
第5章 唐宋変革による大転換
第6章 「士」と「庶」の二元構造
第3部 現代中国はどのようにして生まれたのか
第7章 現代中国を作り上げた明と清
第8章 官民乖離の「西洋化」と「国民国家」
第9章 「共産主義国家」と -
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シリーズ最終巻。
明清交代を経て、以降清朝は最大の版図を獲得し、中華民国を経て、現在の中華人民共和国へと繋がっていく。
中国の度々の王朝交代を見てきたから、明清交代もそういうものかと思ってきたが、著者は言う、明清交代は、よく考えてみれば、奇蹟ともいえる。明朝は、当時の東アジアで圧倒的な大国であり、人口を比較しただけでも、清朝は1億人の明朝の1%にも満たないし、経済・文化は明朝が凌駕していた。明末の政権、組織がよほど疲弊、頽廃していたわけで、李自成等流賊を鎮圧できなかったのも、その現れである。(確かに!)
明朝の衰退は、明朝の取った朝貢一元体制が、北虜南倭に示される多元勢力との相剋 -
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引用元に不確かなものがあったり、解釈が作者の主観によるものが多い点が気になるが、中国史を西洋からみた視点ではなく、中国人が考える歴史として読み解ける良書。
以下メモ。
特に気候と、経済の視点から人口の増減、時の王朝の興亡に紐付けていく考え方は非常に面白い。
気候変動により、漢の滅亡。遊牧民の南下。以降の多元化の歴史。
また領土という考え方は20世紀に日本の満州統治から学んだという考え方。清朝の他民族に統治方法を任せて、全体の統括をするやり方が、人口増加と、国民国家である西洋国家の侵略により、完全崩壊。皇帝の権力が及ぶところを正確に主張しなくてはいけなくなった。
明朝の時代から人口が増え始め -
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現代中国を理解するためには歴史理解が不可欠であるという観点から、沖縄領有権の主張の根拠、「反日」の起源、権力と腐敗の構造、国内の民族対立問題、そして最後に「「失敗の研究」としての日清戦争」などが論じられる。個人的には中国社会とテクノロジーとの相性の悪さを論じた部分(p.139-148)およびそれに関連した第Ⅲ章。
あと江戸時代に日本が儒教精神を身に付けようとしたが、アレルギー反応を起こして西洋文明に乗り換えたという指摘も重要か。日本経済思想史では江戸時代の儒教の影響を大きく考えすぎなところがあって、違和感を覚えていたが、中国史の専門家からそう言われるとなるほどと思う。 -
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ユーラシアでは、農耕をしながら定住する湿潤地域の人々と、草原を移動しつつ牧畜をする乾燥地域の人々で二分された。
→この人々が混じり合う場所で、文明が発達した。
また、文明が発達し、人々が交流すると契約が生じる→文字の出現
中華とは、中心地、センターの意味。その外には朝貢国がいて、外側に行くにつれて程度の低い野蛮人、「外夷」がいる。
秦の始皇帝の後に成立した漢では、西の匈奴により絶えず圧力をかけられていたが、武帝の時代に匈奴に勝利。その後、平和の時代が訪れる。シルクロードの最東端である漢(和帝)と、最西端であるローマ(トラヤヌス帝)は同時期に平和を享受した。
寒冷化が進み、北の遊牧地では草