永井紗耶子のレビュー一覧
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永井さんは『木挽町のあだ討ち』の映画化も手伝って若い読者にも支持層を増やして来たようだ。私は本作で5作目となり、今回もまた永井さんワールドに分け入った。前作の『きらん風月』に似ている雰囲気を思い返しながら読み進む。
主人公・海保青陵は早々に他界してしまい、青陵の弟子・弥兵衛と兄弟子・鐘成のふたりが青陵の足跡を辿る旅に出る構成になっている。弟子・弥兵衛の出自が結末に明かされる前に、たぶん読者には真実が推測できるだろう。
青陵の遺言である「遺灰は空に撒け」の発想はなかなか。今でこそ散骨はデビューしているが、家を大事にする武士社会の江戸時代に墓を作らず空に撒くとは思いきったものだ。生前青陵と交流のあった2人目の絵師の司馬江漢は更にインパクトが強かった。生きている間に自身の死亡通知書を知人にばらまいているのだ。絵だけでなく地動説を啓蒙していて、奇人と呼ばれている所以だ。傑出した人はやはり凡人とは違う。
前後したがふたりが最初に訊ねたのは青陵の実弟・彪だった。彪は江戸・日本橋で尾張徳川のお屋敷に勤めているが、青陵は若い頃、弟に家督を譲って自由を得ていた。その後は、青陵が全国各地に出向いて会った川越の商人、秩父の家老、金沢の隠居らがその時を思い出して語っている。
印象深かったのは加賀藩に仕える権蔵。青陵に深く傾倒して江戸勤務で物申したために周囲から疎まれ心も身体もずたずたになり亡くなってしまう。青陵は案じて一気に突っ走るなとアドバイスを繰り返して送り出したのに・・・。そうなのだ、青陵のような生き方ができる人とできない人種がある。青陵は案じながら権蔵に示唆したのだ。市井の人は見習ったら墓穴を掘る場合もあるということだろう。
永井さんはインタビューで「江戸という時代は、武士をトップに置いて下の人間は上の階級には逆らわない、目上の人や年上の言うことをきくというピラミッド型の世界です。現状を維持し“変わらない”ということに関しては、儒教はぴったりで、強固なシステムが作られていたんです。そんな時代に、こんなにも自由な人がいた。しかも、虐げられて苦しくて耐え忍んで……という感じではなくて、もちろん挫折や葛藤はいろいろあったけれども、青陵は楽しそうに生きていた」と語っている。やはり天に選ばれた人だった。彼らのように傑出した人物を知れることが嬉しい。 -
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源頼朝と北条政子との娘・大姫の入内という「鎌倉幕府最大の失策」といわれる出来事を、京の九条殿につかえる周子(衛門)を主人公にして描いた歴史小説。
周子は、大姫を入内させるべく、また自らの女官としての出世につなげるため、鎌倉へ下る。
しかし、大姫は気鬱の病で、周子に会おうともしない。何とか大姫の心を開かせた周子だったが、その周子の前に立ちはだかるのは、過ちを認めず、誰かの責にする政子だった。
のちに尼将軍と呼ばれた政子も、その当時は、入内について「大姫自らが望むか、望まぬかなど、どうでもよい」と強弁する、娘をただ盲愛する一人の母親であった。
やがて、周子の熱意により、心を開いた大姫であったが、「・・・こんな終わりを、望んでいたわけではなかった」との、悲劇が・・・。
題名の『女人入眼』とは、「仏に眼が入らねばただの木偶でございます。眼が入って初めて仏となるのです。男たちが戦で彫り上げた国の形に、玉眼を入れるのは、女人であろうと私は思うのですよ。言うなれば、女人入眼でございます」と、天台座主慈円。
「終」の項で、宮中の思惑とは異なり、「尼将軍が入眼を為したと思わぬか」と、政子が周子に問いかける。 -
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爽やかな物語です。
テーマは海保青陵。江戸後期の儒者ですが、旧態依然とした儒学を否定し、全国を歩いて経営コンサルタント的な活動をした異色の人物。。その海保青陵の没後、最後の弟子になった京弓師の跡取りの弥兵衛と兄弟子の鐘成が、江戸、川越、秩父、金沢に住む青陵ゆかりの人々を尋ね歩く物語です。
その形式は『木挽町のあだ討ち』に似ています。『木挽町・・』は次第に裏事情が明らかになって最初の話が変わって行く流れでしたが、この物語では海保青陵の人物像が深くはなっていきますが大きく変貌することは無く。ただ、新たな謎が出て、それが最後に・・・と言うミステリーっぽい仕掛けは有ります。
自由自在に生き、そして亡くなった海保青陵と、その精神を引き継いだ弟子。そしてそれを語る登場人物たちがみんなくっきりとして生き生きと、とても気持ちよい読後感です。 -
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秘仏と言われた奈良の法隆寺の夢殿救世観音像の厨子が開かれたのは、明治時代。その場に立ち会ったのは、写真家の小川一眞、宮内庁図書頭(ずしょのかみ)であり、臨時全国宝物取調局委員長の九鬼隆一、法隆寺の住職の千早定朝、取調局委員のアーネスト・フェノロサと友人の外国人資産家ビゲロー、宝物調査の責任者の一人の岡倉覚三(天心)の6人。それぞれの立場から、秘仏の扉を開扉するまでのできごとや、開扉してからの思いなどが書かれていました。彼らがただの立派な人ではないことに人間味を感じました。
明治時代の廃仏毀釈で寺を守るために、秘仏の扉を開いたことは、「守るために開く」という住職の強い決意のもとにあったことを知りました。昔は日本の文化財の価値が日本人にあまり理解されずに、外国人の方が気づいていたことに驚きました。
夢殿救世観音像の不思議な笑みは、人によって受け取りかたが違うことに意味があるのでは?そんなことを思いました。
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文庫本の帯にこう書いてある。
「これは最も激しい女たちの戦い」
「国の実権を争う鎌倉と京」
「分かり会えない母と娘」
私はここにこう付け加えたい
「力を持つ女と持たない女の生きる道」
主人公は、京の丹後局の使者として鎌倉へ下る「周子」。
周子は大姫の入内へ向けて、準備を進めたいが大姫本人には気鬱の病があり、母政子の凄まじいまでの寵愛もあり、遅々として進まない。
そんな中、ある事件を境にして距離を縮める糸口を掴む。
少しずつ心の内を語ってくれるようになった大姫の本音を聞いた周子。
この入内を成功させれば出世の道も開けるはずだと息巻いていた周子だったが大姫を守るため動いていこうとする。
権力争いや、政子の暴挙に疲れはて傷ついていけ周子。
「勝ちは勝ちなのか…負けは負けなのか」
という疑問を投げ掛ける言葉を読む頃には私もすっかり疲れはてていた。
そしてこれ以上どうすれば?と思い悩んだ時に周子が投げ掛けられた「力及ばぬことに、徒に傷ついてはならない」という言葉に悲しみを覚えつつも、立ち上がり続けることが救いではないのだと、共感した。
権力争いの碁盤の石の1つとしてしか
女が扱われなかった時代に生きた周子と政子。
20年前に同時に聞いた「男たちが戦で彫り上げた国の形に、玉眼を入れるのは女人であろう。女人が国造りの仕上げをする」「女人入眼」という言葉を2人とも忘れずに生きていた2人のラストにはやっと心が凪ぐ思いになった。 -
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原田マハさんともまた随分と異なる趣
久しぶりに美術に深く関連する小説を読んで、自分が絡めとられるような感覚(うまく表現できない)
オール讀物での連載
アーネスト•フェノロサ
日本文化を、仏教精神、美術を
深く理解し高く評価してくれた米国人
親友、妻子との別れ、絶望、新たな人生
岡倉天心との縁
岡倉天心(改号前…覚三)
英語が堪能で通訳として徴用され、日本の芸術振興、守護に貢献。渡米
東京美術学校を創設、初代校長に。名だたる芸術家が教師、生徒に名を連ねる
不倫しすぎで(昔の男性的価値観は理解し難い)スキャンダルや権力闘争に負け、失職するも、また新しい団体を立ち上げて妻とも再構築
インドへ 石窟遺跡アジャンタの仏陀の壁画、菩薩像に、法隆寺で見た深淵、混沌を再度感ずる
輪廻、人間存在の卑小さ、美の普遍性 -
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冒頭 勘七は幼なじみの1人直次郎を桜田門外の変で喪う。
三年後 奉公先の主人 善五郎に強く望まれ跡を継ぎ若旦那となった勘七。
料亭の倅でありながら自らの信念に従い芸者の箱持ちとなった紀之介。
武士の家に生まれながら武士として生きられなかった新三郎。
商家に生まれながら武士となり武士として死んでいった直次郎。
四人の幼なじみの若者達。折しも時は幕末。時代が大きく揺れ動いていた。
主人公 勘七が時代に翻弄されながらも先代の「商人は人に福を届けることが務めだ」という志しを見失わずにいることができたのはやはり周囲の人々の支えがあったからだろう。
それに比べて新三郎の生き様は読んでいて苦しい。
四人それぞれが選んだ生き方がそこにあった。
激動の中の不穏な江戸市中の様子がよく伝わってきた作品だった。
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やっぱり永井さんの歴史小説は面白い!
法隆寺夢殿にある厨子の中には救世観音像があるが、秘仏とされてきた。だが明治期に開扉される。それに立ち会った岡倉覚三やフェロノサ、写真家の小川一眞らが、救世観音像と対峙することにより、自分の内面と向き合うことになる。
それぞれが主人公の連作短編集で、各々の葛藤が読んでいて興味深かった。特に法隆寺住職の定朝が、救世観音像の開扉を「開いて、守る」という境地に至ったところで、開国にふみきった日本に照らし合わせたところはすごく納得できた。
今ちょうど法隆寺夢殿の救世観音像が見られる期間らしいので、行ってみよう。