永井紗耶子のレビュー一覧
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「もし誰かがころしたというのなら、この町の絡繰りだろうよ」。酸いも甘いも知り尽くした、太田南畝は事件の因果をそう断じた。若い主人公の金四郎は納得していない様だが、単純ではない因果が絡まり合って起こった出来事は矢張り南畝の言う通りだったろう。この絡繰りに巻き込まれない様にするには、どうすべきか。件の南畝は「大方の人がなんとかこの絡繰りの中でうまく渡って生きている」という。文中にも出てくる「覚悟」を決めて生きるって事だろうか。南畝は、「現の世はな、あんなふうに(芝居の中のように)、分かりやすく隈取り描いた悪役はいねぇ・・・・・・でもその物語のようなもの(大衆が望む様な結末ってことか?)もあるのかもしれねぇって思いが、救いになるにさ。・・・・」。作者はこの南畝を通して自らの思いを吐露したと感じた。不条理なことは沢山ある、改めることの多い、が改めた先にもまた不条理は出てくる。でも、それでもなんとか覚悟を決めて生きていくのだ、と言いたいのかもしれない。キレの良い幕切れでないことが、この作品の言いたい深みを描いている気がして、面白かった。良かった。
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雪の夜、木挽町の芝居小屋の裏で菊之助なる若者が父の仇である博徒作兵衛に仇討ちを成した。白装束を血に染め上げて作兵衛の首級を挙げたそれを、見た者はみな立派な仇討ちだったと語った。
仇討ちから2年後、菊之助の縁者が仇討ちの目撃者である芝居小屋の人々に当時の詳細を聞いて回っていた。木戸芸者、殺陣の指南役、衣装部屋の女形、小道具製作、戯作者。それぞれ辛い過去を背負いながらもそれらを受け入れて芝居小屋という悪所を生きる人々だった。彼らが短いながらも菊之助と過ごした日々や、菊之助の仇討に対する心の内、そして最後に菊之助本人から明かされる仇討の真相。
仇討の真相は、読んでいて大抵の人はピンときたのでは。真相そのものよりも、芝居小屋の人々のこれまでの半生が悔しかったり悲しかったりでグッときた。みんなそれぞれ不条理で辛い経験をしているからこそ菊之助に寄り添いながら最良の形を探してくれたのかな… -
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ネタバレ読めば読むほどに真っ当な仇討ちとしか思えない。これに一体どんな真相が隠れているっていうんだ? それを必死になって探す意味がわからん。聞き手(主人公?)もまったくしゃべるシーンないし。もしかしてこいつが裏で糸を引いてるんじゃないの? なんていう突拍子もない推理をして見事に外している愚か者はどこのどいつだーい? 私だよ。
江戸は木挽町の芝居小屋で起こった大仰な仇討ち劇。そこで起こったことの一部始終について、芝居小屋の関係者の目撃証言とその半生を聞いて回る青年。どうやらこの仇討ちには不可解な秘密が隠されているらしい。
そんな触れ込みで読み始めたものの前述したとおり、話を聞けば聞くほど至極当然の理由で仇討ちは為されているように思える。全然真相が見えなくてこちらもどんどんフラストレーションが溜まっていく。しかし、終盤でとある事実が開示された瞬間に脳汁ドバドバが止まらなくなり、そこからは一気に駆け抜けてしまった。さすが山本周五郎賞、直木三十五賞受賞作。おみそれいたしやした。
『木挽町のあだ討ち』の「あだ」が平仮名表記されているのにもきちんとした意味があるなんて思わなかったなあ。ただ、子どもたちでも読めるようにしたのかな?^^ くらいにしか思ってなかった。それだったら「木挽町」も平仮名にするよなぁ! あたしって、ほんとバカ。 -
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木挽町の芝居小屋裏手で、菊之助という若衆が父の仇である作兵衛を討った。
この「木挽町の仇討ち」と呼ばれる一件から2年後。
とある武士が、ことの真相を探るため、目撃者を訪ね歩く。
この作品のまず印象的な点は、その構成と文体だ。
視点人物である謎の武士に対して木挽町の人たちが証言するという形式で、地の文も喋り口調となっている。
自分は時代小説を読み慣れておらず、聞き慣れない言葉は多かったけれど落語のような小気味良いテンポ感で、スムーズに作品の世界に入っていけた。
本作はミステリーで、仇討ちの真相という謎を楽しむこともできる。
しかし自分はそれ以上に、江戸という活気に溢れる町の中でごく当たり前に存在する闇を丁寧に描いていることに惹かれた。
様々な事情や理不尽を抱えながら今を懸命に生きる人たちに光を当て、それがだんだんと繋がっていく。
読み進めるごとに、市井の人々の強さや気高さが胸に迫る作品であった。
また直接的な感想から少しズレてしまうが、舞台設定に近いものがある大河ドラマ"べらぼう"を観ていたことが、本作の理解しやすさに繋がっていたようにも思う。
1つの作品に触れていたことで、別の作品の世界観に入りやすくなるという体験が得られた読書でもあった。
だからこそ、今後も様々な作品に触れることで、自分の世界を広げていきたい。 -
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ネタバレ時代小説はとっつきにくいんだよなあ…と思って読み始めたけど、どこにもとっつきにくい要素がなかった。たぶん最初の章の一八の語りが軽妙だからだろう。
木挽町の芝居小屋に縁がある登場人物たちがリレー方式で語っていく感じは、すごくミステリ味を感じて(前情報は一切見ずに読んだので…)、これからどこに着地するんだろう…という気持ちで読み進める。読んでいくにつれて、徐々にぼんやりとした全体図が見えるように(というか真実に辿り着くためのパーツが揃う、的な面白さがある)なり、終章で種明かし編が始まる。
この、全体を通した爽やかさもさることながら、一つ一つの章の強度も非常に高い。一癖も二癖もある登場人物たちの考え方、その根拠になる来し方、それらが説明くさくなく描かれていて、これだけでもオモロい。俺はほたるさんが好きだね。全員好きだけど。
結末も救いがあって読後感がめちゃくちゃ良い。なんだかんだみんな幸せになってほしいと思っていたから。
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ネタバレ『あだ討ち』に至る物語の真相を主軸に、それを取り巻く芝居小屋の面々の来し方に心打たれた。
このところ、存在のすべてを〜熟柿と親子愛に涙する小説が続いていたが、今回も久蔵の段で胸が締め付けられた。まあ坊を想って打ち首を作り上げた久蔵の心情はいかばかりか。ただひとり、死にゆく幼な子を抱きしめるしか出来なかった母のお与根の悲しみは、いかばかりであったか。
そこかしこに不条理が存在する江戸の世。元大工の年寄りが無惨に斬り殺されても奉行所は動かない。殺した当人は士官先まで手に入れる。自身の来し方行く末に悩む与三郎に、お三津が働く飯屋「つるや」の親父が言う。『しかし、まずは御身を大切に。腹を満たして笑うこと。それでも割り切れぬ恨みつらみもありましょうが、そいつは仏にお任せするのも、手前どもの処世術というもので』。
現代よりも神や仏が身近だった時代。不条理をしなやかに受け止めて生きる人々。白黒ハッキリさせなければ気のすまない風潮が蔓延している現代で、今ここで生きる自分も見習うべきと感じた。(頭の中では、つるやの親父は鬼平に登場する相模の彦十(江戸家猫八)であった)
『己の想いを貫くことの難しさも、道理のままに行かぬ割り切れなさも、この世には幾多ある』。そんな時代だからこそ、菊之助の想いを貫くために芝居小屋の面々が力を合わせ、あの『あだ討ち』を成し遂げる。大団円の気持ちのいい結末だった。
アマプラで映像化作品を見た。いつものことだけど、小説の方が何倍もいい。小さい画面のせいもあるんだろうけど。その人にそんなに大活躍させなくても…。