永井紗耶子のレビュー一覧
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法隆寺夢殿の秘仏・救世観音像。
千年以上前に作られ、長らく人目に晒されることが
無かった秘仏の扉が開かれる。時は明治時代。
それに関わった者たちの人生を描く群像劇の短編連作。
光の在処・・・小川一眞 矜持の行方・・・九鬼隆一
空の祈り・・・千早定朝
楽土への道・・・アーネスト・フェノロサ
混沌の逃避・・・岡倉覚三 千年を繋ぐ・・・町田久成
時は明治時代。
江戸時代からの変化、文明開化に神仏分離と廃仏毀釈、
伝統と近代化の狭間、政治の混乱と混沌の中で、
人々も藻掻き、歩んでいた。
その最中での、法隆寺夢殿の秘仏・救世観音像の開帳。
「怖いですな・・・畏怖とでもいうのでしょうか」
「これは恐ろしいものだ。開かぬ方がよかった」
下りたのは「開いて、守れ」の言葉。
初めて見た時とは違う・・・そこには「赦し」がある。
今はただ、混沌から逃げよう。早く扉を閉め、夢殿を出たい。
己は何を開いたのか。
その姿を、顔を、目を見た6人。
自分の過去を、自分の内面を、心情を、混沌を
改めて思い起こす。そして後半生への歩み。
人間臭さが漂う、それぞれの個の物語ではあれど、
心の奥底には救世観音像の姿が焼き付いている。
果たして、あの厨子を開けたことは正しかったのか。
日本文化を守り愛する者たちの葛藤に、心揺るがされました。 -
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久しぶりに小説を読んだ。
法隆寺夢殿の秘仏である救世観音像に関わった人たちの連作短編集。
救世観音像の写真を撮り、よく目にする漱石の写真も撮った小川一眞は、尊き何かの持つ残酷さと畏れを救世観音像をみて感じる。
福沢諭吉と袂をわかった九鬼隆一は、己の矜持を貫くためにもがく。
近代法隆寺の祖、千早定朝は「開いて守る」大きな決断をする。
教科書で秘仏と言えばフェノロサ。日本の美術に魅せられ、守り、その事は自身の存在にもかかわる。
茶の本を書いた岡倉覚三は、欧米諸国からの侮蔑に立ち向かうには日本らしさを守る事ということを貫きつつも、自身の混沌からは逃避をし続ける
本当に初めて夢殿を開いたのは町田久成で、帝国博物館の初代館長。
それぞれの人が、開けば雷や地震の災いに会うと伝えられてきた救世観音像に出会う。
その笑みと眼差しを見たからといって、もちろん現実の天変地異は起こらない。しかし、自身の中で雷にうたれ、揺り動かされる。己の中を覗くということを救世観音像の瞳を通じて自身がしてしまい、それは大いなる畏れにつながる。
どんな偉業を成し遂げた人も、美しく、清廉潔白で、誠実なだけの内面など持っていようはずがない。もちろん強く否定されることもあるのだろうけど、描かれている多くの事柄は人の人らしさでもある。そして、人は奥底にある暗闇を突きつけられる事に耐えることはやはり難しい。乗り越えることはなおのこと困難。真っ直ぐに向き合える事が悟りなのかもしれない。
物語の中で定朝は思う。
「雷に打たれる……とは、このことかと思った。己を身から引き剝がされ、無私となること。そこに下りて来た答えは「開いて、守れ」という言葉であった。」
秘仏を開くという事を要に、人というものが描かれた素晴らしい作品だった。 -
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明治初期。文明開化で欧米化が進み、それまでの日本の伝統などが古臭いと一蹴された時代。折しも国策の勢いで廃仏毀釈が進み、仏像や仏教絵画だけでなく、寺院そのものまで乱雑な扱いを受ける。そんな中、様々な思惑の中で、鎌倉時代以来秘仏とされてきた法隆寺の救世観音像の開陳と撮影が進められる。御雇外国人であるフェノロサ、文部省の九鬼、日本美術の研究者である岡倉、写真家である小川、法隆寺住職である定朝などが秘仏を目にする。あるものは畏れ、あるものは感動し、あるものは後悔する。そしてその後の人生の転機に、秘仏の微笑みが静かに影響を及ぼす。当時の国の状況に翻弄される登場人物一人一人の心の微細な動きがよく伝わる。こういうことってあるんだなあ。
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ネタバレGPSの進歩により、灯台がその役割を終えていっているという事実を初めて知った。
「海と灯台プロジェクト」協力のもと、灯台が存在することの意義を、その土地のあらましや歴史、灯台を守ってきた人々にスポットライトを当てることで言語化した、6名の作家さんによる紀行文。
作品を読みながら旅行気分に浸れるので愉しい。作家のみなさんが灯台の中の螺旋階段を登り、灯台室に入られる場面のわくわく感が伝わってきた。フルネルライトを初めて検索したが、見事なライトであった。
灯台の父と呼ばれるイギリス人のブラントンさんという方が、菜種油で火を灯す木造の灯明台が主な海の道標だった日本に、西洋式の灯台をもたらした。また、戦時中は灯台が攻撃の対象になったこと、灯台がある場所には神社があることなども知ることができた。
絶滅危惧種ともいえる灯台に、何を感じ、何を見るかは、そのひとの感応力によるのかもしれない。
灯台が海をわたる人々の命を守るために重要な役割を果たしてきたことは、時を経ても語り継がれなければならないと思った。 -
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6編からなる大奥の中の様々な部所で働く女達の話。
どの話もとても良かった。 身分も年齢も大奥に入ることになった事情もそれぞれ違う登場人物達が 時に思い悩み しかし皆 誠意をもって一生懸命自分のつとめをはたそうとする姿勢が 清々しく気持ちが良い。
〝つはものの女〟で 初瀬様が言った「ここまで歩んで来たことを誇りに思われよ。その誇りある女がするからこそ、この礼には意味がある。それゆえにこの負けは勝ちなのじゃ」という言葉には まさに 天晴 という思いだった
最後の話〝ねこめでる女〟は他とは少し違う切り口で 猫を介した 身分も年齢もこえた繋がりがホッコリ温かく物語の最後を結んでいた。 -
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江戸城・大奥のお仕事小説短編集。
ひのえうまの女・・・奥女中の要・御年寄に仕えたお利久。
家の事情も伴い、大奥で出世したい願望あれど、今の仕事は
心あらず。だが思わぬ出会いから自分を生かせる道を見出す。
いろなぐさの女・・・「私にご指南いただきたいのです」
呉服の間のお松の境遇からの悩み。呉服問屋の千沙と
女形の岩井粂三郎との出会いと語らいは、己と向き合い人と
向き合う大事さを知ることになる。それは二人も同様に。
くれなゐの女・・・御末の玉鬘は大柄な身体が悩み。だが夕顔との
出会いで変化が。夕顔の見事な処世術。心に残るのは、
白塗りの顔と皆を笑顔にさせる夕顔の心持の逞しさ。
つはものの女・・・祐筆のお克は出世の道を歩むことが心の支え。
そんな彼女と呉服の間のお涼を競わせるのは、表使の初瀬様。
表使の役目とは。母の言葉が心に響く。「負けても良いのです」
ちょぼくれの女・・・美津江は御狂言師として大奥へ。「喜撰」の
舞を教える相手は御三の間のお美乃とお正。悩みを抱える
美津江とお美乃の心を晴らし、舞の楽しむ。それはお正のお蔭。
ねこめでるの女・・・御仲居・お蛸。御年寄の御小姓・お佐江。
飼い主で御中臈・お倫の方。彼女たちに愛され、年齢も身分も
境遇も違う三人を結びつけたのは、猫の小萩だった。
・解説 細谷正充
「大奥御用商人とその一族」読み終わって、大奥での仕事や
生活に興味を持ち、では小説ではと読んでみました。
大奥には様々な仕事があること。奥入りは、一に引き、二に運、
三に器量。お清の出世は己の手腕と運、そして人脈。
また、花嫁修業や奥勤めでの箔付け、後家になってからの
奥入りなどもあり、出世とは異なる理由もある。
でも多くの女性が働き、お役目がある職場。
喜怒哀楽があり、多くの悩みを抱えている者もいる。
でも、自分を活かし働ける場所でもあるということ。
特に、御末から出世したお正の生き様の逞しいことに
心惹かれました。
呉服問屋の女将・千沙と呉服の間のお松の関係は、
「大奥御用商人とその一族」の補足になる感じで興味深い。
また、それぞれの物語に登場した人物が、他の話に
ひょっこり登場するのも良かったです。
あ~頑張ってるなぁと。 -
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ネタバレ歴史・時代小説として原三溪の人となりを描いた本。といっても原三溪が主人公ではなく胡乱な若手実業家が原三溪を知る商売敵、元芸者、元女中、そして前田青邨や松永安左ヱ門という実在の人物との対話を通して原三溪の姿をあぶり出していく展開が秀逸。
昭和初期の華やかな横浜の風景をキングの塔、ニューグランド、聘珍樓など実存する場所を織り交ぜ浮かび上がるような描写が読んでいて楽しい。関東大震災や第二次大戦の空襲といった横浜の苦難の時代もカバーしていて横浜生まれの作者の思いを感じさせる。
ユニークな切り口とライブ感あふれるタッチでありし日の横浜を描いた秀作。 -
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直木賞作品ですごく気になってた小説。
なんとなく表紙のデザインも好き。
文庫本の裏のあらすじは案外ネタバレがあったりするからなるべく読まないようにしてて、これも情報なしで読書スタート。
タイトルからして仇討ちするまでの苦難や困難が語られる感動物語と思っていたのだけど…
いい意味での裏切りだった。
各章、違う人物の語り口調で物語は進む。
予想外の形式だったからちょっと面食らっちゃったけど、最終的にはそれがとても良かったなぁ。
みんなが温かく人情にあふれた人。
それぞれ色んな苦しみの人生を生きてきて悪所と呼ばれる芝居小屋にたどり着いたけれど、みんな今は幸せそう。
やっぱり人との出会いが人を変えるんだな。
想像とは違う「あだ討ち」の、温かい物語だった。