古市憲寿のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
作者がどんなものを書いているのか、単なる好奇心で読んだ。理窟だらけだったり、
文体が合わなかったら
無理せずやめようと思ったが
完読した。
本を読むとき、白紙で読むーそれでも100%白紙は難しいけど。
前評判とか、レビューとか知らずにー
タワービルの清掃をしている主人公とひょんなことからのその住人との出会い
設定は面白い、
面白かった、文体にも抵抗無く
裏の参考文献を読むとさすが勉強されてる。
確かに現代を映し出している
格差、劣等感
幅広く言えば生きるということ
題名の意味も理解できたし、
「独断と偏見だけど」
終わりに希望はあった。
何度か、芥川賞「?」直木賞「?」候補だよね。
取れたらいいね。精進を祈ります。
着眼点は面白い。
これを機会に他の作品「古市憲寿氏の」もよんでみたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ少子化に歯止めをかけるための提案が盛り込まれた一冊。内容はいたってシンプル。母親ひとりへの育児負担の集中、保育所の不足、経済的負担など子どもを産みにくい、育てにくい現在の環境を変えるため、0歳からの義務教育化を行うべき、というもの。良質な幼児教育は意欲の向上や感情の制御、大学進学率の向上、犯罪率の低下などプラス面が多いというデータがその根拠にある。子どもに公費を投入する方が、結果的には生産性の向上や社会保障費の削減などに繋がり、コストパフォーマンスが良いというものだ。
確かにその通りで、今の日本は子ども関連への公的支出が高齢者関連や他国と比較して少ない。その理由が政治家の票に結び付きにくいから、というのも有名な話である。本書で繰り広げられる現状の課題認識や分析については同感できる。
しかし、古市節もあってところどころくすっと笑いたくなるが、内容としては目新しい情報は少ない。待機児童問題の解消策として保育所の増設は早くから言われてきたことだし、保育現場の事故の情報公開や情報共有だけで保育の質が向上するとは思えない。時には物議を醸す発言で知られる著者だけに、他の専門家や政治家が指摘する内容ではなく、もっと振り切った内容が欲しかった。また、「建設業などの『男性』の職業が減少し、福祉分野などの『女性』の職業が増加しているため、女性の社会参加が必要」という論理展開は、ジェンダー的観点からもやや強引な気がした。
個人的には、少子化を止めるためには、ワークシェアリングの導入や公費負担あるいは子育て世帯への支給金額の拡大、子育て世帯を応援する社会的気運の醸成など、社会全体でダイナミックな動きを行う必要があると考えており、本書で提案されている内容はその一側面に過ぎないと言えるだろう。 -
Posted by ブクログ
他人の思惑によって無理やり進む時間
人気絶頂の歌手が事故によって意思疎通もままならない車椅子生活になってしまったというお話。
仲良くもない家族に"生前"の功績を搾取され、蹂躙される。死んだも同然以下、死んだ方がマシという主人公の気持ちが痛いほど伝わってくる。
それを表した事例として最も刺さったのが、
「痒いところをかけないし、誰に伝えることもできない」という所。
一人で人間としての生活は送ることができなくなってしまった。
意識がはっきりしている自分と、それを把握できていない周りの歪みをほぼ全編に渡って描いているが、ほんの少しずつ主人公に変化が。
大きくは何も変わらない至って暗く単調な物語り。
ここから本題。
岡崎京子という漫画家を知っている人は、この名前を出すだけで何をこの後話したいのかがあっさりと理解できると思う。
彼女はヘルタースケルターやリバーズエッジといった映画化もされた漫画作品を描いていた人だ。
奈落の主人公と同じく人気絶頂の時に事故にあって長い間リハビリ生活を余儀なくされ、20年以上経った今でも元の生活とは程遠いという。
そんな中でも彼女の原画展や未発表の作品なんかが絶えず出版され、まるで今も活動しているかのようだ。
その岡崎京子と、奈落の作者・古市憲寿は交友が現在も続いている。
倫理的に危うい描写も多々ある作品なので、大いにフィクションが入っているとは思うが、これは彼女の物語でもあるんじゃないかと思ってしまう。
それ故にリアルで地道で絶望に溢れた世界を一冊に込められたんだと思う。 -
Posted by ブクログ
確かなようで不確かなもの。
死んでいるようで生きているもの。
愛されていないようで愛されているもの。
存在するようで存在しないもの。
この小説の最大の特待は、主人公が徹底して「傍観者である」ということだろう。
主人公の香織は、17年前のある事故をきっかけにして、文字通り「奈落」におちてしまう。
そして、自分からは何も働きかけられず、自分の意思も表現できず、完全なる「傍観者」となってしまう。
その状態で、あの戦争や、あの災害も経験していく。
その間、彼女がずっと抱いていたのは、もはやゲシュタルト崩壊した怒りと絶望ばかりである。
この「漫然とした怒りと絶望感を抱きながらも自らは何もせず、ただ傍観しているだけ」という主人公像に、極めて現代的なものを感じた。
おそらく著者は、そこに「絶望の国の幸福な若者」の姿を重ねているのではないだろうか。という気がした。
しかし著者は、何をそんなに怒っているのだろう? とも思った。
家族の中で孤立する若者とか、毒親とか、そういうことにスポットを当てたかったのだろうか?
ちょっととっ散らかった感が否めなかった。