佐藤優のレビュー一覧
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親のお金に頼らず大学院の修士課程まで行くと、1000万円くらいの借金ができてしまう。奨学金を利用した場合、20代前半で有利子1000万円の借金を背負うことになる。毎月6~7万円返済して15年。人生の可能性がかなり制約されてしまう。加えて大学院を出てもなかなか思った就職はできない。そうなると自己破産ということになる。同い年くらいの成功している人間を引きずりおろすことに残りの人生をかけるという鬱屈した人間ができてしまう。社会的な死が若者を追い詰めている。そして、「お前は既に死んでいる」と宣言されているような格差社会に放り出される。死をテーマに死の意味、生きる意味を考え、死に寄り添うのが本書。せめてもの救いが誰もが一度は死ぬという平等。読む人の心を救ってくれる。
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五木寛之の本はあまり読んだことがない。「さらばモスクワ愚連隊」「蒼ざめた馬を見よ」が世に出た頃は当方は小学低学年だったし、その後もこちらのストライクゾーンに打てる球がくることがなかった。近年は「親鸞」など仏教に関連した著作や探訪記を書かれているのは知っていたが、手を出していなかった。
佐藤氏が博識を披露する対談だろうと思ったが、五木氏が異端の信仰の口伝を収録しているとのエピソードに驚き。
アンタは宗教学者か民俗学者か!。五木氏への認識を改めなければ。
ロシア人については、残忍で極端な情熱家で詩人への尊敬が強いことが語られるが、ついていけないなあというのが正直な感想。ウクライナ、ポーランドのことも語られる。しかし、もうじき欧州が欧州でなくなると、大陸に多数を占めるをロシア、東欧への理解はもっと必要だな。
最近読んだ辻原登さんの本にもあった二葉亭四迷、「悪魔の歌」を翻訳して筑波で暗殺された五十嵐一、ドストエフスキーのことも話題になる。
知らないことも多くて、いろいろ考えさせられた。
廣松渉の本も読んでないなあ。 -
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ルターが、農民を皆殺しにしたほうが良いと述べたことについて、「あぶない一神教」の性質を感じた。
オレはルターが好きだし、ドイツ語聖書が引き起こした歴史的な作用はあまりにも大きかったと考えてて、わざわざルターが住んでたドイツの家まで訪ねて行ったくらいなんだけど、同時に、ルターには、一神教の危なさを感じないわけにはいかない。
ルターが1543年に書いたユダヤ人を差別する文章『ユダヤ人と彼らのうそについて』では、ユダヤ人をけちょんけちょんに貶す非常に過激な言葉が綴られており、ここまで差別する?っていうくらいひどい。
日本人から見れば、意味が分かんないほど激しい憎悪。
キリスト教とユダヤ教の、埋めがたい溝を感じた。
当時は、ルターだけが偏狭だったのではなく、キリスト教社会全体にユダヤ人差別が蔓延していて、カトリック側のユダヤ人差別はもっとひどかったらしいのだが。
ヒトラーが、最も尊敬するドイツ人としてルターをあげてたらしいんだけど、あのユダヤ人差別の文章とも、関係があるんだろうな。
「シナゴーグを焼き払い、ユダヤ人の家を打ち壊し、ユダヤ教の経典を没収し、従わないラビを処刑し、高利貸しを禁じて金銀を没収し、ユダヤ人を農奴として働かせるべきだ」
って書いてあった。
イスラエルで、シリアで、イラクで、ヴァチカンで、アメリカ合衆国で、EUで、中国で、インドで、インドネシアで、これからも、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の、危険な相互作用は、続いてゆく。
地球上の人口の多くの割合を占めるのは一神教の信者たちだからだ。
橋爪大三郎が、アメリカでは、ユニテリアンに所属しているという話はおもしろかった。 -
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本書は、作家の佐藤優さんと政治家の井戸まさえさんによる、小学校社会科の教科書を用いて、政治の基礎知識を身につけていくことを主眼に置いた対談本です。
今までに大人に向けて、小学校の教科書で勉強を勧める本を見たことが無かったので、その新たな視点に惹かれて購入しました。
内容としては、高等学校の政治・経済の教科書ではなく、なぜ小学校社会科の教科書なのかという理由が書かれた序章から始まり、国会、内閣、裁判所、憲法、三権分立、税金、選挙について、教科書の本分の一部を抜き出し、解説を進めていきます。
この本の特徴としては、それぞれの章で「表の教科書」と「裏の教科書」に分かれており、表の教科書では、教科書本文の解説になり、原則論が多く書かれていますが、裏の教科書では綺麗事なしでそのテーマの現実はどうなっているかが書かれており、ただの教科書の解説に終始しないようバランスのよい説明がなされています。
様々な知識が書かれていることは良いことですが、それでも首を傾げる箇所がいくつかありました。一例を挙げますと、ドイツのリサイクルについての件が書かれていますが、そこでナチスが健康にこだわっていたという例をあげます。国民の身体は総統のものだから、国民自身が勝手に処理していいものではなく、健康体を維持しなければならないという考えが当時あり、これは人間という資源の効率的な利用であり、この考え方がいまドイツでは人間ではなく、ごみに向かっている、と佐藤さんは説明されております。しかし、ドイツにおけるごみのリサイクルというのは、戦後ごみの量が増えてきたために、ごみを仕分けしてリサイクルを行い、ごみの量を減らすという目的で始まったはずです。従って、ナチスが国民を資源として効率的に使おうと様々な方針をあげていたことが、戦後ではごみに向かったという思想的な発想よりも、単純にごみの量の増加が原因で、環境に配慮したごみ処理方法を模索していった結果、リサイクルが一般化したと考えるのが合理的ではないでしょうか。ナチスの健康志向とリサイクルの因果関係が結びつくことに疑問符がつきます。書かれていることを全て鵜呑みにのは注意が必要です。 -
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佐藤優氏が「新約聖書を宗教に特別な関心をもっていない標準的な日本人に読んでもらうために書いた」という、全2巻の第1巻。
第1巻では、イエス・キリストの生涯について記した4つの福音書が収められている。
キリスト教の理解では、イエスが出現し、人間の罪をあがない、十字架上で死んだことによって、人間の救済はすでに始まっており、そのメッセージ(福音)を伝える核になるのが4つの福音書であるという。そしてそれは、大きく、「神の国」をイエスの中心的な福音であると考え、互いに近い関係にある「マタイによる福音書」、「マルコによる福音書」、「ルカによる福音書」と、「永遠の命」をイエスの中心的な福音と考え、言葉(ロゴス)が神であるという独自の神学に基づいて書かれている「ヨハネによる福音書」の二つのカテゴリーに分類されるという。
そして、著者は各福音書について以下のように述べている。
「マタイによる福音書」・・・キリスト教の思想としてよく引用される箇所が多い。「(主の祈り)天におられるわたしたちの父よ、御名が崇められますように。・・・」は、現在も、カトリック教会、正教会、プロテスタント教会のすべてで唱えられる。
「マルコによる福音書」・・・4福音書の中で最古のもの。「神の国」の到来を中心的な福音と考え、「人間により理想的な社会や国家はできない。神の支配がもうすぐ実現するのだから、人間は悔い改め、その支配を受け入れる準備をせよ」と説く。
「ルカによる福音書」・・・「マルコによる福音書」を下敷きに、知識人が書いたと考えられ、その著者は「使徒言行録」も執筆している。キリスト教における、「この世の終わりは、歴史の目的であり、終焉であり、完成である」という考え方が色濃く反映されている。目的に向かって突き進んでいくという、欧米文明に刷り込まれたキリスト教的発想、目的論がわかる。
「ヨハネによる福音書」・・・他の福音書と全く異なる。ロシアのキリスト教はこの福音書の影響を強く受けており、ロシア人の気質が欧米人とかなり異なるのはそのせいと考えられる。「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」ことが強調され、抽象的概念の世界で真理を追求することに意味を認めず、その真理が具体的にどのような意味を持つかについて常に関心を持つという、キリスト教徒に刷り込まれた価値観を表している。また、イエスの出現によって、人間に神に従うか神を拒否するかの二者択一を迫っており、物事を突き詰め、決断を迫るというキリスト教文化圏に埋め込まれた文化のもとを示している。
各福音書の本文訳のみではなく、ビジネス関連の著書も多い著者が、聖書が欧米のキリスト教文化圏の発想・価値観にどのような影響を与えているのかという観点からの解説も加えており、有益な書である。
(2010年11月了) -
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佐藤優氏が「新約聖書を宗教に特別な関心をもっていない標準的な日本人に読んでもらうために書いた」という、全2巻の第2巻。
第2巻では、新約聖書27巻中、4福音書以外のすべての文書が収められている。
イエスの生涯について記した福音書に対して、その他の文書はイエスの死後について扱っている。
著者はそれらの文書について以下のように述べている。
「使徒言行録」・・・前半は「ルカによる福音書」に記された12使徒に含まれるペトロやヨハネが活躍し、後半は12使徒ではないパウロの物語である。しかし、パウロがいなければ、イエスの教えはユダヤ教の一分派にとどまり、世界的な広がりを持つキリスト教に発展することはなかった。ユダヤ教徒サウロがキリスト教徒パウロに変わる「使徒言行録」の物語は、キリスト教が反知性主義の立場をとり、社会的地位や知的能力だけで人間を評価することの無意味さを説いていることを示している。
「書簡集」・・・収録されている21通の手紙は、「パウロ書簡集」13通(しかし、パウロ自身が書いたと確定されているものは7通)、「公同書簡」7通、「ヘブライ人への手紙」の3つのグループに分けられる。どの手紙においても「イエスが救い主(キリスト)」である点に揺るぎはないが、救済がどのようなものであるかは示されず、それは各人がどうイエス・キリストを通じて神と向き合うかということにかかっているというキリスト教の救済観を表している。
「ヨハネの黙示録」・・・欧米人の発想の根底に刷り込まれ、ユダヤ教徒もイスラム教徒も自明として共有している、「いつかこの世の終わりがある。この終わりが同時に歴史の目的と完成である」という終末論の特徴が描かれている。現代世界を動かす目に見えない論理を捉える上で、終末論の論理を理解することはとても重要である。
各文書の本文訳のみではなく、ビジネス関連の著書も多い著者が、聖書が欧米のキリスト教文化圏の発想・価値観にどのような影響を与えているのかという観点からの解説も加えており、有益な書である。
(2010年12月了) -
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新しい知識や見識、論理性、他者との関係性などを等身大に見つめる努力をしながら世界を理解していくという作業を拒み、自分に都合が良い物語の殻に籠るところに反知性主義者の特徴があり、合理的、客観的、実証的な討論を反知性主義者は拒否するという。
これを可能にするのが人間のもつ「自己欺瞞」の能力だという。動物行動学を援用したこのくだりは面白い。(p116)
では、反知性主義を封じ込めるには、深い自己省察と謙虚さを持った人間性に価値を置くこと。やはり、基本的な人間修養が最も大切だという基本に戻ると思う。
また、著者は読書の大切さを繰り返し説いているが、これは言わずもがなである。
本の構成としては、話題が飛ぶし、議論の深まり具合に一貫性がないので読みにくい。しかし、ところどころ考えさせられる部分があり良。 -
Posted by ブクログ
知性とは何か、を論じているという内容ではなかった。むしろ、日本を含め最近幅を効かせてきた「反知性主義」について述べ、それに対抗する手段を述べている、という内容でした。全体的に、著者が読むと良いと思う書籍の引用が多くて、書評本のようになっています。竹内久美子の本が引用されているのはどうかと思ったが。
著者のいう「反知性主義」とは<大雑把に定義するならば、「実証性や客観性を軽視もしくは無視して、自分が欲するように世界を理解する態度」である>とのことで、分かりやすく言うと<安倍政権>とのこと。反知性主義は<実証性や客観性を無視>する態度なので、論理だとか理詰めで説得することがそもそもできない。だから、知性で外堀を埋めていくしかないようです。その知性を磨くためには読書が必要であり、会話(SNSなんかの文章も含む)ではなくて、文章を書く作業が必要なようだ。