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Posted by ブクログ
森達也編著「ガザ虐殺を考える」
ヒボさんが1月に読み、結果、
「知る」「正しく判断する」そして「行動できるようになる」と書かせた本。
遅れること2か月。やっと読んだ26冊目のパレスチナ関連本。教えてくれてありがとう。すごくいい本だった。
頑張ってる人がこんなにもいるのかと思った。
2つだけ書き残しておこう。
まずは重信メイ(重信房子の娘さん)の
「欧米メディアの偏向報道が助長したガザ虐殺」
なぜ、ごく普通の人々に恐ろしい行為ができるのか。答えは簡単、相手を非人間化するから。
それは、情報の操作、偽情報、プロパガンダなどを通して慎重に行われ、洗脳されてしまう。
イスラエルは18才で男女とも徴兵され「大イスラエル主義」を叩き込まれる。もちろんその前の学校教育も同じだ。この辺りは日本が戦争に向かった時と同じで馴染みのやり方だ。現在でも程度の違いはあれ、同様だし。
そしてメディアの関与。イスラエル人はガザの虐殺を知らない人がほとんどで、知っても問題だと思わない人が多いという。負け戦さでも大勝利と書いた日本の新聞を思えば、いかに大きな力を発揮するかわかるだろう。
チョムスキーの書いた「プロパガンダ・モデル」に照らせば、
1.メディアの所有
2.広告収入への奉仕
3.情報源の偏り
4.批判への監視
5.敵の定義
という手法になる。これは日本もそうだがトランプのやっていることがわかりやすい。
加えてイスラエルは「ハズバラ」を使う。ヘブライ語で「説明する」との意だが、自分に都合のいい真実を作り出す。例えば、
・ハマスはISと同じ
・イスラエルは自衛している
・パレスチナ人はユダヤ人を排除しよう
としている
・ガザ攻撃の目的は人質解放だ
・イスラエル軍は世界で最も人道的な軍隊だ
・イスラエルは中東唯一の民主主義国家
・イスラエルは国連やNGOの支援を許
可している
などなど。
先日、岡山市に全国で78番目になる
9条の碑が設置されたが、記念講演で伊藤千尋氏が言った。「イスラエルは軍事費のGDP比が非常に高い軍事国家だ」
ふたつめは鵜飼哲の「殺戮者の手を縛るために」
彼が語る「未来の展望」が気にかかる。
まず、さまざまな例を挙げ、シオニズムの歴史が暗殺の百年であったと説明する。それはそれで興味深いが、心を惹かれたのは「パレスチナ・イスラエル問題の行く末」である。
パレスチナの元ユネスコ大使で歴史家のエリヤス・サンバールは、オスロ合意の破綻を見据え発想の逆転をする必要を強調する。
再交渉の前に全当事者にパレスチナ国家が承認されること。占領者イスラエルに無際限の策動の余地を与えるロードマップから手を切ること。そのためにアメリカをはじめとする西側諸国が圧力をかけてパレスチナ国家の承認を受け入れさせる責任を負うこと。
この方向での検討を⋯と述べるが、
「だが⋯⋯夢を見るのは止めよう」とあっさり放棄する。
アメリカ主導では平和への展望は開けないのだ。
イスラエルは現在まで戦争に勝てていない。軍事力、殺傷能力に過度に依拠したイスラエルの戦略は明らかな限界にぶつかっている。
世界各地でパレスチナ連帯の声が上がっている。グローバルサウスでも西欧でも。
シオニズムと正統派ユダヤ教徒の距離も広がり、ガザ虐殺以来イスラエルを離れたユダヤ人の数は10万人を下らないと言われる。
イスラエルが国際的孤立からやけのやんぱちで核使用を考えなければいいのだが。
この度のパリの選挙で左派が勝利したが、「ガザが燃えればパリも燃える」のだ。パレスチナの未来は世界の未来であることを直視しよう。
以上
Posted by ブクログ
森達也の本は、自分の「立ち位置」や「考え方」を振り返るときの助けになる、と感じます。
森がオウム真理教の信者に取材したドキュメント「A」シリーズを手がけたことで、オウム真理教を擁護するのか、という批判を浴びた(あるいは今もなお浴びている)ことは事実ですし、当時の「オウム=悪/カルト/殺人集団=その存在を許すことができない」という世論に冷や水を浴びせる作品であったことから、作品だけでなく森自身が拒絶されることはある意味で想定できる展開だっただろうと思います。
本書でも根底にあるには、「地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教の信者は本当に残酷な悪人なのか」という問いや、他に世界各地で度々繰り返されてきた虐殺に関与した加害者は人間としての倫理観を持たない「私たちとは根本から異なる存在なのかどうか」という問いです。
とても想像できないような残酷な所業をしてきた加害者たちを、「自分たちとは全く別の、異常な存在」と割り切ってしまえば、私たちは安心することができます。ただ、これは単なる思考停止で、アイヒマン裁判やその他の心理実験でも明らかになっている通り、虐殺の加害者たちは決して「異常者」ではなく、私たちと変わらない「ふつうの」人間なのです。
では、なぜ「ふつうの」人間が多くの人を殺すことができたのか。そのメカニズムを考え、悩み、煩悶し続けることこそが、再び歴史上の惨禍を起こさないために必要な「歴史から学ぶ」ということなのではないかと思います。
世界各国の事例が紹介されていますが、国立資料館でホロコーストやクメールルージュのような加害の歴史を隠さずに展示公開している国と、「加害」の歴史を正視しようとしない日本のこれまでの姿を比べると、日本のあり様こそが異質であるように思います。
違和感を覚え、モヤモヤし続けることこそが大切なのだと改めて気づかされました。
(p.14 まえがき より)
何度でも書く。凶悪で残虐な人たちが善良な人たちを殺すのではない。普通の人が普通の人を殺すのだ。世界はそんな歴史に溢れている。……でも僕たちが暮らすこの国は、記憶する力が絶望的なほどに弱い。むしろ忌避している。殺す側は邪悪で冷酷。その思いが強いからこそ、過去に自分たちがアジアに対して加害した歴史を躍起になって否定しようとする。被害の側に過剰に感情移入するからこそ、加害の側をより強く叩こうとする。加害と被害は反転しながら連鎖することに実感を持たない。僕が面会と手紙のやり取りをつづけた六人のオウム信者はもういない。みな処刑された。人を殺したから殺される。なぜなら悪人だから。生きる価値がないから。それでよいのか。そんな社会で本当によいのか。だから終わらせてはいけない。忘れないために。善良な人が善良な人を殺す。その理由とメカニズムについて考えねばならない。忘れたらまた同じことをくりかえす。過去に起きた戦争や虐殺よりも恐ろしいことがひとつだけある。過去に起きた戦争や虐殺を忘却することだ。