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――オウムの中から見ると、外の世界はどう映るのだろう?1995年。熱狂的なオウム報道に感じる欠落感の由来を求めて、森達也はオウム真理教のドキュメンタリーを撮り始める。オウムと世間という2つの乖離した社会の狭間であがく広報担当の荒木浩。彼をピンホールとして照射した世界は、かつて見たことのない、生々しい敵意と偏見を剥き出しにしていく――!メディアが流す現実感のない2次情報、正義感の麻痺、蔓延する世論(ルサンチマン)を鋭く批判した問題作!ベルリン映画祭を始め、各国映画祭で絶賛された「A」の全てを描く。
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Posted by ブクログ
オウム真理教のドキュメンタリー映画『A』の監督、森達也氏が作品上映までの道程を記した本書。ドキュメンタリー畑を歩んできた氏の文章はやはりドキュメンタリー的である。点の集合で絵柄が浮かび上がる点描画のように、遠目に見ると一つの像が現れるモザイクのように、本筋には無関係のような描写を書き込むことで、本筋の輪郭を浮き彫りにする。
オウム真理教にレッテルを貼らず、内部から見た外部を描くことで、オウム真理教の真実を描こうという試みは、ゆっくりと森氏に迷いをもたらす。それは、
①真実は一つではなく無数にある
②信じない者が信じる者に肉薄できない
③ドキュメンタリーに中立はありえない
という三重苦となり、難産の末に『A』を完成させる。『A』は社会の歪みを描いたドキュメンタリーであった。
本書のテーマを一言で言えば「無自覚の自覚」であろう。思考停止を自覚的に選んだ信徒と思考停止に無自覚な多くの人々。思考停止を自覚的に選んだ信徒は自覚的であるだけまだいい。無自覚に思考停止に陥った人は無自覚ゆえに、そして思考停止ゆえにそれに気づくことはない。そこには無自覚をどう自覚するかという難問が横たわっている。
Posted by ブクログ
オウムのドキュメンタリー映画「A」の撮影について、森監督自身が振り返っている本。
オウムサリン事件で、マスコミはろくな取材もせずに、あらかじめ用意されたストーリーに沿って、視聴者が望む形のレポートを量産する。
オウム内部では、外部世界と隔絶し、外のことを考えずに純粋培養的に生活をしている。
この外の世界と中の世界のはざまでもがいている荒木さんを取材することで、オウムの生活から外を見ることで新たな視点を得ようとする。
オウム、マスコミともに自らの主義主張で相手の立場での視点を失っている。その主義、ストーリーに乗れないものは排除される。
森監督の企画も、テレビ局の考える「企画」としてわかりやすく狙いを語る安易な制作に乗れないために、排除され、フリーでの撮影に追い込まれる。
マスコミの客観性とは本来何なのか、矛盾がたくさんある。
ドキュメンタリーとは、だれかが感じ取った事実なので、主観でしかありえない。その覚悟を持ったうえで、最初からストーリーを付けずに、ただオウムを取材する。
その中で「結局何もわからない」ということでしかない。
これだけの解明されていない謎、カオスに満ちた状況に対して、ただただ対峙するという作品を仕上げるということが、なかなかないことなのだなと改めて思う。
Posted by ブクログ
以前から気になっていたが、なかなか手を伸ばせずにいた。
それが、このタイミングで購入。
品川のくまざわ書店で、森達也関連の本が3冊もあったのだ。
読んでみて、もっと早く読めばよかったと思ったほど。
マスコミの機能不全を指摘したいがためではなく、
日本全体が陥ってしまった「思考停止」という言葉に気がつくために。
オウム真理教は、明らかに私達の社会から生まれたもので、
理解できないかもしれないが、そこで思考停止するのではなく、
そこから問いを立てることが、知性のするべきことなはずである。
それを怠ってきた日本社会の20年近くの欠落はあまりにも大きい。
1995年以前の日本社会とその言論がどのようなものであったか、当時高校生だった僕には知る由もない。
しかし、断言できるが、この年がターニングポイントだったのだ。
飛躍するが、だからこそ村上春樹は、オウムと阪神大震災の2つにこだわっているのだと思う。
(同じく、オウムを描いた作家として、村上を挙げないわけにはいかない)
その村上がバルセロナの文学祭で、原発について「ノーと言い続けるべきだった」と発言したと言う。
間違いなく、彼は原発や津波をテーマに作品を書くはずである
村上春樹だったら、どのような作品を書くのだろうか?
Posted by ブクログ
村上春樹の『アンダーグラウンド』を再読
→某雑誌の最新号で森達也のインタビュー記事を読む
→「そいえばこの人は『A』っていうオウムの映画撮っていたなぁ」
→某お気に入りの古本屋で本書の発見
というつながりで読んでみました。
自分はこの『A』という映画見ていないし、オウム事件の際のマスコミとかはまだそんなに気にするほどの年齢ではなかったので何とも言えないけ
ど、最近新聞を読んだり時々テレビを見る中で感じていた「マスコミに対する不信感」がこの本を読んで少し「理解できた」気がした。
そして、初めて村上春樹が『アンダーグラウンド』の「出口のない悪夢」で
述べていた怖さとかが「理解できた」気がした。
「分かる」というわけではないし、あくまで「気がする」だけだけれど…。
「誰がそう言っているんですか?」「メディアがそう言ってます」
「完全に客観的なドキュメンタリーなんて存在しない」
「テレビを見ている人はそんな情報をほしがっちゃいないんだよ」
・・・…本を読んでいて線を引きたくなる箇所がいくつもあった。
作品のすごさとか、森達也という人のスタンスをこれだけで判断することは
できないけれど、今、この時期に読んでよかったと思える本でした。
時間が出来たら映画も見てみたい。
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