野坂昭如のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
たぶん誰もが知っている「火垂るの墓」が掲載されている
野坂昭如の書いた短編集がギュッと凝縮された本。
最初は改行とか句読点がすごく読み辛くて、これ全部読み切れるかな…と思ってたけど
なんだかんだで読めた、というより気付いたら慣れてた。
火垂るの墓も然ることながら「アメリカひじき」はコミカルかと思いきや
いや、まじで笑えんよ…って。
紅茶をひじきだと思ってってたという話。
あと「死児を育てる」が一番まーじで強烈過ぎるほどに強烈!!
餓えって本当に(餓えもそうだけど衣食住の全てが整ってないと)
正常じゃないというか、ここまでなるかって思うくらい
狂う感じがまじで恐ろしい。
興味本位で読んでみたけど、これは読んでよかった本 -
Posted by ブクログ
自分が中学生くらいの頃には既に文庫化され、興味はもちろんあった訳だが、これまで未読。なんとなくこのようなテーマは自分には難しく、敷居が高いもののように思われたからだ。
読んでみて、やはりこの歳になってから読んでよかったと思った。若いころに読んでいたら、おそらく本書の価値の半分も理解できなかっただろううと思うのだ。投獄を覚悟してまでもエロ事を追求する主人公の矜持というものに嫉妬さえ感じるくらいだ。
野坂氏といえば、田中角栄に対抗して新潟三区から立候補して、雪の中でビールケースの上に立って街頭演説している映像を思い出す。もうこういう人は出ないのだろうか。 -
Posted by ブクログ
日活映画で小沢昭一と坂本スミ子で映画化された紹介をテレビでみて内容に興味を持ったのが中3くらいの時。
なんとなしに当時の風俗事件エロ映画っぽかったので行ってみようかと思いそのままスルー。高校2年時に野坂昭如原作って本屋に展示されてた文庫本を購入。当時、体制批判家ってイメージでイレブンピーエムによく出演されてて、タレントとしての好感も持ってた。ちなみに似たようなキャラで小中陽太郎がいたがこっちはヘドが出るほどキライだった。題名からくる三流エロ小説とは違って好きだった梶山季之っぽい内容ではないかと購入した。読後に唸った。スブやんに共感を持つというよりオレもこんなになりたいって今後の将来展望の選択肢に入れちゃった(上位に)。ヒモみたいな生活しながら片手間に理想のドール開発なんて最高。文体がまた独特で「雨の中・・・は・・・だった」ってハードボイルド風の文体が後に私の作文に大いに影響を与えた。ピカレスクロマンって小悪党がゾロゾロでてきて悪さをするから好き。少なくとも、荒野をめざす青年やモスクワにさよならしたり重いタビを背負ったり同棲して悩んだりするようなグズラよりよっぽどカッコイイ。最後にボッキするシーンは涙も出た(ウソ)。偽善家でない人柄がっていう評価をイチバン嫌う人だろう。偽善家でもありアウトローであり反体制であり云々でほめられるのなんてクソクラエって言うはず。同時期にホタルの墓も見たが生涯絶対に再読しない本のヒトツになり以後この人の作品読むのを止めた。でも後にどこか雑誌の対談で、在りもしない妹を作ってフィクションして直木賞をもらったって述べてたのを見て一層好きになる。「しとど雨にぬれて・・・」のイントロや「リャンピ~ン・・・リャンゾー・・・」って仲間を呼ぶくだり等の印象深い表現が今でも字自体が脳にうかぶ。後年にビデオ屋で映画を観た後それから野坂昭如と小沢昭一がかぶるようになってしまった。またまた後年小沢昭一氏が弊店にお買い物立ち寄られた際、このひと絶対モテル(女くどいたらベッドイン確立100%)人だと感じた。色っぽいのだ。余談の余談だが坂本さんみたいな女性(トランジスタグラマー)食い物と男と欲望にだらしない女性は今でも私の一番の好み。おそらく野坂も坂本タイプが好みのはず。野坂の名文句「プレイボーイやパンチのグラビアにでる別嬪タレントヌードより大衆食堂で注文聞きに来るオバサンの裸連想したほうが絶対に興奮する」って名文100選のトップに位置する。先日、この人の訃報はショックではあった。私の中の青春がまた一個消えた。 -
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書けば天才、飲めばその量きりがなく、歌えば幾人もの女とろかす・・・天才野坂昭如の異色デビュー作。
この小説にはある種の「悲しさ」が通底している。まず主人公のネーミングだろう。主人公のあだ名は「スブやん」。これは酢豚から来ているのだが、ただ豚のように太っているだけなら「ブタやん」でいいだろう。そこをもの悲しさからくる酢豚にひっかけて「スブやん」・・・野坂さんはあだ名をつける天才だ。『とむらい師たち』の主人公はデスマスク業者にひっかけて「ガンめん」だし『騒動師たち』はチェ・ゲバラにひっかけて「ケバラ(毛腹)」だし、『スクラップ集団』はバキュームカーにひっかけて「ホース」。
次に特筆すべきは会話文と地の文のテンポの良さだろう。スブやんご一行が温泉宿に泊まり、暇つぶしにわが逸物の比べあいをするシーンのわけわからない難解漢字を入り混ぜた近世文学風の描写、オカマバーでのオカマと処女の「子宮に腕突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたるぞ!」「ええやん、やってみて!」みたいなテンポの良い会話、どれも型破りである。
そして大阪弁のテンポの良さ。大阪弁と言っても一昔前の大阪弁だろう。これがかわいらしくて良い。
最後に主人公スブやんの死にざま。スブやんは途中でインポになるのだが、最後に車にはねられて死ぬ時に背骨を強打してなんの具合か勃起したまま死んでしまう。「観念としてのエロティシズム」とかはよくわからないが、印象的なシーンだろう。笑ってしまいました。ジョンジョンジョン―――。 -
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『アメリカひじき』と『火垂るの墓』の2編はともに昭和43年直木賞受賞作。特に後者はアニメとしても超有名作であるが、共に収録される他の四編も決して引けを取らない出来栄えである。共通するのは戦中戦後の体験であり、それも「ひもじさ」については繰り返し繰り返し語られ、空腹の文学と呼びたいほどだ。自身の欲望のままに食い気に走り妹を死なせてしまったり(『死児を育てる』)、空腹のあまり牛のように反芻する事を覚えたり(『ラ・クンバルシータ』)と、とにかく「食うこと」が何よりも優先される状況が、現代の我々の想像力の及ばない所であり、作者の戦争に対する腹の底からの嫌悪感の出どころではないかと感じた。
遅ればせながら気がついたが、野坂昭如の文を句点で繋いで延々と続け体言で止める文体は鏡花一葉から江戸の戯作者へと遡るオマージュなのか。
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先月(2025年8月)、アニメ映画「火垂るの墓」(高畑勲監督・1988年)についての岡田斗司夫による解説動画(YouTubeチャンネルの期間限定無料公開)を見、その内容を確認しようと読み始めたが、まあ読みづらい。そういえば、野坂昭如のこの文体のは筒井康隆にパロディにされていたような記憶がある(「乱調文学大辞典」だったろうか、今これは手許にないので確認は出来ないけれど)。
アニメのほう(高畑勲監督の意図のほう)は判らないけれど、原作としては、解説動画にあったような怖さを意図してはいないように感じた。父親が偉い軍人でそこそこの貯金があったとしても、トントントンカラリと隣組を経由した食糧配給の世界にあって、子ども二人がこの大人の社会から離れて生きていくのは困難だったし、また、妹の死んだ日の夜に雑炊を食った(原作にはない描写)とて自然なことだったのだ。「火垂るの墓」以外の短編五編も、戦中戦後、人間がみな飢えている中で、この短編集の登場人物達の行動はどれも「必然」「自然」のこととと思わされた。 -
Posted by ブクログ
今まで、ジブリ版の絵本等で読んだりはしていたけれど、野坂昭如さんの小説で読むには初です。
「火垂るの墓」
昭和22年敗戦後、混乱の中。駅構内のトイレの近く、戦争孤児となり、浮浪児となってしまった少年が、亡くなる。
戦争で、家を親を失い、最後に親身に世話をしていた妹を亡くす。彼も駅構内で力尽きる。
駅員が、投げたドロップ缶から転げ落ちる妹の骨。
野坂さんの饒舌体と言われるらしい、言葉が次々とたたみかけてくるような文章が、映像とは又違った、苦しみと悲しみの連続に圧倒されました。
「アメリカひじき」
敗戦時、少年であった男が、22年後、日本観光に来るハワイのアメリカ人夫婦を自宅で接待する。
敗戦時と現在が交互に語られ、アメリカという大国に、国だけでなく人種としても劣っていたというコンプレックスから、逃げられない。
が、精一杯もてなそうと頑張るが、どうもアメリカ人の行動に同調しきれない。
「焼工層」
敗戦直後、貧困から養母の元を離れて実父の元に戻った少年。養母は、少年の未来と幸せを願うことが、人生の糧であった。
社会人として成長した少年は、養母の死の知らせを受け、彼女の最期の場所を訪れる。
そこは、貧しい間借り部屋のような一室。戦争で焼かれた家と夫が眠る側。
「死児を育てる」
自分の娘を殺してしまった女性。
彼女は、戦中、貧しさとひもじさに 抱えて面倒をみていた妹に手をあげていた。妹は、彼女が留守をしている間に亡くなる。その死は、彼女の故意であったのか。その深い傷は、娘が妹の死んだ歳になった時、再び罪を犯す。
戦争により、家、親、食、全て失った、少年少女達の絶望感に苦しくなります。