梶井基次郎のレビュー一覧
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檸檬、城のある町にて、桜の木の下を読んだ。
淡々と静かな日常を描いた作品という印象。
つまりはこの重さなんだな。
という言葉が印象的。
えたいの知れない不安をかかえていた、そんな時に出会った檸檬。
単純な塊が、鮮やか色、形、匂い、冷たさを通して美しいものに感じ、えたいの知れない不安はレモンと同じ重さであることに気づく。
今、空は悲しいまで晴れていた。
ー城のある町にてー
病弱で病に伏せることが多かったからか、自分では思うようにならない悩みの核心というところにはあえて触れずに、よりよくしたいという希望を持って、えたいの知れない闇から光を求めていく。
そういうところに価値を置いていたのかな -
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苦労を重ね(原因が身体にあるにしても)参ってしまった人間の、暗いモヤモヤした日常を正確に描いている。
不思議と負の感情は少なく、小さなことに幸福や安心を見出したり、また暗闇に落ち着いたりする。
精神的に病んだ経験がある人ほど共感を得やすいかもしれない。
多くの人が漠然と持っていたりする、あまりに抽象的な感覚が日本語でハッキリと表現されていてハッとする。
このような精神状態を文学として言葉にして表現された例はあるのかないのか知らないが、ここまでリアルな感覚は他にないのだろう。
非常に独特の読後感。
梶井基次郎の世界観に飲まれて脱力する。
現代の忙しさから逆行する感覚がある。
唯一無二である -
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文豪6名の最後を飾った作品を集めたもの。同じような趣旨で、デビュー作代表作を集めた「文豪誕生」も読んで出版社の策にとても共感している。
表装は今風というかアニメタッチな文豪が1人、芥川だろうかと想像する。
登場する6名の文豪、初めましての方もいて、読書の門扉が少し開けた気がする。
それでも好きになったかと言うとそこまでではないが、この点が点と合って線になっていくんだろうなと思う。
特に芥川龍之介はこの作品でちょっと興味をもった。そして梶井基次郎は檸檬の他に機会があって良かったと思う。
文豪死すも文豪誕生も、名前は知っているけどそこまでじゃないと言う人にはぴったり。機会があったら読んでみると良 -
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習作、遺稿を含めたすべての作品が収録されている。そのため、作品のいくつかは話が似ており、梶井基次郎が作品を完成させるまでの過程と苦労がわかる。また本書の末尾に、実際に梶井基次郎と親交があった宇野千代の文章も収録されており、宇野から見た梶井の人物像を垣間見える。それによると、人と話すのが好きでしかも話が面白かったという。その反面、自身の話については語ることは少なく、病気を患ったこと(それにもかかわらず激流の川の中に飛び込んだ)についても周囲に打ち明けなかったらしい。さらに解説によると、梶井は青春や病気に捉われたことで、日ざしや雲などといった世界を発見して、それが感情や感覚となって揺れ動いた自己
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梶井基次郎文学忌、結核の為死去。
1926年の作品。
イラストレーターは、しらこさん。
魂が影に移り 月へ向かう そんな情景
去年も「Kの昇天」レビューしている記憶が。同じような事書いてしまうな。
Kと療養地で知り合った「私」
満月の夜 海岸の砂浜
Kは、影が人格を持ち月へ昇るという
Kは、溺死する
「私」は、Kの死因について語る
それは魂の昇天
痛みのない死
病気に苦しむ梶井基次郎の希望だったのか
京極堂の「魍魎の匣」の少女達が月夜に影を見る場面は、この作品を思い出していた。意識されてたんじゃないかと思っている。
しきみさんのイラストが独特な哀愁ある色合いで良い。とてもよく小説とあっ -
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梶井基次郎文学忌、檸檬忌。
何回目かの「檸檬」は、げみさんのお陰様で今までになく理解できた気がしています。
得体の知れない不吉な塊。
焦燥や嫌悪等では言い表せないその塊から檸檬爆弾という彼の希望の象徴で解放される。
丸善は西洋の思想の表現か、贅沢の象徴かな。
ずーっと丸善は東京駅のところ丸善だと思っていた。ここが檸檬爆弾の丸善ですというような紹介を読んだ気がするんですよね。丸善カフェで檸檬スウィーツもいただいたし。
げみさんの描く丸善が、本当に素敵でした。
“ずかずか”と入るも疎外感。
彼の檸檬爆弾は、確かに彼の気持ちを軽くしたようだ。
今でも丸善には檸檬を入れるカゴを用意しているらしい