鎌田浩毅のレビュー一覧
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著者の鎌田浩毅(ひろき)氏は1955年生まれの火山学の大家。2021年3月に京都大学を退官し、名誉教授になった。専門に関する著書をたくさん出されているが、本書のような勉強法に関する本も出版されている。
本書を読んで、氏が大変な読書家であることがわかる。ご自身の読書経験を通しての指南が書かれているが、その部分はさほど得るものはなかった。つまり、「9割は知っている」と書かれている通りであったが、末尾の「補章」の指摘が勉強になった。
ビジネス書や自己啓発本の根底には「こうすればああなる」という計画主義がある。技術面でそれを言えばビジネス書になり、精神面でそれを言えば自己啓発本になる。しかし、現代は予測不能の時代。想定外の事態が起こりうる。となれば、ビジネス書や自己啓発本が売れなくなっているのも当然であろう。ビジネス書や自己啓発本の「浅さ」に、多くの人が気付いてしまったのだ。
この流れは、ここ10年から20年の間に「教養」がやたらと謳われるようになった事ともリンクする。「テクニック」や「心構え」ではなく、「教養」に注目が行ったのは、まさにこの「浅さ」に気付いたがゆえだろう。 -
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とりあえず先に進む「棚上げ法」と、完璧に読まない「不完全法」となど、誰でもすぐにできるテクニックを紹介しつつ、手抜き読書術を勧めている。世にあふれる読書術には、身に付けるまで修練が必要なものも多い。だが、そういうものは身に付かないと主張している。
同じ著者による『読まずにすませる読書術』(2019年、SB新書)を先に読んでいた。本書『理科系の読書術』は、その一年前に書かれたものだ。
1人の人間がほぼ同じ時期に、同じ読書術というテーマで書いているので重複している箇所も少なくない。いや、ほとんど同じ内容と言っても過言ではない。
同じ内容でも、『理科系の読書術』は、基本をより細かく説明しており、「読まずにすませる」の部分は補章としてさらりと説明している。一方、『読まずにすませる読書術』は、基本はさらりと説明し、「読まずにすませる」の部分を詳しく説明している。
読書好きなら両方読んでも損はない。だが、普段あまり読書をしない人であれば『理科系の読書術』、読書が習慣化している人は『読まずにすませる読書術』を読むのがいいだろう。私は、普段から読書に慣れ親しんでいるので、後者の方に好感を持った。
それぞれの特徴をまとめると下記のようになる。
■『理科系の読書術』 (2018年)
・あまり本を読まない読書初心者向け。
・「どうやったら本を苦労せずに読めるか」をテーマにしている。
・読書を妨げる最大の障壁である「心のバリア」を減らすテクニック集。
・中公新書(1ページ:一行当たり41字×16行)。文字サイズは一般的な新書サイズ。
■『読まずにすませる読書術』 (2019年)
・ある程度、読書に慣れ親しんでいる人向け。
・「読むべき本は読んで、読まなくていい本は読まない」ことを提案
・整体の「体癖」という考え方を取り入れた、頭よりも体の感覚を重視した取捨選択法。
・SB新書(1ページ:一行当たり39字×15行)。文字サイズは新書としては大きめ。 -
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本書は、「読むべき本は読んで、読まなくていい本は読まない読書術」を提案している本である。また、読むべき本でも全部読む必要はない。自分にとって必要な部分だけ読むこと、つまり「いかに読まないか」が大事だという。
この考え方は多くの人が賛同できるところであろう。他の読書術の本でもよく見かける考え方で、ある程度本を読んできている人であれば、半ば常識といえる考え方ではないだろうか。ただ、わかっていても実践するのは難しい。本を読む習慣がない人であればすぐに実践できることかもしれないが、多読派の人は、本を読むことに重要性を感じており、また、本を読むこと自体が好きだからだ。
私もそうだが、そのような人たちが求めているのは、考え方よりも再現可能な実践的で具体的な方法である。
さて、本書の方法論のメインとなっているのは、整体の始祖・野口晴哉の「体癖」の考え方を取り入れたものである。五つの骨格の型が人の感受性を作り出しており、そのタイプによって、合う合わないを見分けるというものだ。
頭よりも体の感覚を重視した取捨選択法である。私個人としては、この方法にはピンと来なかったが、ここに賛同できる人にとっては、これは必読の本になるだろうし、そうでない人にとっては本書でいうところの「読まなくていい本」に該当しそうである。
メインテーマは「体癖」であるが、そのほかにも読書をする人に対して役に立つようなことをトピックス的に書いている。例えば「音楽的読書から絵画的読書に切り替える」という考え方だ。音楽的読書は音楽を聴くように最初から最後まで順番に追っていく。絵画的読書は美術館で好きな絵だけを見るように、読みたいところだけ読む。要は「つまみ読み」のことで、ただネーミングを変えただけだが、それ自体は大切な考え方である。
あるいは、整理術やミニマリストな的考え方である『「いつか」ではなく、「今ここで」』ということを読書にも取り入れることで無駄を省こうとする。
このように、他の読書術の本と同じような主張も少なくないが、読書術の本として一定の水準は保っており、読んで失敗したということにはならなそうである。多少気になる人は、著者が提唱しているように、つまみ読みしてみてもいいかもしれない。 -
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・日本列島で地震が起きない場所はない
2000もの活断層は具体的にどこにあるのでしょうか。もしどこかに固まっていればそこを避ければいい、と思うかもしれませんが、残念なことに偏在していません。いえ、日本国内で活断層がない場所はありません。
・とりわけ近い将来に起こると危険視されている激甚災害の筆頭は、2035年±5年のあいだに発生が予測される「南海トラフ巨大地震」です。
・「3・11」のような海溝型の巨大地震が発生した場合、数か月から数年以内に、活火山の噴火を誘発することがあります。原因として考えられているのは、地盤にかかる圧力が変化した結果、マグマの動きが活発化する、というものです。
■地球温暖化の根拠
こうした異常気象に関する話題が、メディアに登場しない日はありません。セットのように目にするのが「地球温暖化」という言葉です。たとえば「地球温暖化が人類を滅ぼす」「地球温暖化で今後気温は6℃上昇し、海水面も上がる」といった見出しが、新聞やウェブに躍っています。
COP21(気候変動枠組条約第21回締約国会議)で締結された「パリ協定」をめぐり、先進国のパワーバランスが争いごとを生んでいるのも事実です。パリ協定とは、「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」目的のために、国際的な取り組みをすることが合意された協定のことです。地球温暖化問題は、地球科学だけでなく、政治や経済にとっても切り離せない重要な課題でもあるでしょう。実際に地球の平均気温を調べると、過去400年の間に高くなってきたことがわかっています。20世紀に入ってからは、気象技術の発展によって、より詳細なデータが得られるようになりました。
その20世紀以降のデータに限ってみると、たとえば日本では1898年以降、100年あたり約1.1℃の割合で平均気温が上昇しています(図5-1)。全国でソメイヨシノの開花日がここ20年ほどで早くなり、さくら前線が早くやってくるようになったことなどは実感しやすいでしょう。
もう1つ、温暖化を示す根拠となるデータがあります。世界平均の海水面の変化です。それによると、1901~2010年のあいだに、海水面は19mm上昇しています。水は温度が上ると膨張し、体積が増えるという性質を持っています。
そのため、地球温暖化によって海水の温度が上がることで海水の体積が増え、水位も上がったと考えられます。また、北極や南極付近にある大量の氷も、温暖化により海水温が上昇すれば融けるので、そのぶん海水の体積が増えて水位が上がります。
この状態のまま温暖化が進行すれば、2100年ごろの地球全体の平均気温が現在より約2.6~4.8℃上昇し、海水面の平均は約45~322㎝上昇すると予測されているのです。
さらに、温暖化問題で必ず話題になる二酸化炭素の濃度は、過去1000年間で280㎜から400㎜にまで上昇しています。これは急上昇といってもいい数値です。原因はすでにお気づきの通り、石油、石炭などの化石燃料を大量に使い続けたことです。これらを燃やせば、膨大な二酸化炭素が発生するからです。
■温暖化は自明ではない
地球温暖化についての議論の中で、とくに産業革命以降に大量に放出された二酸化炭素(石炭、石油の使用など、人間の活動によって生じた二酸化炭素)が現在の温暖化を生んだのだ、という考え方があります。もちろんその可能性はあります。
ところが、二酸化炭素が温暖化を引き起こす寄与率については、研究者によってなんと9 湖から1側まで、大きく意見が分かれているのです。
2010年には、IPCC (気候変動に関する政府間パネル)が提出したデータの確実性を めぐって、何人かの研究者が疑義を呈しています。また、今後十数年間は寒冷化に向かうの だ、と主張する地球科学者は少なからずいます。
私自身は、将来にわたって、今の勢いで地球温暖化が進むかどうかは必ずしも自明でない、 と考えています。たとえば、大規模な火山活動が始まると、地球の平均気温を数℃下げる現 象がたびたび起きてきました。こうした現象からも、温暖化の進行が当然の成り行きではな いことは、理解していただけるのではないでしょうか。
人口の増大、都市化、経済活動は確かに地球環境と気候変動に影響を与えてきましたが、 ちょうじやく 実は地球科学の「長尺の目」で見ると、いずれ地球という大自然が吸収してくれる程度のも のなのです。人間による環境破壊には由々しきもの、目に余るものが多々ありますが、地球全体の営力から見ると小さいということも知っておいていただきたいと思います。よって結 果としては温暖化と寒冷化、双方の対策をすべきということに結論付けられるのです。
もともと自然界には様々な周期の変動現象があります。たとえば、一般的に人類が文明を持たなかった時代の氷河期などのこうした現象は、近現代の人類の生産活動が起こした短期 的現象から区別して評価しなければなりません。
また、人間が大量の二酸化炭素を排出しても、地球にはもっと大きなフィードバック機能 が備わっています。そもそも二酸化炭素量が増大しても、それらの多くは海に溶けるでしょ う。逆に大気中の二酸化炭素が減少すると、海に溶けたものが出てきて補うという、バッフアシステム(緩衝装置)もあるからです。 このような現象についての精査を踏まえないと、大気中の二酸化炭素が単純に増え続ける かどうかも決められません。たとえば大気中の二酸化炭素が減ることで、植物の光合成活動が弱まり、結果的に人間の食糧が減少する可能性すらあります。現在、地球上の食糧が確保 できているのは、二酸化炭素量がこれだけあるからだ、ともいえるのです。 人口増大が原因ではなく、二酸化炭素減少や寒冷化による食糧危機が生まれるかもしれません。人間のスケールのみで地球を判断すると大きく誤ってしまいます。 地球温暖化は先ほど述べたような「長尺の目」で捉えることが重要です。そうしないと、目先の国内外の政治状況、経済状況に振り回される事態から脱却できなくなります。
日本は二酸化炭素の排出量を5~40%削減することや、SDGs (Sustainable Development Goals)などについて軽々しく約束したりしています。将来、長期にわたって温暖化するという結論を科学の世界がきちんと出していないにもかかわらず、政界・経済界のみの都合で決定していくのはとても危険だと考えています。
人間にとって「たいへん困ったこと」があっても、地球にとってはすべてを吸収してしまうような巨大なメカニズムが存在しています。ここで地球も「困っている」と考えるのは、もしかすると人間の自信過剰かもしれないのです。地球の問題は、もっと長い尺度で眺めていかないといけません。
自然災害が起きたとき、実際に必要となる緊急情報を挙げてみます。
1 現在どこで、どんな危機的な災害が起きているのかという「災害地・危険度情報」
2いつ避難するべきかという避難のタイミング、また、どちらの方向へ避難すべきかという具体的な「行動指示情報」
(以上2点は、直接命に関わり、緊急の判断を要するものです)
3刻々と変化していく災害の事実について、リアルタイムで的確に伝える「被害進行情報」
4災害が起こった直後から急速に必要度が増す「安否情報」
5ライフラインや道路の状況、運輸手段など、被災地での今後の生活に欠くことのできない「生活情報」 -
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ネタバレ理系的な考え方=棚上げ法。よくわからない問題は後で考えてわかるところから始める。アインシュタインの宇宙項も最初はそういう意味だった。
ニード(必要)には応えるが、ウォント(欲しい)には応じない=福祉関係の言葉
授業は15分単位で話題を変える。新しいテーマを出す。
古典は就寝前に10分だけゆっくり読むに相応しい。
『マーフィー100の成功法則』は渡部昇一教授がペンネームで書いたもの
朝一番に緑茶を飲む
満腹の苦しみ、空腹の幸せ。満腹は苦しく、空腹は美味しく食べる秘訣。
京都では飲食店は予約をして行く。
日本酒はチェイサーがあったほうがおいしい。和らぎ水。
『人生の短さについて』セネカ
夏休みを先に決める=早い者勝ち法。休暇の開始までに仕事を割り振る=割り算法。スケジュールは一望できる日程表で全スケジュールを把握する。=一望法。
人間関係の要諦は、変えられるものは自分だけ -
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ネタバレ私も一応理系の端くれであるが、仕事術を極めるなら本著みたいなものの中に共感できる取り入れられる、または強化できる仕事術があるであろう。長所伸展の為に参考にしパクろうと思う。
【要約と感想】
物事や頭の中を整理し、人間関係を円滑にし、アウトプットする方法を身に着ければ仕事の生産性はバク上がする、といった内容である。
2005年くらいの図書の様なので、時代の移り変わり特にモバイルデバイスの発達があるのでそのまま、とはいかない。だがしかしその本質は変わらないのである。現代に置き換える本著にあるようなクリエィティブな作業をすれば本書の内容は十分な価値を見出せる。
理系的…とあるが今やどのタイプでも個人的には本著の内容は必要不可欠であり、優秀な人材であるには身についているものかもしれない。