岡嶋裕史のレビュー一覧
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電子書籍。巷でよく聞く「web3」「ブロックチェーン」「NFT」「メタバース」。一度ちゃんと意味わかっとかないと。。。と思い読みました。web3の概念は要するに「一部の巨大プラットフォーマーだけ儲かるの頭くるからそれをみんなでやめようぜ!!」的な発想なんですね。ところが、それはほぼ難しいと。さらにブロックチェーンがそのための手段にはとてもならない。メタバースはweb3とは別な概念だが、現実的で、だからこそプラットフォーマーが群がる。。。ってことで要するに世界は変わらないってことですね。ちょっと偏った意見かなあ。。。と思いつつ勉強になりました。
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Posted by ブクログ
ネタバレ読むまではぼんやりとサイバー戦争の脅威を理解していたが、本書を読むことで、取材ベースでの現実味のあるストーリーと、人に焦点を当てたテーマに触れ、その脅威を身近に感じることができた。
大なり小なりITないしインターネットに関与する現代人ならば、一度は目を通しておくべき一冊。
サイバー戦争は以前は技術力が高く攻撃手段を独占していた米国が優位であったのかもしれない。
しかし、サイバー攻撃手法は個人のスキルとインターネット環境があれば、誰もがチャレンジでき、そして発見された攻撃手法は市場の中で金銭で取引が可能だ。
つまり、他の通常兵器やNBC兵器などとは異なり、世界の誰もが関与することができ、大国以外でも金銭があれば兵器を簡単に備えることができる。
つまり、非対称戦の最たる例になっている。
本書は人に焦点を当てている。
あらゆる危機がインターネットにつながっていく現代の先進国では、同時に脆弱性も多く残留することになり、これをメンテナンスやパッチ適用しない、人の弱さが脆弱性をより際立たせることになっている。
クラッカーやサイバー技術に強く関与する人々の視点としても、うまくいけば金になる市場において、
国家や主義主張の壁を超えて、金銭を優先した取引になることは否めない。
そもそも売った相手が、サイバー攻撃を正しく行うなんて、なんの保証もない。
アメリカは戦略的にも欠点があり。自国の優位性を信じて、
攻撃に特化したサイバー戦略を優先し、守りについては後手に回っている。
脆弱性の開示についても官僚的な要素があり、あまり最善を尽くしているとは言えない。
本書に出てくる国家的なプレーヤーとしては、
米国、イラン、ロシア、中国、北朝鮮といった国々。
またキーパーソンの出身国としては他にも様々な国が登場する。
日本は、本筋には出てこないが、エピローグ部分で好事例の国として紹介される。これは意外だったが、ある分析ではまさにサイバーに対する人の衛生観念的な部分と、詳細に練られた戦略が功を奏しているとのこと。
たしかに日本人は真面目にパッチ適用しそうだし、国の戦略を企業経営に反映させるガバナンスもありそうな気がする。
こんごもサイバーという戦争の一空間の鍵を握るのは、人、になると感じた。
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昨年あたりから新たなバズワードとして一般化してきたWeb3。GAFAなどのテックジャイアントに支配されたインターネットを、個人の手に取り戻す非中央集権的なしくみであり、それを実現させるといわれるテクノロジーが、ブロックチェーンとNFTである。だけど、待てよ?少し話がうますぎないか?そう感じていたのも事実。
本書は、ブロックチェーン、NFTの技術的な解説とともに、現実的に実現可能なことを提示する。ブロックチェーンで社会のすべての仕組みを置き換えることは不可能であり、NFTに至っては、そもそも本物だと示すためのスタンプのようなものにすぎず、利用できることは限られている。きわめて現実的だと感じた。
Win95でインターネットが一般化した時も、インターネットはそもそも情報に個々人が直接アクセスでき、人々が直接交流できる理想郷をもたらすとよくいわれた。しかし、よりインターネッとをより使いやすく(面倒なことなしに)するために、人々はGoogleやFacebookに頼るようになり、結果として彼らプラットフォーマーによる支配があたりまえの現実となった。
Web3も同じ道をたどるのでは?個々人がWeb3を使いこなすのは面倒なので、新たな企業、組織に頼る構造が生まれるのではないか?Web3の要素技術を用いてはいるが、それはWeb3的な思想で言われる社会(非中央集権的な社会)ではない。それは、現在のGAFAによる支配構造と大差ない。著者の予測である。非常に現実的である気がする。 -
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これは良書である。
ブロックチェーンについて世間一般よりは理解しており、実務や趣味で扱ったこともあるが実は本質的にはよくわかってないんだよね、、、という(私のような)非専門家にとって得難い入門書と言える。
「特定の管理者がいない状況、もっと言えば参加者すべて敵同士であるような油断のならない状況で、事前の取り決めに抵触するようなデータ処理を認めず、処理の透明性を確保し、かつデータの変更や改ざんが不可能であるようなデータ蓄積システム」(本文より)について、まず前半は主に既存の暗号システムと対比しながら、かつ「ハッシュ関数」というキーワードに着眼しながら純粋に技術的に解説してくれる。ここがすでに類書の「礼賛的な」解説書より読みやすい。
その上で、後半では「確かに素晴らしいアイデアと技術だけど相当ムダが多いし、そもそもどうしてもこれじゃないとダメ、っていう使い道ってそんなにたくさんあったっけ」という、ウェブ3.0についていけてないナウくないやつのレッテルを貼られることが心配で分かったふりをしていた素朴な疑問について、(しつこいが私のような)非専門家にとって非常にわかりやすい解説がなされる。
納得感があったのは、「『技術』には、おおむね『思想』がセットでついてくる」(p242)というあとがき部分。
ブロックチェーンは、それ自体は無色透明な技術のまとまりに過ぎないのだが、自立分散というワーディングともあいまって、新しい働き方、オープンで平等な枠組み、ひいては資本主義のオルタナティブみたいなほとんどイデオロギーにちかいような文脈で語られることには私も不思議さは感じていた。
取引相手が善意かどうかは保証しない、危険な相手とかかわっても取り消せない(いずれも本文より)、といった点を解消しようとすればおのずと公的認証を求めるようになる。
「、、、非中央集権の旗印であったはずの技術が、その発展の中でむしろ既存の権力者を強化する方向に働く可能性すらあるのだ。
我々は、インターネットで一度それを目にしたばかりである」(p240)。
どんな技術も使い方次第、当たり前のことを再認識できる本。 -
Posted by ブクログ
サイバー空間での戦争が現実世界に影響を与える頻度が多くなり、近い将来にも大惨事が起こる可能性への警告本だということが、読み進めるにつれ腹落ち。
便利なネット社会は性善説で造られているが、ダークに落ちた人間にとっては、やりたい放題になる。サイバー空間のバグを米国、ロシア、中国、北朝鮮、その他多くの国が兵器として仕えてしまう根底には、性善説でつくられたネットやアプリを余りにも多くの公共物に使ってしまったことがある。マイクロソフトのバグを使ったエターナルブルーが、米国諜報機関専用のつもりが世界に広がり、米国のインフラを攻撃するのに使われたという簡単な事実から、バグを世間に内緒で兵器として使うことはリスクになることが明らかになった。今後の対策としては、facebook社の落書きにあるように、「素早く行動し、破壊せよ」から「ゆっくり行動し、クソを直せ」にサイバー世界の経済合理性を修正する必要がある。早くて粗悪なものよりも、遅くても品質優先なものに多くの金を使う世界に戻すしかない。
日本でも病院や企業のデータが人質になった犯罪が目立つようになった。OS,アプリをリリースする前に、ハッカー目線でバグを探す工程を加えることを必須とする。信頼できるコンピューティングを標榜するマイクロソフトは、今ではセキュリティ対策のリーダーと目されている。
ソフトバグは正しく動かないソフトのことと理解していて、ソフトテストは正しく動くかどうかを検証してきたが、悪用される恐れがないかをテストするように考え方を変更する必要があるが、どれほどのソフト開発企業がそれに気づいているだろうか?
今のソフトを使う限り選挙をオンラインでするのは無理があるという作者の結論に対して、この本を読む前と後で自分の結論も変化してのは、読む価値のある本であったということである。
日本の2005年サイバーセキュリティ戦略が評価されているのは意外だった。 -
Posted by ブクログ
プログラミングは異文化コミュニケーションという言葉がもっとも心に残っている。
自分とは異なる言語を理解しようとして、相手の言葉で相手にわかるように語りかける。
ヴィトゲンシュタインの言語ゲームでいう相手の言語を学ぶことなのだと感じた。
プログラミングを学ぼうと思いながらパイソンに手を出したりしたけど、うまいこといかず、ずっと迷走していたけれど、この本を読んですっきりした。
著者は実際に大学院で情報科学を教えている先生であり、その人がこんなタイトルの本を書くのか?とおもったけれど、意図としては、末端のソースコードを書く意義は低くなっているということだ。
それよりも上流にあるなぜそのプログラミングをするのかを考えることの方がよっぽど重要で、実際に著者が考えるプロジェクトを進めるにあたり大事な能力は、
論理的思考能力
問題解決能力
プロジェクトマネジメント能力
コミュニケーション能力
といったビジネスで必要なポータブルスキルに他ならなかった。
そしてさらには、なぜその課題を解決する必要があるのか?なぜその方法を使うのかなど、本質的な疑問を抱ける哲学的思考も大事だといわれていたことに、心から納得した。
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Posted by ブクログ
AI化が進む社会に対しての考察。
いたずらに個人の責任をあげつらうといった精神論ではなく、時代の流れや社会の要請の面から考えているのが新鮮だった。
著者個人としては失敗しても自分で決めたい、と述べている。しかし、今を生きる「失敗が許されない世代」に対してAI化が進む(判断を委ねる)事は仕方なく、そういう社会を作ってきたのは著者含めた先の世代の責任だとも記している。
それでも、文学(SFやアニメなど)を用いながら、このままAI化を進めていいのか考えましょうと呼びかけている。一度進めてしまった、あるいは手に入れてしまった便利さは手放せない故に。