岡田尊司のレビュー一覧
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主に夫婦の例。アスペルガーとそうでない人は180度違ったりするので、草食動物なんかがいるように、そういう性質の生き物だと思うのが良いらしい。漱石の妻もカサンドラだったが、精神科医の診察結果を聞いてから献身的に夫を支えたらしい。人間関係が苦しい理由が分かるだけでも救われるんだな。。夫と離婚する場合についてまで書かれていた。子を面会させるだけでも嫌で宿泊なんてとんでもないと思っても子供にとっては大切な経験になるかもしれない、別れた夫でも子供にとってはたった一人の父親だから悪口を聞かされるのは辛い、精神にも良くないか悪口は言わないほうが良い、等。基本、うまく夫婦生活を続けるための話が載っている。
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ネタバレこの本で書かれている父親は、どちらかというと存在が薄い父親(「父親の不在」)という観点で書かれていることもあり(私の知る範囲の「父親」は、存在感バリバリな人ばかりなので)、私にとっては正直なところあまり参考にはなりませんでした。
ただ、P52に「自己愛の強い父親は、自己愛の強いあらゆる人と同じく、優れたものや美しいものを好み、劣ったものや欠点を嫌う。わが子であろうと、優れた子どもを愛するが、劣った子どもや失敗した子どもには無関心だ。憎み、忌み、嫌うこともある。」とあって、身近に接した機能不全家族も正にこのパターンでした。
ただ、P306のあたりを読むと、父親の不在や拒否は、母親の不在や拒否よりも克服しやすいそうです(父親との関係は、母親との関係よりも距離が遠いことが普通なので、その分、距離やダメージが小さくなるそうです)。父親の存在って・・・。 -
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この手の分野では必ず紹介されるほど、長く読まれてきた名著である。
職場を見渡しても、「あぁ、この人は…」というのは容易にみつかるものであるが、(特に自己愛性や反社会性の人に対し)正しい接し方がわからず、非常に困っていた。
この問題について、パーソナリティ障害をさらにタイプ別に分け、その付き合い方について指向されており、ノウハウとして非常に役立つものである。
ただ、すこし学術的、分析的なところもあり、実践としてはあわせて「べビー社員―職場をイライラさせる幼稚な人の深層心理」や「プライドが高くて迷惑な人」なども合わせて読むと効果的かと思う。 -
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一つの桎梏から逃れれば、次の桎梏に捕らえられる、ということなのだろうか。
例えば戦前の大家族、もちろん良い面も語られる一方で、その中で生きていく息苦しさはさぞや大変だったろうと想像する。
結婚した頃(今から四半世紀前)すでに「昔は姑に仕える、と言われたのよ、」と上の世代の女性たちから多少のやっかみを込めた感じで言われたものだった。あなた達はいいわね、と。
2020、家族の結びつきはその頃より更に希薄になり、お年寄りを介護施設や老人ホームにお願いすることに余り気持ちの負担も感じないで済むようになった。
世の中が人を作り、人が世の中を作る、その循環はとどまることがない。私達は、この大きなうねりに身を任すしかないのだろうか。
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うつや発達障害など、近年増えてきた事例の原因ではないかとされる「愛着障害」の仕組みや症状などを例を交えて説明している。
「親の愛がないと発達障害になる」のような非科学的な説明ではなく、オキシトシンというホルモンの働きによるものだと、わかりやすく伝えている。
詳しい治療法は載っていないため、治療法については別の本が必要だろう。
人を幸福にするためには3つの生物学的な作用があり、一つは満腹になったり、性的な興奮時に分泌されるエンドルフィン、二つ目は困難な目的を達成したときに出るドーパミン、三つ目は愛する者(人間やペットでもいいらしい)と触れ合う時にでるオキシトシン。愛着障害になるとオキシトシンに対する感受性が悪くなるために、他の2つで快感を得る他なくなり、例えば過食や性欲を満たしエンドルフィンで満たすか、もしくはひたすら努力してドーパミンで満たすかしかなくなるそうだ。
この仕組みは非常にわかりやすく、納得の行くものだった。
しかし、元にするデータが昔のもので、いわゆる「男は仕事、女は育児」が当然である時代のデータがメインのためか、愛着障害の原因の親が母親しかいないかのように書かれており、例えば母親と別れた父親が子供を一人で育てた場合、十分ケアすれば愛着障害は起こらないのか、それとも母親というものがいない限りは絶対に愛着障害は起きてしまうのか、そこには特に触れられていなかった。本書の説明からすると、男親だろうと女親だろうと関係なく、適切に養育できれば愛着障害は起きないような気はするが。 -
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大学で保育について学ぶ学科に所属して愛着のことを学んでいたため、気になり読みました。
私はパートナーに依存しやすく、相手の表情に非常に敏感なため、この本に出てくる女の子の莎菜ちゃんと同じ『不安型』タイプやと思っていました。ですが、巻末についている診断テストをした結果、まさかの『恐れ・回避型』でした。『不安型』と『回避型』の面の両方ともあるなと思いながら読み進めてはいましたが、てっきり『不安型』だろうと思っていたので驚きました。
この本には、自分の愛着スタイルを知るための診断テストがついていたり、マンガと文章の両方での説明があるためわかりやすかったりと、良い点が多く見られました。
しかし、私のように、愛着についてすでに学んだ人が読むのであれば、最終章あたりまでは既知のことばかりのため、自分や身近な人が愛着障害を持っている場合でない限り、読む必要性は感じませんでした。
総評としては、愛着について知らない人が読むのであれば、途中の説明文のところが読みにくいかもしれませんが、全体的には非常にわかりやすかったのでおすすめです。
ですが、愛着についてすでに学んだ人が読むのであれば、身近な人に愛着障害を持つ人がいない限り、読む必要はないと思いました。 -
購入済み
適応障害
この本を読みまして、非常に勉強になりました。
内容は専門的で、少し難しいところもありますが、非常に良い本だと思いました。
色々なタイプに合わせて分析をしており、タイプ別に自分にあった対処法がありました。
これからこの本を活かして、治療に望みたいと思います。 -
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ネタバレ自称「24時間喜怒哀楽人間」の私です。つまり共感型。
子どもの頃から人が好きで、友達が好きで、ワイワイ騒ぐのが大好きな私は、「回避型人類」とは対極です。
近い将来、回避型人類が世にはびこるという。
ビジネス界では、回避型が共感型より優位に立つようになってきたという。確かに効率的で、生産性が高いかもしれません。
リビングに家族全員が揃っていても、銘々にスマホやタブレットの中の世界に没頭している、そんな現代は、確かに回避型人類が増殖中と言えるでしょう。
キレる人が暴走してしまうニュースが絶えないのも、もはや回避型人類が広まっている証左かもしれません。 -
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ネタバレ同著者の『ササっとわかるパーソナリティ障害』からより理解を深めたい方におすすめの一冊。各パーソナリティ障害の特徴と背景、接し方、克服のポイントについてまとめられている。
パーソナリティ障害の根底には自己愛の問題がある。その生きづらさを補う防衛のために偏った認知行動スタイルがパーソナリティ障害である。それが個人により様々な形で現れるため、10種類も細分化されているが、どのタイプも急激なストレスなどにより自己愛の防衛が崩れたら境界性パーソナリティ障害の様相を帯びる。
他の方も指摘されている通り、この本は全タイプの総論のようなものなので、特に重要な(と言ったら語弊があるが)境界性や自己愛性については、単独で扱った本でも勉強する必要があると思う。 -
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「最近の若者は、理解出来ない」というフレーズは、どの時代にもあったと思います。遥か昔、「新人類」という言葉がありました。これは、戦後教育と戦前教育の断絶を言い当てた上手い表現だと思いました。
では、ネオサピエンスは、どうでしょうか?
私の評価では、タイトル負けしているという印象です。ただ、この著作は、最近少し話題になったユヴァル・ノア・ハラリ(Yuval Noah Harari)
1976年生まれの歴史学者の著作の二番煎じなのは、否めないです。もちろんこれは、何の問題もありません。
個人的に好きな作家なので、楽しく読みました。著者の問題意識は、ネオサピエンス以前の知的水準が非常に高い人が持っていたものです。いわゆる教養があり、またコミュニケーション能力や専門性も高い、成功者に多いタイプです。
IT革命以後に生まれた子と、そのまっただ中で思春期を送った子、また成人以後に、そのインパクトや社会変化を生きてきた人では、それぞれの「進化」は、全然違うでしょう。
私の場合は、思春期の10代にウインドウズ95に遭遇した世代なので、進化としては、中途半端だと思ってます。以後に生まれ、現在社会人になった人、また街で遭遇する若い子を見かけたり、テレビやネットニュース、書籍で10代、20代の事件、犯罪、社会問題を見聞きすると、確かに、自分らの世代とは、「進化がかなり異なる」と思います。
私は、彼らの一部に関して、多大なる違和感を感じます。この違和感を、なかなか言葉にすることが出来なかったのですか、この著作を読んで、なるほどなという考察が沢山されていました。
本質的に交流なんて出来ないこと、
つまり、彼らの交流と私が考える交流の性質が、
全く異なるとわかりました。
IT革命以後、今は、スマホが登場し、
自分が好きなモノを見て、
経済的な条件がつきますが、好きなモノを買い、
SNSで好きなことを、いつでも、
どこでも、誰とでも、どんな数にも
発信できるようになり、また
無料のゲームで、いつでも、どこでも、
遊べるようにになりました。
今では、スマホ依存やSNS依存と言われる言葉もでき、皆がみな、情報革命の恩恵とそれに付随する問題の中で生きています。
このような生活環境が人間の進化にも、
多大なる影響を与えるようになるのは、
至極当然だと、納得できました。
個人的な思いとしては、
スマホなんて見ずに、自分と交流しよう、
SNSなんて、ずっとせずに、お茶でも、
飲みにいこうなんですが、こんなことは、
ネオサピエンスにとっては、意味不明でしょう。
彼らの表情や表現方法から、
旧人類が持っていた人間らしさがなくなっているのは、必然かもしれません。ただ、この人間らしさも、定義なんて存在しません。旧人類の、交流形態のイチ形態と言いましょうか。
今もこれからも、おそらく新旧で争いが、
耐えないと思います。旧人類は、ネオサピエンスを何としてもコントロールしたいと思うでしょう。
また、旧人類同士も、争いの性質を変えて、
潰しにかかるでしょう。
旧人類同士は、一応争いが起これば、
それを解決する方法がありました。
しかし、旧人類とネオサピエンスでは、
不可能でしょう。
お互い絶対的に理解できない状況だからでしょう。こういった社会を生きていかなければいけない宿命と覚悟を、この本から、学んだ気がします。共存共栄できればいいでしょう、人類の歴史を見ても、
それが、全く達成されていないことがわかります。