中村桂子のレビュー一覧
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生き物である私達
38億年前に生まれた
1個の細胞から脈々と繋がってきた
いのちひろがりや壮大さを感じさせる絵本。
まず最初、朝食の食卓に登ってきた蟻に、
排除するのではなく、作者は優しい眼差しで
蟻におはようと挨拶するところから始まり、
人類の祖先を辿っていくと、生き物は全て同じ祖先に辿りつき、蟻も人間も生き物は皆、
同じ仲間なんだと、当たり前のことだけれども、人間の優位性の中で、その感覚が抜け落ちていたなと気づかされる。
松岡達英さんの絵も素晴らしく、
生命と地球の進化についてわかりやすく、
古生代、中生代、新生代、現代と、その
当時、生きていた生き物を忠実に描いていて、
生物史としても眺めても楽しい。
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とても読みやすく、内容的にも共感できる話が多くするっと入ってきた。
現代社会は自然と切り離されており、そこに歪みが生じたり違和感を感じる人はやはり一定数いるんだなと。資本主義の競争社会を走り続け、KPIがどうとか成長だ自己啓発だ、そんなことだけを真面目に取り組み続けるのはやっぱり違くて、自分の力だけではどうにもならない自然の中に身を置いて感性に従いたいなと思った。
まずは衣食住を見直す(自分が着たいもの、食べたいものを人任せにせず作ったり)ことは今すぐにでもできる。その上で、数日でもいいから自然に入ってみたい。
2026年最初の読書だったので、今年の目標にしてみようと思った。 -
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90歳近い著者が、日本の食と農業を憂う。DNAの研究者。
書いてあることはきわめて全う。
レイチェル・カーソンやグレタ・トゥーンベリを取り上げ、
人間が地球に、自然に悪影響を及ぼす現状を綴っている。
人類が地球上の生物のてっぺんにいるなど大間違い、というスタンスから考える。
農業の未来、あるべき姿を考える。
現代のビルに囲まれた暮らしが当たり前になりつつある都会人を心配する。
・・・新しい学びはなかったかな。
序章 フラットとオープン―人間は自然の一部である(土の上、緑の中での暮らし;アメリカがお手本だった60年代 ほか)
第1章 地球沸騰化が招く「食」の危機―「なんだかおかしい」社会をつくったのは誰か(お米がありません;誰にとっても大事なもの ほか)
第2章 競争社会、効率追求の落とし穴―「幸せ」の本質に気づく(効率最優先からの脱却;内なる自然に気づく ほか)
第3章 「生命誌」の視点で生き方を選ぶ時代―人間は決して特別な存在ではない(すべての問題を、生きものとして考えよう―とくに食べものを;「食」の危機を招く3つの問題点 ほか)
第4章 持続可能な「食」と「農」の未来―「生きもの」として社会をつくり直す(旬は生きものを大事にする文化;農業の効率化の落とし穴 ほか) -
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✿ 感想 ✿
すごい、文字がいっぱいです。
まじめに、DNAについて、説明しています。
DNAのらせん構造が発見されたのは1953年。
DNAは、まだまだ研究中とのこと。
40億年ほど前の海の中に細胞があったと考えられ、そこにDNAがあったみたいです。
DNAの研究により、生き物がどのように変化してきたのかわかるとのこと。
なかなかに、すごい研究。
いろんな観点で、その研究がなにかに使われるんでしょうが、なかなかにすごい。
最後の投げかけがすごい。
「DNAの入った細胞が、40億年という長い時間をかけてつくってきたさまざまな生きものたちの世界、自分がその中にいるかけがえのない存在であることを知った今、あなたはどう生きたいと思っているかな」
✿ あらすじ ✿
・ゲノムについて
A アデニン
T チミン
G グアニン
C シトシン
・タンパク質について
・DNAの働き
DNAのはらきかたを調べることによって、生きものはみな基本的には同じ生きかたをしている仲間だといえるようになりました。
DNAは同じでありながら、つねに変わっていく。
・DNAの起源
40億年ほど前の海の中には細胞があり、そこにはDNAもあっただろう。 -
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人と自然との距離は、どんどん広がっています。
自分が生きる場所の風景、風土を大切にする。
それを意識して生きていきたいと思います。
私は星野道夫さんの写真や本が大好きで度々読んでいます。
この本でも紹介されている「遠くの自然、近くの自然」という星野道夫さんの言葉があります。
自分が都会で忙しく暮らしているこの瞬間にも、アラスカではクジラが海面からジャンプしているかもしれない、そうして自然を感じることで、少し気持ちが落ち着きます。
私は山が好きでよく行きますが、春山さんがこの本で仰っている「いのちが外に開かれる」「地続きでいる感覚」というのが、何となく理解できます。
自然に触れて、自分に見えている景色ではない自然を想うことで、少し人生が豊かになる感じがします。
そして、今の仕事においても、この本で書かれている「景色を美しくしているか」を忘れずにいたいと思いました。 -
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この本を読むと、著者のライフワークである「生命誌」の根底となる考え方がよくわかる。
僕は中村桂子先生の本は文庫、新書であれば全部読みたいと思っており、本書は2013年の出版ながらその存在をお粗末ながら、書店で偶然見つけて知った。当然、さっそく手に取る。
著者は、2011年の東日本大震災後、科学科学技術が自然と向き合っていないとこを問題視する。それは、科学技術者が漏らした「想定外」とうい言葉にある。
自然が全て解明されていないのに、特定の数字をきめて計算するうちに、人間がすべてを設定できるという気分になり、その数字の中で考えるようになる。その結果、傲慢になる。科学者が日常的な生活者としての感覚をもっていないということだ。
「人間は生きものであり、自然の中にある」ことを繰り返し主張する。「活きた自然のと一体感」が重要。
この問題の解決方法を大森荘蔵を引用し、「密画的世界」(科学による理解)と「略画的世界」(日常的感覚での世界)との「重ね描き」と説く。
最終章で、日常感覚や思想性を求められるのは研究者に限らない。政治家、官僚、企業人などすべての人が、その専門からだけでものを見るのではなく、生活者、思想家であることが求められると説く。
企業人である僕は、思わずドキリとし、この本を読む価値に改めて気づかされた。 -
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「アリとフクロウとサクラを一列に並べてどちらが進歩しているか、優れているかと順位をつけようとしても無理です。それぞれに特徴がある『多様さ』こそ生きものの神髄です。」(30-31頁)
著者が発したこの言葉をネットで見かけて、興味を持った為、本書を手に取りました。
科学的視点から生き物全ての関係と歴史を読み取ることを「生命誌」と呼び、その内容を説明しています。生物について、このレベルでしっかり勉強するのは高校の授業以来(しかも、その時は真面目に聞いていなかった)ので、とても興味深かったです。
•多様だが共通、共通だが多様
•安定だが変化し、変化するが安定
•巧妙、精密だが遊びがある
•偶然が必然となり、必然の中に偶然がある
•合理的だがムダがある
•精巧なプランが積み上げ方式でつくられる
•正常と異常に明確な境はない
一見、禅問答の様にも見える、これらの生物の特徴は、そのまま、組織づくりや人生の指針に使えそうな程、奥深いです。生命の構造や歴史を知ることは、単に実用的な技術の発展に貢献することのみならず、価値観の形成に大きく役立つのだと知り、目が覚める思いでした。 -
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松居直さんのところを中心に抜き書き。
松居 ところが、中村さんがお感じになるその実感が多くのおとなには欠けているのです。だから、日本の教育は教え過ぎる。それで知識が頭には入る。だけど心が動かない。すると好奇心が出てこない。好奇心というのは頭ではなく、最終的には気持ちですから。今の子どもたちの好奇心はほんとうに弱くなっているのじゃないかな……。
八月十五日の玉音放送を聞いた時に僕が感じたのは、「死ななくてもよくなった」ということです。でも、喜びはまったくありませんでした。戦争が終わるという実感がない。当時の男の子というのは、皆、兵隊になって戦場で死ぬ。そのために生きていたのです。生きるなんてことは学校でも教えられなかった。国のために死ぬことは十八年間、徹底的に教え込まれ、僕もそれが名誉なことだと思っていました。ところが、「戦争は終わった」と天皇が言っているのです。 戦争が終わったらなんのために生きていくのか解らない。二、三日してから、「生きるとはどういうことなのだろう?」と思った。どういうふうに生きればいいのか、さらには、いつまで生きるのかが解らない。何しろ考えたことがなかったわけです。
僕は外に出ると古本屋に行く癖があるのですが、たまたま夜に出かけて行ったら明かりを煌々とつけて商売をしている。これはやっぱり戦争が終わったんだな、と思った。
僕はレフ・トルストイ全集(『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』『復活』など)を見た時に、「この人なら生きることを教えてくれるかもしれない」と直感的に思った。それで家に帰って、親父にあれが欲しいと言うと、翌日、全二十二巻を買ってくれました。
まず『戦争と平和』から読みました。そしたら、死ぬということ、生きるということを見事に書いているのですね。こんなにいろいろな生き方があるのだ、とピンときた。その全集の八割くらい読みましたが、トルストイはいつもほんとうに生きるということを、そして死を意識してものを書いていると思った。
死ななくてよくなったことから、生きるということに気がついて、「生きる」ということが、その時から僕のテーマになったのです。毎日をどう生きるか、「今日をどう生きるか」を考えるようになりました。それが始まりです。
た。「今日を生きる」ということが大切なので、歳をとるというのは、その積み重ねです。
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赤ちゃんには意味は解らなくても、気持ちは通じる。自分に向けて朝から晩まで心地よく聞こえてくるわけですから。言葉がまだ解らなくても「聞く」ことができる。僕は、人間にとって「聞く」ということが一番重要だと思っています。
だから、絵本というのは子どもに読ませるものではない、というのが僕の編集方針なのです。絵本は、おとなが子どもに読んでやるものだと。
自分に読んでくれている人が何かを感じていることが解ると、子どもはそれに対してものすごく強い関心、好奇心を持ちますね。それは理屈ではなくて、毎日、絵本を読んでもらって、そういう体験をしていくと言葉を単なる意味だけではなく、言葉の中にもっと何かあると感じます。それが子どもの感性や思い、考えを育てていくのではないか、というのが僕の編集の基本となる考え方
大切なのは、直接に読まれたり、語られたりする言葉。思いがこもっている言葉。
ほんとうによい絵は、子どもに語りかける。独特の語りで。なぜかと思った時に、「絵は全部、言葉なんだ」と編集者になってから気がついた。絵は隅から隅まで全部、言葉です。だから子どもは話や文章だけでなく、絵の中からも言葉を知る。
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僕の仕事は出版ですが、読者が耳を貸さなければ出版は成り立ちません。お書きになる先生方で成り立っているのではない。編集者でもない。どんないい本を創っても、読んでくださる方がいなければ成立しない。
正しいと思うことを正しいと言っていい。その時に、「きちんと見て、きちんと考えてある」ということが条件です。それから、以前の人たちのこともちゃんと勉強しているということも条件です。でたらめではいけない。それなら、たとえ間違えても、とても意味のある間違いになるのですね。
(略)まさに手仕事の世界です。それが今、ないんですよ。手仕事をもっとやらないといけない。仕事というのは手仕事です、編集もね。編集部の連中が机にばっかり座って仕事をしている。それで僕は、「編集は手仕事なんだから、もっと歩いて、いろんな人に会って、いろんなことに出合って、感じたり考えたりして」と話します。それも手仕事なのです。
中村) 私たちに空が生まれたのは、陸に上がったからです。そして、空を認識したら、つまり、空の存在を知ったら、やはり空へ昇ってみたくなる。地を這っているだけじゃなくてね。みんなが空へ飛び上がって、その後、私たちの仲間の脊椎動物が這い上がって、そこから鳥が出てきて。草原には、やがて林も生まれ、豊かな森もできた。 その途中で、たとえば、この絵で言うと、この部分は絶滅の危機の時期なんですが、私たちの地球には、これまでに五回ほど、生きものの絶滅の危機がありました。
司会) 五回もあったのですか。恐竜が絶滅した氷河期しか知りませんでした。
中村) ええ、そうなんです。それで、私は絵巻が大好きなものですから、これをなんとか絵巻に表わしたいと思いました。「五億年前の地球」というのは、だれも見たことがないわけですね。それを絵に描きたいと思った。「五億年前は岩ばっかりだったのですよ」などと口で言うことはできます。でも、それをどうやって描くかとなるととてもむずかしくて。科学者ですから、現代の科学で解っていることは全部描く。インチキなことは描かないと決心をして、どういう絵を描くか考えました。 しかも自分では描けませんから、イラストレーターの方に説明をして描いていただくのは、とっても大変で三年かかりました。いっしょに取り組んだ若い仲間は、どういう絵を描くかということをイラストレーターに伝えるために、川原に行って寝転がって写真を撮った。虫が上がって行った時の眼は、自分が川辺の原っぱで寝転がって写真を撮らないと説明できないと言ってね。あちこち出かけては、これが虫の眼で撮った写真ですと見せてくれる。 するとおもしろいものですね。最初はなんだか解らない絵を描いていたのですが、それをやっているうちに、だんだんイラストレーターの中でイメージができあがるのです。それで私たちが見ても、これならと思う絵が描けていくのです。完璧に正しいかどうかは解りませんが、現時点での科学の事実は全部入った五億年の生物上陸絵巻ができあがりました。
松居) 中村さんすごいです、あなたは優れた編集者でもありますね。
中村) この経験はほんとうにおもしろかったです。三年間、生命科学の五億年について勉強するのと、それを表現する人と、いかに表現するかを練っていく人の両方でした。
松居) ああ、そうでしょうねえ。解りますよ。それで編集者はやめられないのですよ。
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自分的にはマット・リドレー『赤の女王』からの二作目。
『赤の女王』がとても面白かったので。
面白さ、とっつきやすさで言えば、『赤の女王』の方が自分的には良かったかな、と思うが、本書もとても興味深い。
テーマは、「生まれか育ちか」。
人は、本テーマに関わらず、二元論が大好きで2つのうちどちらかにカテゴライズしたがる。だがどちらも影響するんだよ、というのがメインメッセージ。実例やこれまでの研究結果などとともに何故どちらもなのか、といった根拠を展開していく。
持論と書いたが、私から見ると充分に客観的で納得できる主張で、読んでいてストレスがない。
展開される過去の研究結果や実例もわかりやすく説明されているため(それは翻訳者の功績も大きいと推測される)、専門的な事柄を扱っているにもかかわらず、読者も置き去りにされることがない。
『やわらかな遺伝子』というタイトルは、とてもアイキャッチーで美しいタイトルで秀逸な言葉の選択だなと個人的には考える。
原題が『Nature via Nurture』ということで、初めこそ「全然違う!」と感じたものの、巻末の変更の理由を読んで、原題から直訳する際のもどかしさを理解をした。であれば、いっそきれいなタイトルに変更するのは一つの選択であろう。
ただ、”やわらかな”という表現が、訳者独自の理解に基づいている気がして、そこが若干モヤモヤするところではある。
だが、そういったことは些末な点で、とても面白く人に進められる良書であることは間違いない。