井上章一のレビュー一覧
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歴史学者ではなく、建築が専門である著者の初歩的な疑問、つまり、外国人から聞かれた法隆寺の建設時の時代区分から出発し、その疑問点を書き綴っていくのだが、関西人であり、京都人である著者のユーモアあふれる書きぶりがとっても面白かった。内容は以下のとおり。
1宮崎市定にさそわれて
2内藤湖南から脈々と
3ソビエトの日本史とマルクス主義
4弥生に神殿はあったのか
5キリスト教と、仏教
6応仁の乱
7鎌倉時代はほんとうに鎌倉の時代だったのか
8江戸から明治の頼朝像
9ゲルマニアになぞらえて
10平泉澄と石母正
11東と西の歴史学
12京都からの中世史
13ライシャワーの封建制
14司馬遼太郎よ、お前もか
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そう言えば最近、街中で見かけないなと軽い気持ちで手にとったのだが、読めば読むほど奥が深い。
本書『霊柩車の誕生』は1984年に刊行。その後1990年の新版を経て、この度三回目の増補新板となった、知る人ぞ知る名著である。路上から消えゆく今を起点に変遷を辿ると、その誕生をもって”終わりの始まり”を意味していたということがよく分かる。
霊柩車とは、文字通り遺体をおさめた霊柩を運搬する自動車のことを指す。多くの人がイメージされる霊柩車は、荷台部分が伝統的な和風建築のスタイルで形づくられ、屋根には唐破風がかけられているものであるだろう。これは通常、宮型霊柩車と呼ばれるものである。
上半身が神社仏閣 -
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1910年代〜現代までの、女性の下着の文化風俗史。「時代が下るにつれ、女性は大胆で開放的、性的に放埒になった」という、あの俗耳になじんだ女性史を覆す洞見に満ちている。
1950年代以降、女性用下着はズロース(股引、猿股のような下着。詳しくはググってくれ)に代わって、現在のようなパンティが普及した。が、日本では、このカラー展開したオシャレなパンティが娼婦用、浮気用と見なされる度合いが高かったという。下着に「娼婦用」「浮気用」いった自閉的な幻想を抱くようになった女性が、それを見えるてしまうこと(パンチラ)を恥ずかしがる心性が、そこで初めて生まれた。とりもなおさず、このとき初めて、男性にもパンチラ -
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長らく和装の生活を送ってきた女性たち。
急に洋装が取り入れられてもパンツがはかれるようになるまでは、
時間がかかった。「パンツ」普及に至るまでの時代の流れと、
感性の変化を多くの資料から考察し、語る。
1 白木屋ズロース伝説は、こうしてつくられた
2 パンツをはかなかったころの女たち
3 ズロースがきらわれたのは、どうしてか
4 「みだら」な女も、はいていた
5 パンチラをよろこぶ感情が、めばえるまで
6 ズロースからパンティへ
7 くろうと筋からの風俗史
8 一九五〇年代パンチラ革命説
主要参考文献有り。
白木屋ズロース伝説の真相の検証から始まる女性の「パンツ」考。
洋装が取り入れられても -
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和装と洋装の狭間で、褌は如何様に扱われたのか?
明治期の近代化から現代へ、男性の下着風俗について、語る。
1 女はあとまわし 2 男が洋服に着がえる時 3 たたかう洋服
4 およぐ時は、またべつで 5 ジェンダーギャップの別局面
6 ベルリンに褌はかがいて 7 華族の下半身
8 女人退散のいでたちに 9 褌の黄昏 10 褌かサルマタか
11 河をこえて 12 アメリカの影 13 戦争美術の可能性
14 上着と下着 15 下着の転換期 16 見上げれば、屋根屋の褌
17 神事では 18 国粋か造反か 19 女にも褌を
20 海のむこうでは
文明開化の始まりから、男性の洋装化は浸透していったが、
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建築家・京都市美術館館長の青木淳と国際日本文化研究センター所長の井上章一による東京に対する思い。
コロナウイルスまん延により、オフィスワークの中で、リモートワークが推奨されるようになった。中には都内のオフィス契約を解約して地方に移転する企業も出てきた。
リモートで仕事できるなら都内にこだわる必要はないし、社員も自分の好きなところで仕事できるからいいだろう。
しかし、井上は「東京ばなれ」を疑っている。都内にオフィスを構えることのできる会社だと見栄をはれるので、そう簡単になくならないと指摘している。
明治維新によって新たな建物が作られたことに注目している。それ