井上章一のレビュー一覧
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京都市ではあるけれども「洛外」の嵯峨に育ち、現在は宇治に暮らしている著者が、「洛中」の人びとの差別意識に対するルサンチマンをみずから笑いながら、京都について語っている本です。
国立民族学博物館には日本全国の方言で「桃太郎」を語る音声が流される装置があり、「京都府京都市」の音声は西陣出身で民博初代館長の梅棹忠夫本人の声が録音されています。梅棹の評伝などでもこのことは触れられており、京都生まれである梅棹の自意識が指摘されているのですが、著者は「全国の方言がまんべんなく録音されたこの装置に接し、多くの来館者は思うだろう。お国言葉に優劣をつけない、公平かつ民主的なしかけであると。猫をかぶったとしか言 -
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中々面白い。
不美人を擁護する為に修身などでは美人を鼻もちならないと貶して貶めていた明治時代。美人は女学校で見染められどんどん嫁いで行き、卒業できるのは不美人の卒業面のみ。カッチリした階級制度を美人が飛び越えていくのが面白くなかったのだろう。
戦争を挟み、美人の幅は広がっていったが、美人は高学歴にはいないなどの偏見は続く。
美人の種類はたくさんあっても不美人の種類はまさにブスだけ。かわいいブスもいなければ冷たいブスもいない、南国のブスもいなければ、秋田ブスもいない。ただ十把一絡げにブとスの2つの文字で構成された言葉で大胆に評価されてしまう。笑
美人は3日で飽きるという言葉がある。だが美人を -
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ネタバレガラシャ夫人は絶世の美女だったのかは何処にも書いてはいない
では、なぜヨーロッパ中に、忠興の虐待に耐えながらも宗教に準じて、最後には死に至るガラシャ夫人の音楽劇がイエズス会の手により作られたのか?
全ては情報を発信する側の都合による
イエズス会の設立とその直後の世界戦略は中々はかどらない
神の僕として信仰するレベルの人間は未開の地には無く、ようやく日本にてザビエルは見つけたのだ
それが信長の下で結実しかけた時の「本能寺の変」
全ては崩壊した(立花京子はこのイエズス会の歎きを知りつつも、信長暗殺の黒幕としたのはナゼだろう)
苦境の中に一筋の光明が・・・丹後大名夫人がキリスト教に知的好奇心から足 -
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京都は性的にも時代の最先端を行っていた歴史について「軽い」タッチで書かれていた本。
官能篇とあるけれど、別にドギツイことはなかったです。
京おんなについて全部書かれてなんていないので、むしろ本の帯が良くない。
出版社の宣伝間違いでむしろ評価が下がったのでは?(苦笑)
文章は軽いんだけど、内容は薄そうに見えて微妙に通なので、ある意味、京都の街をある程度知っている人のほうが楽しく読めるかもしれません。
島原にある元遊郭の角屋の建物の造りに桂離宮との共通点があると以前雑誌に書こうとしたら、宮内庁からめっちゃ抗議されて、そのような文章を載せる出版社には今後一切宮内庁が管理する建物の写真を使わせな -
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Posted by ブクログ
えーっと、
京都の人は洛中に生まれ育って住んでいるものが京都人で、
育ったのが洛外の嵯峨では、洛中人から「田舎者」とさげすまれるそうだ。
立派な町屋に住む名家の九代目当主が、嵯峨におい育った著者に
「昔、あのあたりにいるお百姓さんが、うちへよう肥をくみにきてくれたんや」
といけずを言われたという。
ええー、他地方から見れば嵯峨も京都のうちでしょうに
こういう狭い心の、いやらしいのが京都の「都人」だとこの本は言う。
洛中人は「とにかくみんな中華意識が強い。」
ま、そう書きながらこの書き手の方は京都賛美をしているようでもあり、アマノジャクでもあり
このエッセイストの口癖(この本に