山本博文のレビュー一覧
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赤穂四十七士が討ち入りを決行したのは、元禄15年12月14日(旧暦)のことである。
ことの発端は、彼らの主君、浅野内匠頭が江戸城松之大廊下で吉良上野介に斬りかかる刃傷事件を起こしたこと。殿中で刀を抜いたのだから、何らかの沙汰が下されるのは当然のこととしても、幕府が命じた処分は、内匠頭は切腹、一方の吉良にはまったくお咎めなしという、いささか平等性を欠くものであった。
喧嘩両成敗ではないのか。浅野家家臣は怒った。どうすべきか、家中でも議論が噴出した。だが、ひとまず、内匠頭の弟を主君としたお家再興を目して、赤穂藩士らは城を明け渡すことにする。
だが、結局のところ、浅野家再興はならなかった。さらには、 -
教科書には書かれていない江戸時代
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Posted by ブクログ
武士道と生きてきた日本人たちのの実例集
日本人が何を大事にしてきたか、それらをどう発揮してきたかを実例を交えながら解説している。
西洋の文化から見ると異様な光景でも、東洋の考えではよくあることだし、
深く考え本質を探れば似た要素もある。
武士道の要素を解説する中で、いろんな西洋圏の人の本を持ち出しながら同じ感性を持つと伝えている。
そんな日本人紹介本
義:道理に従い、ためらわず決断する心
義理:厳しい監督者、ムチを手にして怠け者に役割を果たさせる存在
勇気:生きるべきときに生き、死ぬべきときにのみ死ぬ
義がすぎると硬直的となり、仁がすぎると弱さに溺れる
礼:他人の気持ちを思いやる心の現れ、物