井上ひさしのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
「円生と志ん生」は2005年に上演した井上ひさしさんの戯曲。
当然ながら上演はこまつ座で、確か初演を観た記憶があります。
あまりにも有名な(落語ファン、というより「落後史ファン」にとっては、ですが)、「古今亭志ん生と三遊亭円生が、戦後直後に満州から帰国できずに散々苦労をした」、という実話の演劇化です。
ちょうどつい最近NHKのドラマで「どこにも無い国」という、まさにこの時期のお話がやっていて、なかなか映像にならない「戦後直後の新京や大連の無政府状態」が観られて、興味深かったです。
あらすじでいうと、本当に割と叙事的で。
ただ、苦労と放浪の中でも、とにかく落語を演じるという工夫や情熱に賭けるふたりの姿、というのがちょっと胸アツ。
ただ、実話としてのパンチ力も含めて、志ん生と円生、それぞれの自伝を活字で読んだ方が圧巻。
そういう意味では、終わりの淡々とした感じも含めて、井上戯曲としては、「大傑作」というグループには入らないと思いました。
(今回ちょっと縁があって活字で再読して、改めて思いました)
ただ、実話の悲惨さに対してあるリスペクトと鎮魂の感覚で、このくらいに叙事的にしか語れない、という作者の距離感のなせる意図かもしれません。ひょっとしてまた年月を経て巡り合ったら、このくらいのほうが気持ちいい、ということもあり得るのが読書の醍醐味だったりもします。
ちなみに、井上ひさしさんの「文学作品」としても、実は戯曲がいちばんなのでは?と僕は思っているのですが、
(無論、それを上演された演劇を生で見る、というのがベストなのでしょうが)
個人的には「雨」「化粧」「きらめく星座」「闇に咲く花」「人間合格」「父と暮らせば」「紙屋町さくらホテル」あたりが大好きです。
また、未読、未見の戯曲演劇も多数あるので今後、読むなり再演を観るなり、というのが長く細くの楽しみであります。 -
Posted by ブクログ
複数巻の長編を平行に読破しよう月間。収集がつかなくなってきてますが、新たに投入。
言い間違いが原因で、ある夜突然ネコに変身してしまった小学校六年生が、銀座・有楽町界隈のネコとネズミの小競り合いの解決に乗り出す。
井上ひさしでヒトの言葉のわかる動物モノというと、ドン松五郎のような子供向けかと思うし、講談調に細かく章分けしてテンポ良く進むのも同じ。
ただ、内容的にはワルノリメインなところが強く、本作はどっちかいうと「吉里吉里人」のような大人向けSFと言った方が良いのかもしれない。
結構厚い本2冊組だが、上巻の本旨は非常にシンプルで、なんで厚くなったかといえば、事あるごとにダジャレの羅列、落語のネタ折り込み、いろんな資料から書き写しである。ひどいのは、昭和27年の銀座にあった店を延々4ページか5ページに渡って羅列するだけという、連載だったら怒られそうな内容も含む。
昭和51年という時代を背景として、とある手続きを踏むことでネコ(ネズミ)の世界のスーパーヒーローになり、6時間で戻るというあたりは、「ドン松五郎」のような動物メインというよりは、仮面ライダーなどの変身ヒーローものが下敷きにあるものと思われる。
行方不明となった、小学校の同級生は果たして見つかるのか?上巻の終わり方としては無難。名作と言うにはちょっとね。 -
Posted by ブクログ
井上ひさしの博識と問題の切り口、設定の仕方の巧みさにただただ脱帽だった。
本書を著したのが1985年と自分が生まれる前年にも拘わらずテーマとしている問題意識が全く古めかしく思えない。
期せずして安保関連法が物議を醸した正に同じタイミングで読んだことで井上ひさしの訴えようとしている課題の一端を強く共有することが出来たと思う。
個別には特効薬、特に虫歯(および歯医者)に関する論点が素敵だった。
虫歯の特効薬が発明される。
すると「全世界の歯科医師や歯科技工士が失業しますよ。残るのはごく一部の、美容師まがいの歯科医師。つまり細々と派の手入れをさせてもらうしかなくなります。歯科用の医療機器商も潰れましょう。世界的な社会問題になりますよ。」(pg.55)と厚生省の役人が嘆く。
特定分野の技術開発がもたらす社会的な影響に考えを巡らせてくれるきっかけを与えてくれる。ラングドンウィナーの「技術の政治性」を日本的視点から論じているようだ。この視点は「組織の自己保存」にも繋がるのではないか。歩留まりの改善を主業務にしている技術者が、仮に100%の歩留まりを達成する技術を開発したら自分の職を潰すことになるその技術を果たして公にするのだろうか。また、そのような技術を開発するインセンティブは発生するのだろうか。
率直に面白かったのは以下の記述。
「わたしはね、七十や八十の老人がマラソンなんかして体を鍛えているのを見るとぞっとするんだ。薄みっともない、恥を知りなさいってんだ。いったい、いくつまで生きてりゃ気が済むのか。自分と同じ世代の人間で、戦争や病気で早死にした人たちのこともちっとは考えてみるがいい。また自分より若い人たちの邪魔をしていないだろうか、たえずそう反省して、ひそかに余生を送ってはどうなのだ。」(pg.68)
こんなこと、空気を読むことが絶対の今の世の中では思っていたとしても口になんてできやしない。それを小説の中で痛快に言い放ってしまうあけすけなこの小説は読んでいてとても楽しかった。
※ちなみに★三つ評価は少々長すぎて読みつかれてしまったから…。