井上ひさしのレビュー一覧
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ネタバレ日本語に関する質問に答えるかたちで書かれているもの。もともと週刊朝日で掲載されていたものをまとめたもののようですが、詳しいことは書かれていないのでその経緯はよくわかりません。
ことばの意味から形容動詞の捉え方。慣用句を訳すにはどうすればいいか?など質問は多岐に渡ります。
普通に使ってしまっていたけど、その日本語は変だったのか、と気がつかされたり。言われてみれば・・・と改めて考えさせられたり。私ならば・・・と読みながら反論してみたり。もう少し大事にことばを使っていかなければ、と思わせてくれます。
あと、個人的には「」の中の句読点(文末の。)の話が以前から気になっていたので解決できてよかったです。 -
Posted by ブクログ
随分まえに、(三)を読み終わっていて、
(四)もかなり前から本棚で出番をまっていてくれていた。
面白いから読んでいるので、続きを忘れてしまうことはなかったのだけれど、そろそろ前に進もうかと思い、手に取った。
そもそも伊能忠敬がきになって仕方なかったので、
佐原にいってみて、父からこの本の存在を聞いたのが読み始めたきっかけ。
あまりにちゃんと読みたくて、井上ひさし自ら著した解説本のような文庫も買い、そこからきちんと読み始めたのだった。
(四)は蝦夷地の測量を終えて江戸にもどった伊能忠敬が、
再び測量の旅に出るところから始まる。
今回は、俳句やら古文やらが多く、読み進みにくいのは確かなのだが、
史実に基づいた測量の記録に合わせて、夜更けや朝方に起こる事件の数々(フィクション)がぐいぐいと引っ張ってくれるので読みやすい。
武士ではない、百姓が主人公の歴史小説という視点からは主人公がヒーローになってしまわないので面白いし、
歴史上の実在した人物であるという点では、資料も他に多くあり、ひきつけられる。
全巻読み終わる前に著者がなくなってしまったことが、何だかとてもさみしい。 -
Posted by ブクログ
笑劇の基本的なパターンは、「騙す者」vs「騙される者」の対立
コミュニケーション手段であるはずの言葉が、逆に、ディスコミュニケーション、あるいは「対立」のための手段に、さらには、人をペテンにかけるための方策になり変わっていく
言葉は、日常生活の中で何の疑問もなく使用する場合には、いわゆる極り文句として、表面的な意志の疎通手段として便利なメディアである。しかし、それは絶えず、陳腐で弾力性のない表現手段に転化する危険性を帯びている。そうした陳腐な媒体に成り下がることから言葉を救うのが、狂言を始めとして井上作品に至るまでの笑劇の伝統に連綿として伝えられた使命
同音異義、つまりダジャレは、言葉及びそれをとりまくディスクール(表現のパターン)を浮遊状態に移行させるという役割を担っている
井上コントの8割は、この同音異義による言葉のトリックに頼っている
言葉と言葉のダジャレを介した出会いによって、それぞれの言葉は、それらが本来属していた文脈から切り離されて、新しい文脈を作る。この文脈の中で、言葉はより大きな広がりの中に意味の宇宙を解き放つ -
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先日井上ひさしさんが亡くなって、あわてて読んでみる私。
私は井上ひさしさんの戯曲がとても好きでしたから、
この人がどんなことを考えているのか知りたくなりました。
そして分かったのはたいそうな勉強家でおられたということ。
そしてそんな中から様々な角度をもって発想され、
今日まであれらの戯曲を書き連ねて来られたのだと分かりました。
吉野作造の「兄おとうと」読んでみたくなりました。
ただ、野球の話題が多かったり、私にはよく分からないことですから笑、
その分退屈に思う箇所もございました。
一般の方だと思うのですが、その方のお書きになった「解説」が、
これまた素晴らしい解説です。
解説が一等上等なくらいかもしれません笑 -
Posted by ブクログ
79/100 No.62「長門有希の100冊」
文庫本3冊で1500ページオーバー、読破するのに正味6日間かかった。
読み終えた感想は、突飛なお話と予想外の展開で面白いとは思うが、
如何せんお話が長すぎる、筒井ならばこれ30ページの短編だよなー
たしかに医療他、専門知識をちりばめて為になったが、そのせいかあまりストレートに笑えない。
1500ページ中、一番印象に残ったくだりは主役の小説家 古橋の生い立ちの部分。
素直に笑えた。
他はいきそうでいけない、全ての枝葉が中途半端で物切れの感じがする。
コレを読むなら筒井の短編の方が楽しめるだろー