保坂和志のレビュー一覧
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「ハレルヤ」「十三夜のコインランドリー」「こことよそ」「生きる歓び」の四篇が収録されている。
本書のあとがきには「感動したことを書く、あるいは心が激しく動いたことを書く、この本に集めた小説はすべてそういうシンプルなものです。」と書かれている。
同じ著者による『未明の闘争』でも見られたような、文法的な逸脱や論理の飛躍が本書ではより多く現れ、「融通無碍」という言葉が浮かぶ。
『未明の闘争』での逸脱や飛躍は、読者の意識を操作するための意図的なものだというようなことを保坂はどこかで書いていたと思うが、本書でのそれは、保坂がひたすら「心が激しく動いたことを書」こうとしたことから生じた副次的なものだと思う。
「こことよそ」では、保坂のかつての映画仲間の死が描かれる。映画仲間として内藤剛志や古尾谷雅人の実名が登場する。名字だけしか出てこない長崎というのは映画監督の長崎俊一、諏訪というのはおそらく俳優の諏訪太朗のことだ。諏訪と一緒に出てくるクッキーとライムというのは誰なのか。「顔を洗ったり爪を研いだりしていた」「私はクッキーやライムや追さんや諏訪たちと…ニャアニャア騒いでいた」という記述があるので映画仲間が飼っていた猫かと思うけれども、『未明の闘争』に出てくる酔っ払い2人のシーンのモデルはクッキーとライムだ、ということも書いてあってよく分からない。よく分からないので自分はあえて猫とも人とも解釈せずに読んだ。
そういえば自分が悪夢ばかりを続けて見ていた時期に、めずらしく懐かしくて温かい感じの夢を見て目が覚めたことがあって、もう内容は忘れてしまったのだけど、あれはおそらく「こことよそ」を読んだ影響だったように思う。
「生きる歓び」は「え、ここで終わるの」というところで終わる。半ば宙吊りで置き去りにされた気分にもなるが、この小説が最後に読者を置き去りにする場所は、居心地が悪くないから不思議だ。 -
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猫が登場する穏やかな生活を描く保坂和志の小説作品の中でも殊更そのモチーフや作者自身に影響を与えてきたであろう花ちゃん、その別れを記した表題作とその他様々な人や猫やものとの別れを描いた短編2篇に加え、花ちゃんとの出会いとなった過去作『生きる歓び』の計4篇が収録。弱った花ちゃんを拾って世話して元気になり、「「生きることが歓び」なのだ。」と気付かせてくれた猫は神の如き祝福を作者や家族、そして小説の読者たちに与えてきた。その猫が神の近くへ旅立つことは悲しいことだけではなく、むしろ『ハレルヤ』と思わずにはいられない感触を我々にこれからも与えてくれるだろう。
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「NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。」で紹介された、
作家たちと猫の関わりを、たっぷり盛り込んだ猫愛溢れる本。
1 はじめての猫・・・角田光代、吉田修一
2 いつでも猫・・・村山由佳、柚月裕子
3 これからも猫・・・保坂和志、養老孟司
猫対談、猫写真、猫作品(小説、エッセイ、短編)での構成。
「NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。」紹介有り。
PROFILEは作者と猫たちを紹介。
インタビューでは、著作に関する話と飼い猫の話。
あ、飼い・・・じゃなくて相棒とか家族っていった感じですね~。
それらと小説、エッセイ、短編には、猫に対する眼差しと
愛を感じる言葉が迸っています。そして作家と彼らの写真。
愛猫の前では、なんて素直な表情を出してしまうのでしょう。
それは猫たちも同様。同じ空間にいるときのリラックスぶり、
保坂さんの外猫シロも触らせてくれないようでも、自分の舌と
彼の指に感覚を残してくれる。
なにより、彼らの写真のステキなこと。
この本に接する読者にも癒しを与えてくれます。 -
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ネタバレ社会派、ミステリー、殺人、恋愛等々、様々なジャンルのもの書きの人達。
年代もタイプも違うのに共通していることは"猫好き"。
そして揃いも揃ってもみんな"もふもふ"の猫達。
飼い猫と一緒にくつろぐ姿や猫を見つめる優しい眼差し。
写真を見ているこちらも、つい微笑んでしまう。
各々の巻末にある猫エッセイや短編からも猫愛が真っ直ぐ伝わってくる。
生活を変えてくれた存在でもあり、昼寝仲間でもあり、相思相愛の同志でもある猫達は、顔を見ていれば、ただそこに居てくれればそれでいい、大切な存在。
もの書きの傍らにいる猫達から安らぎと癒しを貰った。 -
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これは…小説なのか? エッセイのような感じに思えるのですけれども、小説コーナーにあった本だからおそらく小説なのでしょう…。
ヽ(・ω・)/ズコー
私小説みたいなものですかねぇ? まあ、それはともかく相も変わらずの保坂節でして、何の事件も起こりませんねぇ…まあ、それが保坂氏の持ち味なんですけれども、こうも何も起こらない小説ですと読み手を選びそうなことだけは確かです。
ヽ(・ω・)/ズコー
まあ、僕は慣れていますからいいんですけれど…そうですねぇ、結構アレですね、慣れたら保坂氏の文章は心地よいですよ! まさに読書の喜び、みたいなものを教えてくれる作家さんだと思います…。
さようなら…。
ヽ(・ω・)/ズコー -
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10年くらい前に読んだ時に、この本で紹介されている、田中小実昌「ポロポロ」、アフリカ文学のエイモス・チュツオーラ「やし酒飲み」に衝撃を受けた、この2作品を紹介しているだけで、この本が確かな本であることを感じた。
前回読んだ時にはあまりグッとこなかったフレーズが、今は心に響くものが多々あった。(人は歳を取り、感じ方が変わるから。経験を得ることで、若々しい張りのある気分がうすれ、また同時に人の醜さ弱さを受け入れられるようになるから)
逆に、前回はあまり感じなかった、ロジカルなくどさのようなものも感じた。(哲学に対する叙述など。)
小説は1970年代ですでに飽和している、これから小説を書くにあたり、いかに新たな表現をするか、を考えながら小説を書かないといけない。と。
保坂さんの、小説に対する真摯な態度がビシビシ伝わってくる。 -
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「いつかは小説家」、そう思ってる人も多いだろう。私もそのうちのひとりだ。とはいえ本書は「書きあぐねている人」へのハウツー本ではない。一定の着想やプロットの齧りは説明しながらも、「本書を忠実に守る人は成功しない」と語っている。本書は小説に対する著者の愛溢れる本であり、これから小説家を志す人へのエールである。私自身、本書を読むことで小説とは何なのか、多少腑に落ちた理解を得られた気がする。
同時期に春樹氏の『職業としての小説家』を読んだが、「とにかくたくさん本を読め」「伝えたいことが要約できたら小説なんか要らない」「小説を読んでるプロセスが小説の楽しみ」などなど、全く作風も考え方も違いそうな保坂氏と村上氏が同じことを語っているのはなかなか面白い。 -
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物語の現前性という言葉が、純文学を堪能するためのフィルターというのはすごくしっくりきた。あるものをあるがままに。メタレベルで小説を読み解こうとするからダメなんだな。現実と混淆する物語ではないんだな。決して交わることのないパラレルな世界が広がっていて、そこにあるものを新しい視点で。読み方は頭では理解できた。しかし、その楽しみ方が出来るかどうかは甚だ不安である。小説が考えを深化させていくものだというのもなるほどーと嘆息。だけど、腑に落ちない。考えを深めるだけなら、他人にお金を払ってまで読んでもらおうとしなくても、一人で書いていればそれでよろしいやん。書きながら考える。書いたことで考えられる。アウグスティヌスの例は秀逸。読みながら思考する作品が確かに存在することが分かる。アレなら買うわ。矛盾してるけど。
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Posted by ブクログ
小説家志望者だけじゃなくて、漫画家志望者も、あるいは編集者もみんな読むといいと思った。
P21 …「まったくわからない」芸術に出くわすと、人はその制作者に向かって、よく「その意図を説明せよ」と言うけれど、それはとても無意味なことだ。日常の言葉で説明できてしまえるような芸術(小説)は、もはや芸術(小説)ではない。日常の言葉で説明できないからこそ、芸術(小説)はその形をとっているのだ。日常と芸術の関係を端的に言えば、日常が芸術(小説)を説明するのではなく、芸術(小説)が日常を照らす。
P23 …「面白い小説」のほめ言葉として、よく「一気に読んだ」というのがあるけれど、だからそれはほめ言葉ではない。そういう小説は、すでにある面白さ、すでに読者が知っている面白さに則って書かれているわけで、これは私の考える小説の面白さではない。
それに、そもそもの話、「一気に読める」ということは、早くその小説の世界から出てしまうということで、本当に面白い小説なら、そんなに早くその世界から出たいとは思わないはずではないか。
P25 …そもそもの話、べつに私が書かなくても、すでに小説はあるわけで、その上で、いったい私は何を書けばいいのかという疑問もわいてくる(こういう疑問というか〝ためらい〟はとても大事で、そこをその人なりにクリアしないと、小説を書き続けていくことはできないと思う)。
P36 よく「次の作品のためにネタを残しておく」という変なことを言う人がいるけれど、いま書いているものが〝第一作〟にならなかったら、二作目はない。残しておけるようなネタは、たいしたネタではない。つまり、書くに値しない。それが正しく書くに値するネタだったら、いま書いている作品にそれも入れてほしい。
P154 …人がストーリーの展開を面白いと感じられる理由は、展開が予想の範囲だからだ。その枠をこえた本当の予測不可能な展開だと、感想以前の「???」しか出てこず、面白いどころか「意外だ」と感心することすらできなくなる。
P184 自分の書いたものをせっかく書いたんだからという気持ちでかわいがっていてはダメなのです。小説家となって小説を書き続けるのだとしたら、100枚や200枚の原稿ぐらいいくらでも書けると思えなければダメなのです。
P226 本は売れるに越したことはないけれど、売れるために書くわけではない。