渡辺淳一のレビュー一覧
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渡辺淳一氏の作品は何と言うのか色っぽい作品が多いですが私が読んだことのあるこの方の作品は「花埋み」が最初だったので反対に「失楽園」などの作品にびっくりした記憶があります。
「花埋み」は日本で初めて女医さんになられた方のお話でした。
この本は野口英世の話です。
ちょっと前に星新一さんが自身のお父さんのことについて書かれたエッセイを読み、その中で野口英世に大金を貸したと言うエピソードが出てきました。ちょうど野口英世が千円札の人物になった頃彼は大変な浪費家で借金魔だったと言うような逸話がよく出てきて興味を持っていたので探して読んでみました。
一言で言うと壮絶な人生です。子供の頃私も偉人伝を読み、野口英世の幼少時の苦労や研究のがんばりを読んだものですが確かに彼の行った偉業は海外で行ったことがほとんどなのにその辺りは殆ど書かれていなかったしいかに金、生活にだらしなかったかと言った記述は皆無でした。
研究に没頭する様も並ではないし、金の使い方もとても正気とは思えない。色々な意味で型破りな人だったんだなあと思います。そういう人だからこそ研究が出来たとの考え方もありますが反対にきちんと財産を管理する人が居ればもっと何とかなったのではないかな、と思いました。
圧倒されます。色々な意味で。
読んで良かったです。 -
Posted by ブクログ
得体の知れない感動のようなものが最後にはふつふつ込み上げてきた。ここまで一人の他人(誰からしてみても他人なのだ)を解剖して、書き上げることができるのだという驚愕。
野口英世が特殊な人間だったことですら、もう後半、忘れてしまっていたような気がする。
とくに往年は、野口にとっても苦悩と不安の波だったからかもしれないが、とても人間的に写るのだ。
そこで浮き彫りになるのは、どんなに野口が努力してきたかという事実。
天才、とか、偉人、とか、なんでもない人間、野口。
やはり人間は人間だと思った。
それでも成し遂げたことがあったからこそ、こうして語り継がれる理由がある。世の中の偉人伝の人たちも、そういうことなんだと思った。
中盤、著者は野口のことを否定的なのだろうか?と思えるような描写が続いたように思えて、斜め読みしていたけれども、やはり、心底、ひとりの人間として野口にほれ込んでしまった男のひとりなのだと痛感。
そういうのって、すごい。
ほんとうに、すごい。
そして私も野口が愛おしい。ものすごく愛おしい。
不器用で、変くつで、でも純粋で無邪気な野口博士。
あなたの人間性が、こうして渡辺淳一に一冊の本を書かせた。
そうして、あなたは、完全に記述され、歴史に残った。
そんな人なかなかいないと思う。
すべてはあなたがどれだけ一生懸命生きてきたかの、不思議な因果関係だとおもいました。 -
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ほぼ一気読みをして感じたこと。 "愛を裁くことが出来るのか?"がこの小説のテーマだと思った。
上巻では泥臭いともいえる肉体を通した純粋な愛をこれでもかと言うほど書き綴り、下巻では上巻で積み上げられてきた愛を、愛とは対照的な位置にある裁判という尺度で測ることにより、より一層"愛"というテーマを浮き彫りにしている。
その結果が"愛を裁くことが出来るのか?"というテーマにたどり着いている。
ただ、裁判の展開が若干緻密さに欠けていると感じた。 同じように裁判が絡む「白い巨塔」は裁判シーンだけでも手に汗握る駆け引き・展開であり、それと比較すると若干肩透かしな感触は否めない。
本小説の最後の方で「愛の流刑地」の由来が出てくるが、まさしくこの一点に向かって小説が書き上げられたのだと思うと、エンディングには納得である。 -
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渡辺淳一氏の小説は本書が初めてである。 男と女の性愛を主軸にした物語が多い同氏の小説は以前から読みたいと思っていた。 実際のところはハードカバーは重くて手にとる気持ちが無く、文庫本になったのでやっと読もうという気になった、というのが正直なところだが・・・・
6〜7割方情事の描写で埋め尽くされているが、情事だけに流された書き方ではなく情景描写も心理描写もしっかりしており小説としてバランスが取れていると感じた。
上巻だけを取って見ると、ストーリー的な起伏は無く、逢瀬におぼれる男と女がエスカレートしていく様がつづられているだけである。 それだけに、下巻で物語としてどの様な展開を見せるのかが楽しみでは有る。
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ネタバレ【きっかけ】
昭和の時代での、自立した女性の恋愛が気になった。
【好きな箇所】
だが、遠野の鼾が苦痛でないように、30を越えて1人でいることも、修子にとってはさほど苦痛ではない。(中略)多くの人々は独身でいることを女の生き方とか人生観と結びつけて考えるようだが、修子はそれでなにも問題がなかったから、続けてきたにすぎない。
【感想】
この主人公は好きだった。昭和の女は、男性に寄りかかってしか生きられないみたいに書かれがち。男性だけに都合がよすぎるなと感じることがあったから、安心した。
遠野も、いい線をいってる大人の男性ではあったんだと思う。けど、思い通りに女が言うことを聞かないと手が出るのは、結局そこまでの器だったということ。「妻と別れることにしたのに、どうしてくれるんだ」は、ダサかったな、、切迫詰まってダンディー仮面が剥がれてしまい、結果、余計修子を醒めさせる。
2人の大きな違い。それは、いまの関係を、ファンタジーと理解していたか、いなかったか。修子はわかった上で、「メトレス」である自分を好きだったんだと思う。
何時になるかわからない相手の帰りを、深夜まで待つ。到着したら飲み物を出す。自分も同様に仕事があっても、男のために朝食を作る。男がステーキに手をつけるのを確認してから、自分も食べ始める。こんなことをやっていられるのも「メトレス」だからこそ。妻になってもキープできる接遇じゃない。
修子は遠野への愛情が、愛人関係だからこそキープできていると理解して、”いいとこどり”している自覚がちゃんとあった。一方で遠野は、妻とうまくいかなくなっても、女への憧れを捨てられなかったタイプ。常に優しく自分を受け入れてくれる修子に幻想をみていたが、求婚を断られ、醜態を晒すことになった。
渡辺淳一が、1900年代にこういう女性を描いていたのが、意外。自分の生活を気ままにコントロールできる楽しさを感じつつも、誕生日を迎えるたびに気持ちが揺らぐ修子に共感する。いまでこそ、一応はいろいろな生き方が認められるようになったけど、この時代ならなおさら肩身が狭かっただろう。選択肢が増えた分悩みも多い気がするけど、やっぱり結婚して子供を産むのが当たり前の時代は、きつい。
アラサーで1人旅の話など職場ですると「わたしがあなたくらいの歳のときなんて、子供2人抱えて働き詰めだったけどね」なんて嫌味が飛んできたことがある。その人も、世間の当たり前の風潮に逆らわず、流されただけなのかもしれない。誰にも拘束されず、自分の道を探ることにした修子、ブラボー。
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鈍感であることは生きる上で必須のスキル
2007年に発売の鈍感力の文庫版。何事にも過敏であり過ぎると、それはそれで問題になる。
夫婦で暮らすとき、男女も違えば、今までの生活スタイルも違う。
お互いに許せない行動が目に見えてぶつかることになる。
ここで、ま、これくらいいいじゃない、と気分転換して相手に攻撃を向けることなく流せる。
この能力のことをこの本では鈍感力と表現していた。
怒られた後に、翌朝以降にも気分がどんよりしている日が続くと体調にも影響が出る。しっかりと反省すべきことを反省し、失敗の原因への対策はする。気分だけはすぐに切り替えて怒ってきた相手にもあっけらかんと向き合える。そういう鈍感さは生きる上で重要な資質である。
特に印象的だったエピソードを要約で紹介します。
著者から見ても優秀で才能のあった作家が若いころに編集者に作品を見せる。反応が芳しくないことを敏感に捉えるがあまり、落ち込み少しずつ元気がなくなっていった。元気がないだけではなく、新しい作品を描くこともしていない様子だった。時の経過とともに彼を見かけることはなくなった。編集者の見る目がないと相手の所為にして愚痴を吐き出した後、立ち上がればいい。悪い評価を真に受ける過ぎることなく、いい意味で鈍感さが必要であった。 -
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人間が成功するしないかは必ずしも才能だけではない。
言い換えると、才能通りに成功するわけではない。それなりの才能は必要だが、それを大きくして磨いていくのは、したたかで鈍い鈍感力。
鈍感は才能であり、それを大きくしていく力。
だいたい、年齢をとっても元気な人は、ほとんど人の話を聞きません。
あまり他人の言うことを気にしない、聞かないところが、健康の秘訣でもある。
あまりくよくよせず、他人に嫌なことを言われてもすぐ忘れる。このいい意味での鈍さが、精神の安定と心地よさにつながり、ひいてはそれが血の流れをスムーズに保つことにもなる。
交感神経は緊張や苛々、不安などが高じるとともに血管を狭め、血圧を上げる。副交感神経はその逆。
ストレスにもいいストレス悪いストレスがある。
睡眠力こそ、人間の基本的な能力。
よく眠れること、これもまた、紛れもなく才能。数ある鈍感力のなかでも、その中心となるのが、よく眠れること。睡眠力は全ての健康と活動の源。
鈍感力を養うには、「図にのる」ということも必要。言い換えると、「いい気になる」。
自信がない時や迷った時に。あれこれ、じくじく考えてみたところで、どうにもならない。こういう時はつまらぬことは考えず、もっと大胆に、自信を持って前に進むべき。
幼い子ども、といっても、小学生や中学生ですが、こういう子どもにはどこがいいところを見つけて、必ず褒めるべき。甘やかしてはいけないが、いいところがあったら、すぐ褒めてやるべき。
どんなに優秀で才能がある子供でも、また大人でも、「お前はダメだ」「お前はバカだ」と毎日言われたら、本当にダメでバカな人間になってしまう。
言葉は大切。一つの言葉が人間を生かしもし、殺しもする。
才能はあるなし、ではなく、いかに引き出されたか否か、の違いです。
「図にのる、調子のよさ」は、はしたないことではなく、その人を大きく未来に向かって羽ばたかせるための立派な鈍感力。