○ 造花の蜜(上)
「誘拐」をテーマにしたミステリ。連城三紀彦の晩年の作品である。上巻は香奈子の子である圭太が誘拐される場面から始まる。圭太の誘拐には、香奈子の父が経営する工場従業員である川田が深く関わっている。
誘拐犯は身代金を要求するのではなく、「圭太は自分の意思でここに来た。」「俺はあの子の父親だ。」と主張してくる。香奈子は山路将彦と離婚しており、圭太の父親は山路将彦だが、誘拐犯ではない。この「父親」とは一体何を意味するのか?その後、犯人はこれまでの主張を変え、圭太の身代金として5000万円を要求する。受け渡し場所は渋谷のスクランブル交差点の真ん中
スクランブル交差点での身代金の受け渡しは失敗したように思われたが、用意されていた5000万円のうち1000万円が消失していた。そして発見・救出された圭太が漏らした一言、「お母さん、この人が誘拐犯?」。失われたはずの1000万円は圭太が持っていた。これは果たして本当に誘拐だったのか?その真相とは?
○ 造花の蜜(下)
下巻では、上巻の誘拐事件の裏側が描かれる。水絵と名乗る女性が「自分が圭太の本当の母であり、香奈子から圭太を取り戻すために誘拐したい」と川田を誘う。水絵の正体は「蘭」という女性であり、彼女は川田の正体が沼田実という長野の有力者の子であることを知り、圭太の誘拐を表向きの事件としつつ、裏では川田自身を誘拐する計画を進めていた。
物語は川田の視点で描かれるが、最終的に「蘭という希代の犯罪者による華麗な誘拐事件」の全貌が明らかになる。
造花の蜜の後には短編「最後で最大の事件」が収録されている。この短編は圭太の誘拐事件をなぞるような形で、仙台のお菓子会社の息子が誘拐される。圭太の誘拐事件で捜査を指揮した橋場警部の偽物が登場し、彼を本物だと思わせる叙述トリックが仕掛けられている。物語は、父親に金庫に閉じ込められたショックで声が出なくなった少女の視点から語られるが、偽の橋場警部が途中で身代金の入ったバッグをすり替えるというトリックで誘拐を成立させる。一見簡素に見える短編だが、十分に楽しめる。さすが連城三紀彦感じる作品
人間動物園や造花の蜜など、連城三紀彦は晩年に誘拐をテーマとした傑作を立て続けに発表している。造花の蜜においては、前半部分の圭太誘拐がもう少しシンプルに描かれていれば、後半の川田誘拐事件の衝撃がより一層強くなるように思える。前半の誘拐部分が詳細すぎたため、後半で伏線の回収が不十分に感じられ、物語全体がやや散漫に感じてしまった。しかし、連城三紀彦が描く「蘭」という女性の魅力や、川田の存在のやるせなさは非常に印象的だ。全体的に見ると★3の評価で。
○ 登場人物
小川香奈子:誘拐された圭太の母。
小川圭太:誘拐された少年。
小塚君江:香奈子が結婚生活を送っていた世田谷の家の隣人。
山路将彦:圭太の父。香奈子とは離婚している。歯科医。
小川汀子:香奈子の義姉。
小川史郎:香奈子の兄で、汀子の夫。
小川篤志:汀子の子ども。圭太より一歳年上。
高橋:圭太の幼稚園の担任。
川田(沼田実):香奈子の父が経営する工場の従業員。下巻で本名が沼田実と分かる。
坂田:製紙業者の営業マン。
山路礼子:圭太の祖母。
山路水絵:山路将彦の再婚相手。
蘭:事件の黒幕。圭太誘拐事件を表の事件とし、裏で川田の誘拐を計画する。
橋場警部:誘拐事件のプロフェッショナルな警部。
○ 短編「最後で最大の事件」の登場人物
小杉真樹:康美の父の再婚相手。
小杉康美:子どもの頃、父に金庫に閉じ込められたショックで声を失った少女。
橋場警部:「造花の蜜」で登場した警部の偽物として蘭の部下が登場。
小杉光輝:真樹の連れ子。
サトミ:お手伝い。