松本清張のレビュー一覧
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塗られた本 松本清張(著)
松本清張を読み返して、ずいぶん私の中の価値観が、
変わっていたことに気がついた。
松本清張を社会派と呼ばれていたことの意味が、
やっと分かったような気がした。
ピュアーな気持ち、純粋な気持ちを大切にするものを、
主人公に据えることで、社会の汚濁、人物の低俗さを、
浮かび上がらせることに、主題をおいた。
多分、若かりし頃の社会と大人というものに対する
私の見方もそんな風だったのだろう。
松本清張は、ピュアーで、ロマンチストだった。
今読むと、松本清張の手法であり、何と無く、
胡散臭さを感じるのである。
小さな出版会社を立ち上げた 美也子。
水商売から、純粋な気持ちで、詩人を好きになり、
詩集を出したいばかりに、出版社をつくる。
その資金は、どこから出ているのか?という疑惑があるが、
エロティックな本をだす、流行作家に、色仕掛けで、
原稿依頼する。露骨すぎても、美貌のために、流行作家も心が動く。
据え膳 食わぬは、男の恥ということだ。
流行作家は、人参ぶら下げられて、原稿を書き上げる。
房子は、新劇の女優で、バーで働く。
美也子の旦那、伸一をよく知っていた。
美也子のやり方に、反発しながら、伸一に同情する。
流行作家の狙いも、房子にわかる。
そして、房子は、流行作家の作品の主役となる。
劇は、そこから始まるのであるが。
頭取のワンマンさ。そして、事故によって、没落。
寂しい人生がはじまる。美也子の支援者だった。
ピュアーないきかたをしている伸一は、
生活無能者として、自覚する。
その結末は? -
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若い女性から
会社の偉い人や経営者とその時代の寵児を見つめた時に
人間的な潔癖さを求めるという視点で 人間性を疑う。
翳った旋舞においても 同じような手法だった。
『芸術はニンゲンが生み出すものだ。
その芸術がすばらしかったら、人格的にもすばらしいに違いない。
ニンゲンと芸術とが 背反することがあるだろうか』114ページ
俗物が 創造性を生み出すのか?とも 問いかける。
さらに ビジネスが 関連してくる。
芸術とビジネスが ぶつかる。
積極的に売り込むこと(商魂)に嫌悪を感じる。
芸術家は商魂をもつべきではない。
クライアントの理不尽な要求にどう対応するのか?
俗っぽいニンゲンに描くことで
若い女性の眼から みた ニンゲン批判をする。
松本清張の手法って、意外と 頑固で、潔癖性なんですね。
『結局、才能というものはちゃんとどこかにあるんだけど、それを引き出してくれる外的な何かが予見できないということですわね。その作家自身にも前もって見当のつかない何かですね。』221ページ
才能がどこで開花するのか?突然変異なのか?
連続性の中の非連続性。
『ぼくだってあの画風は尊敬しているよ。ただ、尊敬できないのは、葛山さんの人間的な面だな。しかし、芸術は人間を考えないでいいのかもしれないね。作品だけが勝負だから、そういう点にしぼれば、葛山先生を尊敬していいと思う。』245ページ
ニンゲンが 矛盾をもった存在であることをみとめない。
葛山の創作の源泉は、どこにあったのか。
その独特の作風は 今までにないものだった。 -
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三沢順子は 新聞社の資料調査部に 配属された。
地味な仕事であるが、重要な仕事だ。
(今では、インターネットがありこの作業は少なくなっているはずだ。)人物の写真を間違えることで、会社に激震が走る。
部長は世渡り上手で 腰掛け。
次長は麻雀、競馬、競輪にでかけてしまう。
新聞社は余裕があったのか緩んでいた。
川北編集局長が 弛みを一掃するような懲罰人事をおこなう。
順子はいたたまれなくて 辞表を出そうとすることから、
人生の変化が始まる。
真佐子は順子の高校時代の友達で、銀座の一流クラブのホステス。
人のあしらい方がうまく、一流と言われる人たちとの付き合いがある。
江木郁子は会社の電話交換手。
この女が ネタバレ行為をする。
昔はのんびりしていたのだ。
川北 テレビの丸橋、海野辰平。
順子の前には 次々と 雲の上の人にあっていく。
そこでみる 人物は 卑屈に見えた。
順子は 酔っぱらって ビールを海野辰平にかける。
順子は 大きな人生の転換を迎えたのだった。
松本清張の文章は 丁寧に組み立てられ
女が 成長する様を克明に描く。
よくわからない 女 のこころ が おもしろい。
河内三津子という存在が アンチテーゼ。 -
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ネタバレ情死の話。
本当にはた迷惑な情死だ。
誰にも死体を見られず死にたい、という願望は、自分たちのことしか考えていない。捜索する人々や家族のことも全く考えていない。
芥川龍之介が何度も心中に失敗して最後に成功する、などは知っているが、やっぱり今の時流にあわないと言うか、心中というものがいまいち理解できない。
今は不倫も離婚も当たり前だから。
サスペンスとして描いてあって、心中に至る泰子の心の機微などがもう少し共感できれば楽しめたかな。
後半の真吉が生死をさまようあたりから、ぐっと読ませる筆力は感じた。そこまでがすこしたるい。
いずれにしても、とっとと離婚して再婚すればすむ話。
禁断の愛という二人の世界に酔っているとしか思えない。 -
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古本で購入。
松本清張が写楽の正体についての考察を披瀝した講演を収めた本。
いつどこで開催された、何の講演会なのか、明記されていないのは何なんだ。
写楽の正体については諸説紛々である。
曰く、阿波侯お抱えの能役者斎藤十郎兵衛である。いや阿波侯屋敷にいた蒔絵の下絵師だ、白川家門人の片山写楽だ、版元の蔦屋重三郎こそ写楽その人だ…
まさに「謎の浮世絵師」に相応しい。
清張はこれらの説を様々な論証をもって否定する。
そして「思いつき」として語るのが、「写楽=精神病者説」である。
写楽の絵の特徴たるデフォルメは実は絵師本人にとっての正常、つまり視神経の狂いから生じたものだと言う。
清張による写楽誕生の物語はこうだ。
腕のいい浮世絵画工がいたが、彼は悪所での遊びから梅毒に罹患して脳を侵され、視神経が狂う。画工の親方の下を追い出された彼に蔦屋重三郎が目を付け、「東洲斎写楽」として売り出す―
やや小説的すぎるが、ゴッホやゴーギャンとも似通う狂気性、描いた手に見られる異様なまでのデッサンの幼稚さなど、納得してしまう部分もある。
しかし何だかんだ言いながら、清張の結論は「写楽は『写楽』のままでよい。経歴の詮索はやめ、ただその画を見よ」というものだ。
最後にうっちゃった感じもするが、何となくまとまっている気もしてしまう。
清張の多面性が垣間見られる1冊。 -
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初めて読んだ松本清張。
何となく関係性は仄めかされるものの関連性が不明確な事件や自称がひとつになっていく感じは、一部が重なりあっているいくつかの円がひとつに重なっていくような感じ。
宮部みゆきの、関係なさそうな点的事件がひとつの線で結ばれていく感じとはまた違って、自分の推理をしながら読むことができた。
初めて読んだのもあったが、物語に没頭するまでの時間がかかったのが難点。
この没頭するまでの時間をエンジンがかかるまでの時間と表現すると、なるほど知らない作者の本を読むのは「本当にエンジンがかかるかなあ」という車に対する不安と同一視できるのかな。
でも、エンジンがかかってからの颯爽感を感じさせる筆致はさすがビックネーム!
2013.7.4