オーケンの小説は、僕にとてもよく馴染む。
どのくらい馴染むかというと、小説の文字を全部吸い出してミキサーに入れてドロドロにし、僕の脳みそを型取った型に流し込んでできたものを、そっくりそのまま、今頭蓋骨の中にぷかぷか浮いている脳みそと取り換えっこしたとしても、今日も明日も変わらない日常を送れるんだろうな、というくらいには馴染む。
そんな本書に収められた五つの短編の中で、一番好きなのは「憑かれたな」だ。
心霊的な能力など皆無の主人公が、元役者という経験を活かし、演技力によって“悪魔と本人が思い込んでいるもの”を祓うという話なのだが、これは占い師の自分からすると、あるあるというか、結局、人はその人なりのイメージの世界で生きているのだと思う。
その人が持っているイメージの世界にまったく存在しないものは、現実の世界でも認識できないか、仮に認識できたとしても、すぐに忘れられてしまう。少なくとも、人生に大きな影響を与えることはない。
だから、相手の現実を本当に動かしたかったら、できるだけその人のイメージを読み取り、その人の世界観に適合する人物として関わらなければいけない。
その中で、相手が「こうあってほしい」と思っている理想と現実の乖離を見極め、「こういう人に話を聞いてもらいたいんだろうな」という自分を、設定し直す。
実際、占いの現場でも「当たっているかどうか」より、「この人なら信じられる」と思ってもらえた瞬間に、相談者の表情が変わり、その後の占いも、より“当たる”ようになる。
そういう要素は少なからず、いわゆる占いのスキルだけでなく、必要だと思う。
そのために読書はとても有用だと思うし、いろいろなジャンルの、いろいろな作家の作品を読んだ方がいいんだろうけど、結局戻ってきちゃうんだよなぁ。
オーケンに。
そりゃあ、「脳みそを大槻小説的脳に取り替えるのもアリかもなぁ」とか考えるくらいだもんなぁ。