奈倉有里のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ベラルーシで何が起こっているのか、少しでも知る手がかりがあるのでは、と思い読んだ。
著者のサーシャ・フィリペンコは国外で暮らしているそうだ。かつて見たドキュメンタリー番組でも、同じように心あるベラルーシの人々は、リトアニアに脱出していた。ルカシェンコ大統領の不正選挙の後、民主化運動へ息を潜め、ルカシェンコ政権のもと、自由な発言は国内ではできない状態だ。もちろん、ロシア連邦の中でも同様だ。
どんな発言が許されないのか。
社会主義の大義に反すること。そして、独裁者の意に背くこと。
この小説でも、アレクシェーヴィチの「戦争は女の顔をしていない」でも、逢坂冬馬「同志少女よ敵を撃て」でも同様に描かれていたのは、
「戦中に階級章を外す、後方に退く、敵に降伏するといった行為をおこなった軍人や政治指導員は悪質な脱走兵とみなし、その家族も、忠誠を破り祖国を裏切った者の家族として逮捕する」こと。
ソ連兵には前進しか許されなかった。
ソ連の強制収容所はスターリンがやろうとしていた「新しい人間を作る実験」場であった。しかし、その実験の具体的内容は粛清である。「新しい実験」など、全てが「戯言」であると、この小説は語る。
そして、今はまたこの事実を小説にすることに大きな危険を伴う時代になってしまった。
神の存在の必要性を語るタチヤーナの語りは圧巻。
「収容所で起きていることはなにもかも愚かで残酷で救いようがなくて、心の支えになりうるのは超越的な存在だけだった」
「看守が受刑者の苦しみを嬉しそうに眺めているのを見ながら、あたしはどこか高い高い空の上でこの悪を奨励している神様がいるのを感じていた」
「収容所の所長も、かの惨めったらしい強欲な悪党スターリンさえも、どうでもよかった。神様が必要だった、全ての責任をとれるのは神様だけだから」
神の存在をこのように捉える発想は初めてだ。
文学作品としても優れた小説だと思う。 -
Posted by ブクログ
著者と同じ名前の主人公、サーシャは、30歳の青年。ロシアからベラルーシの首都、ミンスクに越してきたばかりだ。
家族に大きな不幸があり、母親が再婚相手と暮らしているこの街に住むことになったのだ。
だが越してきた早々、階の入口ドアに奇妙な赤い十字が描かれているのを見つける。苛立ちながらそれを消すサーシャに、同じ階に住む老婆が話しかけてくる。十字は老婆が描いたもので、アルツハイマーを患っているため、自分の家の目印にするつもりだったのだという。
自分の不幸で手一杯で辟易気味のサーシャに、老婆は強引に身の上話をし始める。
それはソ連の暗部にまつわる、強烈に皮肉な人生の物語だった。
老婆、タチヤーナは、ロンドン生まれ。父に連れられ、1919年にソ連に移住した。数ヶ国語に通じていた彼女は、大学卒業後、外務省に勤めることになる。
その後、結婚。娘にも恵まれた。
産後、職場に復帰した彼女の身の回りは、徐々に不穏になっていく。戦争が忍び寄ってきていたのだ。
やがて開戦。夫は戦地に送られた。
彼女は外務省で書類の翻訳にあたっていた。赤十字からはしばしば、捕虜の名簿を添えて、敵国捕虜との交換を促す手紙が送られてきた。
しかし、ソ連上層部はそれを無視し続けていた。捕虜になるような兵士は腰抜けで、国家の敵だ。交換になど応じる必要はない。
国家は捕虜に冷たいだけではなかった。捕虜になったことが知られれば、国に残っている家族も人民の敵と見なされ、逮捕されることすらあるのだ。
そんな日々の中、タチヤーナは、捕虜名簿の中に、夫の名を見つける。
よかった、生きていた。安堵するとともに、恐怖が押し寄せる。これが上層部に見つかったら。夫は人民の敵とみなされてしまう。機密文書を扱う立場にいる自分が、人民の敵の妻だと知れたらどうなるのか。娘もろとも逮捕されてしまう。
恐怖に動転した彼女は、必死に考え、1つの策を思いつく。
それが、彼女の残りの人生の枷になるとも思わずに。
それほど長くはない作品だが、背後にはおそらく膨大な資料がある。
タチヤーナは架空の人物だが、同じような経験をした人物はそう少なくはないはずだ。
強圧的な政権の下、一度狂った人生は元に戻ることはない。
1つの誤った選択は、誤った道へとつながり、その先のどの道を選んでも、深い森の奥へと迷うばかりだ。
だが、いったい、彼女はどんな選択をすればよかったのだろうか。
薄れゆく記憶を抱えながら、老婆タチヤーナは運命に抗い、神に挑む。
彼女が扉に記した赤い十字は、不幸のきっかけになった赤十字を思わせるようでもあり、死者を悼む十字架のようでもあり、「敵性国家」の国旗を思い出させるようでもある。
神がもしも忘れろと言っても、けっして忘れない。
それは、小さく弱いものの、ささやかだが断固とした決意表明だったのかもしれない。
自身も深い悲しみを背負うサーシャは、次第に老婆に寄り添っていく。
タチヤーナの墓碑に刻まれる言葉は、すべての抑圧された人々の言葉のようでもある。 -
Posted by ブクログ
理不尽ゲームとは、理不尽な出来事や物語を語り合うこと。
欧州最後の独裁国家ベラルーシで、群集事故によって昏睡状態に陥った高校生ツィスクか主人公。
老いた祖母のエリヴィーラだけがその回復を信じていたが、奇跡的に意識を取り戻したのが10年後の2009年。その時には既に祖母も亡くなっており、母はもう生きる望みがないから、脳死判断しようとしていた主治医と結婚し、義理の弟までいるという始末。
何から何まで変わっていたが、変わらないと言うか、更に強烈となったのが大統領の独裁。
ルカシェンコと言う実名までは出てこなかったが、話に出てくる正に「理不尽」な政策と強権は、実態をもの語っていることがひしひしと伝わる。
ストーリーの濃さはそれほどでもないかな と思ったが、小説で不正を暴こうとすることには大いに共鳴した。
今じゃ当大統領は"悪魔"のプーチンと大の仲良しで、自分にとつては、金正恩とも肩を並べるに至ったように思える。 -
Posted by ブクログ
ベラルーシという国は元々は西欧とロシアの中立的な立ち位置を取っていたが、ルカシェンコ大統領が社会主義的な体制に大きく傾倒し、ロシアの弟国のようになる。たとえば国語においても、ベラルーシ語からロシア語を母語に代えていった。(ちなみにウクライナはロシア語からウクライナ語へと代えていった)
今回、これだけ国際的に避難されているロシアに対して全く迷うことなくルカシェンコは味方している。ちなみにルカシェンコはコロナはスポーツで吹き飛ぶといっている。サウナにいけばコロナは死ぬらしい。アイスホッケーなんて最高でこんな寒いところではコロナ菌どこにも飛んでない!見えないね!みたいな感じのこと言ってる。これをまわりも微笑みながら聞いている感じ。独裁政権なんですね。それで、独裁政権で起きているあらゆる理不尽を詰め込まれているのが本書になる。
ベラルーシに生きる一人の青年が主人公。実際にあった事件、エピソードが詰め込まれていて、笑っちゃうんだけどマジなんだから驚きです。この本のテーマのひとつは「理不尽」なんだけど「昏睡」や「唐突」もテーマといえる。急に、簡単に、不可逆的に事態が転換する。私達はもう少し自分で選択できる幅が広い。デモにもいけるし、たまたまそこにいたというだけで逮捕されないし、サッカーも相手が大統領だから負けなくちゃいけないなんてこともない。
私は、ロシアやベラルーシ、ウクライナ、元ソ連の国々が大変な目にあったことはなんとなく知っている。でも今のような不協和音に未来はあるのかな?と思うけれども、同時にこの本を読んで「独裁国家の日常を生きる」ことも緩やかに体験させてもらった。
祖母は特にいい。おばあちゃーーーん!ってなります! -
Posted by ブクログ
ネタバレ前半は群衆事故に巻き込まれて植物状態になった16歳のフランツィスクと、彼の回復を信じて語りかけ続ける祖母が描かれ、後半は目覚めたツィスクが目にする社会の理不尽さが描かれる。祖母も繰り返し、社会が昏睡していると話すし、スターズが教えてくれる社会は完全におかしい。盗聴器が仕込まれたカフェ、車の話しかしないように仕向けられた市民、異様な得票率で当選する大統領、選挙前はゆるく、選挙後に激化する取り締まり。ツィスクとスタースが参加したデモでは、その場にいたというだけでGPSで追跡され逮捕される。対立候補は暗殺され自殺と公表される。ベラルーシが独裁国家だから、ルカシェンコが独裁者だから、とばかりは言い切れなくて、日本にもかなりこの要素はあるなと思う。
この本は発禁で、ベラルーシで捕まった人々が獄中で読んで勇気をもらったりしているらしい。戦争の対義語としての文学、を思い出した。