本が登場するという話しが伝わって、興味を覚えていたが、出回り始めたことを知って入手した。入手して眼を通してみて善かったと思う。
「鉛筆1本で描いたウクライナのある家族の日々」と題名に在るが、戦禍の中で手近にスケッチブックやノートや鉛筆を持っていて、そこに描いた画と、綴った然程長くない言葉を折り重ねた
...続きを読むという本である。
イラストレーター、絵本作家という活動を続けている著者であるが、“侵攻”の勃発でその身を案じていた人達が国外にも在り、韓国の出版関係の方がインスタグラムに出た鉛筆の画を見て接触し、ウクライナで事態が起こってから国外へ出る迄の様子を本にすることになったのだそうだ。日本を含む各国では、その本を下敷きに出版しているということになる。
著者、そして画を描いたオリガ・グレベンニクはハリコフ在住のロシア語話者だ。ロシア語話者にとって、“ハルキウ”は“ハリコフ”だ。巻末の解説によれば、著者自身が翻訳では「ハリコフ(ハルキウ)」という程度に標記して、“ハリコフ”を残して欲しいとしているそうだ。そういう「言葉の摩擦」のようなモノが、紛争の背景に見え隠れするような気もする。
本当に「極個人的な記録」という感じのモノが、国外で眼に留まって本になったという感じなのだと思う。著者は夫や子ども達と共に高層集合住宅の9階に住んで居た。戦禍がハリコフの街にやって来てしまった。訳も分からずにアパートの地下に避難した。訳も分からない中、スケッチブックに鉛筆で画を描き、何事かをメモするように綴って気を静めて、子ども達を護ろうとしていたのだ。やがてハリコフから脱出することを決断するが、駅へ向かうタクシーがやって来るまでの10分間程で慌ただしく準備して飛び出した。後から聴くと、戦禍の混乱で列車が停まったということも在ったらしいが、彼女達は西部のリヴォフ(リヴィウ)を経てポーランドのワルシャワに出た。そこからブルガリアに出て落ち着いたようだ。
本当に差し迫った中で、未だ幼い娘を見詰め、娘との何気ないやり取りを走り書きのように綴っている様子を見て、何か酷く心動かされた。砲弾が飛び交ったような戦禍の街に在り、更に訳も判らずに脱出をしていたという中、著者が「拠所」としたのは「子ども達の母であること」と、「画を描く表現者であること」であったのかもしれない。本書は非常に迫るものが在る。