奈倉有里のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
あの逢坂冬馬さんに3つ上の姉がいた。しかも同じ時期に作家デビューしているとか。
名倉有里さんについては知りませんでしたが彼女の作品も読んでみたくなりました。
対談形式で語られる姉弟の家庭環境とか興味深く、貧乏インテリの家庭に育ったとか謙遜してましたが清貧な学者の家系のようで、好きなことをとことん続けることに手間暇惜しまない精神があればこそなんだなって感じました。
凡庸な者は生活に追われお金を追い求める暮らしを強いられるわけですが、抜け出した者はお金のほうが自然と集まるような仕組みで生きられるんだって感じました。
冒頭にカラフトが島なのか半島なのか知るために一人は東、もう一人は西に歩いて再び出会えたら島だと解るとかの件がありましたけど半島なら出会えないけど探求心が半端なくってヤバイって思いました。 -
Posted by ブクログ
ロシア文学の研究者であり翻訳者である著者が、自身の留学体験や文芸翻訳の実例をふまえながら、他言語に身をゆだねる魅力や迷いや醍醐味について語り届ける。「異文化」の概念を解きほぐしながら、読書体験という魔法を翻訳することの奥深さを、読者と一緒に“クエスト方式”で考える。
著者は、ロシアに留学していたことから「異」文化の違いが大変だったのではないかと聞かれることが多く、そのたびに「異」文化という言葉に戸惑うという。「文化とは人と人が共通の様式を用いて理解しあうこと」で、人はみな「自分の背負う文化を選ぶ権利」がある。だから、「文化」の枠組みは場所で(ましてや国籍や民族で)決まるものではない」とし、「異」文化との対義語に「自国」の文化を持ち出すのは、違うものを排除するようだという。悪気なく自分も線を引いてしまっていないか、ハッと気づかされた。 -
Posted by ブクログ
すごく面白い。
ユニークなロシア文学案内。
何せ、主人公は授業を出席すると、その課題作品の中に入り込んでしまうのだ。そして、ひそかに思いを寄せる同じクラスの女性が、その作品の中の人物として現れる…青春恋愛小説のカタチで進む。
新たな戦争の時代にあって、なぜ文学をやるのだろう。戦争、国家、恋、喜劇、愛、悲劇、死、時間…。「社会とは、愛とはなにかを考える」。本書の中で展開される授業の目標だ。最後の作品「復活」を読み終えた学生たちは、その意味をかみしめる。主人公・湯浦葵は「怖いのは考えるのをやめてしまうことだ」(p359)と考えるにいたる。
文学を通して、言葉を鍛え思考を豊かにし、この社会をとらえ、そして可能ならば、この社会をほんの少しでも良くしていく。あらためて、文学をすることの意義をかみしめさせてくれる本だ。
しめくくりの「作者」をめぐる考察がさらにひねられていて面白い。 -
Posted by ブクログ
ネタバレなんと表現するのかわからないが、素晴らしい「読書案内」の本。
村上春樹ふうにいうならデタッチメントの文芸が好きな者だが、コミットメントの文芸にも興味ゼロではない。
というか、デタッチメント側の人間にとって、時事ネタにコミットメントするって文芸作品くらいでしか果たせないという直感がある。
いい橋をかけてくれた。
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「ロシア文学の教室」から小説の世界へワープ――異色の体験型・文学教室!
青春小説にして異色のロシア文学入門!
「この授業では、あなたという読者を主体とし、ロシア文学を素材として体験することによって、社会とは、愛とは何かを考えます」
山を思わせる初老の教授が、学生たちをいっぷう変わった「体験型」の授業へといざなう。
小説を読み出すと没頭して周りが見えなくなる湯浦葵(ゆうら・あおい)、
中性的でミステリアス、洞察力の光る新名翠(にいな・みどり)、発言に躊躇のない天才型の入谷陸(いりや・りく)。「ユーラ、ニーナ、イリヤ」と呼ばれる三人が参加する授業で取り上げられるのは、ゴーゴリ『ネフスキイ大通り』、ドストエフスキー『白夜』、トルストイ『復活』など才能が花開いた19世紀のロシア文学だ。
社会とはなにか、愛とはなにか?
この戦争の時代を考えるよすがをロシア文学者・翻訳者の著者が真摯に描く
「ロシア文学の教室」。
◎目次
シラバス・初回ガイダンス
第1講 大通りの幻 ニコライ・ゴーゴリ『ネフスキイ大通り』
第2講 仄暗い森のなか アレクサンドル・プーシキン『盗賊の兄弟』と抒情詩
第3講 孤独な心のひらきかた フョードル・ドストエフスキー『白夜』
第4講 距離を越える声 アレクサンドル・ゲルツェン『向こう岸から』
第5講 悪魔とロマンティック ミハイル・レールモントフ『悪魔』
第6講 布団から出たくない イワン・ゴンチャロフ『オブローモフ』
第7講 恋にめちゃくちゃ弱いニヒリスト イワン・ツルゲーネフ『父と子』
第8講 土埃に舞う問い ニコライ・ネクラーソフ『ロシヤは誰に住みよいか』
第9講 やり直しのないこの世界 アントン・チェーホフ『初期短編集』
第10講 心の声の多声 マクシム・ゴーリキー『どん底』
第11講 温室の夢 フセヴォロド・ガルシン『アッタレア・プリンケプス』ほか
第12講 よみがえるときまで レフ・トルストイ『復活』
成績評価――夏休みの名探偵? -
Posted by ブクログ
誰かの感想で興味を持って読みたい本棚に入れたと思うんだけど、語学学習の本だとは思ってなかった。ロシア語って事で、米原万里さんの「不実な美女か貞淑な醜女か」を思い出しましたが、同時通訳者と翻訳家では立場が違うし、少女時代をロシア語学校で過ごした米原さんと、日本でロシア語学習を始めた奈倉さんもまた立場が違いますね。ただ、母国語以外を学ぶことで、母国語以外の考え方・感じ方に触れる事が出来る、今いる世界を多角的に理解するための鏡の様な物だと考えているので、他言語を扱える方のお話は楽しいです。
英語は中学からずっと、大学でドイツ語やって、卒後にちょっとNHKの語学講座見たりして、息子が大学でスペイン語を選択したのでラジオの語学講座を聞き始めて、全部モノにならずに中途半端だけど、何度でもふうん、へええ、と思えるからお得なのかな。 -
Posted by ブクログ
内容は貴重なもので、ここまでのリサーチは大変だったろうと思う。ただ、当然のことながら原書を読まずに言うのだが、すこし翻訳が読みづらかった。三点リーダの多用は、もうすこし控えられたのでは…。
そのせいというわけではないが、内容も相まって読んでて息苦しさを覚える。時折、著者はインタビュー相手から責められるのだが、その程度の混乱や攻撃性が芽生える程度なら充分ましに思える。
現在進行形のウクライナ侵攻と結びつくかどうかはわからないが、戦争について、ニュースで見るだけでは伝わらない部分も多いと思う。だからといって文字でなら伝わるというわけでもないだろうが、まだましだろう。 -
Posted by ブクログ
ベラルーシがどんな国なのか、よく知っている日本人はあまりいないと思うので、最後の独裁者(とは思えないけど)と呼ばれるルカシェンコが牛耳るこの国に暮らすことがどんなに絶望的か感じられるだけでも良い本だった。
小説としての出来はどうかな…と思わなくもないが、ラストは良かった。
奈倉さんの訳は読みやすい。が、おばあちゃんの喋りはあれで良かったのか。主人公は「ばあちゃん」と読んでいる。口調は庶民的に訳してあるが、孫をチェリストにするために必死になる、科学アカデミーに勤務するおばあちゃんということは、もっとハイソな話し方なんじゃないだろうか?
孫は音楽高校に通っているし、親友も医者だし、娘も(大統領派の権力のある)医者と結婚したし、この一家がそもそもハイクラスなのではないか。だとしたらあの話し方は、「ばあちゃん」呼ばわりも、ちょっとしっくりこない。
ベラルーシでは庶民でも、高学歴でなくても科学アカデミーに勤務できるんですよ、幼いころからチェロを習い、音楽高校に通えるんですよっていう社会なら、あれでいいと思うけど。だったらリアルディストピアにはならないもんね。 -
Posted by ブクログ
オビに全て(時間制限付きのWiFi、嘘を吐く国営放送等)が書いてあるんだよね…。だからそれ以上の驚きはないというか…。
いや、十分驚くことではあるんだけど。
この国で生まれていたら、大変なんて言葉では済まされないが、大変だったと思う。
真実を知らなければ不幸と感じることもないだろうが、皆、どこかおかしい、なぜ自分たちはこんなに管理されているのだろうと違和感を持っているはず。
途中出てくる「理不尽ゲーム」は、本当にあった理不尽な話を順番にしていって、最後までネタが尽きなかった人の勝ち。
皆出るわ出るわ。どれもこれもびっくりするくらい理不尽な話。
皆、世の中のことに関心は持っているし、「これは理不尽」と感じている。
しかし、国に逆らうことはできないでいる。
終始、圧迫感があった。