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青年が引っ越し先のアパートで出会った、90歳の老女。アルツハイマー病を患う彼女は隣人に、自らの戦争の記憶を唐突に語り始めた。モスクワの公的機関で書類翻訳をしていたこと、捕虜リストに夫の名前を見つけたこと、ソ連が赤十字社からの捕虜交換の呼びかけを無視していたこと――。ベラルーシ気鋭の小説家が描く、忘れ去られる過去への抵抗、そして未来への決意。
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Posted by ブクログ
辛い体験をした青年サーシャが、逃げ出すように引っ越すことを決めた部屋。その向かいに住んでいたのは、90歳でアルツハイマーを患った老女タチヤーナだった。彼女はサーシャの都合など無視するように、自分の体験談を語り始める。 第二次世界大戦時、ソ連の独裁者スターリンは「我が国に捕虜はいない、あるのは裏切り...続きを読む者だけだ」と宣言した。捕虜となった兵士の家族までも犯罪者として逮捕し、財産を没収して強制移住させた。(ちなみに、捕虜になったソ連兵は終戦後に解放され祖国に戻っても、スパイ容疑などをかけられ、そのまま強制収容所へ送られた。) タチヤーナの夫も捕虜となり、彼女は幼い娘と引き離され、理不尽な尋問を受け、一人シベリアに送られた。絶望の中で何とか生き延び、戦後は夫や娘の消息を必死に追い求めるのだが……。 戦争+独裁者。余りの理不尽さに読み進めるのが辛くなる。さらに著者が、聞き手として「自分の不幸で精一杯な青年を主人公に据える必要があった」として、主人公のサーシャに与えた体験も非常に厳しい。 老女の最後の願いさえひっくり返す救いのない物語なのに、読後感は悪くない。強引ともいえる老女の語り口のせいなのか、その物語を受けて主人公が立ち直りの気配を見せるせいだろうか。 しかし、内容だけでなく、ストーリーの作り方も見事で、良い話だった。 余談 ソビエトが捕虜に対してこのように理不尽な扱いをしていたことを知りませんでした。そして思いだしたのが、東条英機が全陸軍に布達した『戦陣訓』の中の有名な「生きて虜囚の辱を受けず」という文章です。 「玉砕」や「集団自決」に繋がったこの言葉は、ソ連のように法律化されたわけではないのですが、捕虜になった日本兵の家族は、近所から「非国民の家」として村八分にされ、特高警察や憲兵隊の監視の対象にされたそうです。 捕虜になった自国兵士に対してさえそうなのですから、日本軍の連合国捕虜の扱いも過酷であり、その死亡率は27%〜37%に達したそうです。これは私の父も体験し、『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』(辺見じゅん)にも描かれた、非常に過酷だったとされる日本兵のシベリア抑留の死亡率(約 10%)さえも大きく上回ります。いずれにせよ、自国兵士にさえ過酷だった両国ですから、他国兵士には非常に厳しかったようで
認知症のタチヤーナばあさんが、向かいの部屋に引っ越してきた青年サーシャに自身のこれまでのことを語る。戦時下のソ連で夫は捕虜になって帰らず、当局の粛清に怯えて暮らすうち、突然逮捕されて幼い娘と引き離され収容所に送られる。 当時のソ連が自国民を粛清し、外から差し伸べられる手を無視し続けたことなどがタチヤ...続きを読むーナの語りと電文で伝えられる。淡々としているようだが彼女の国家に対する疑問や怒り、深い悲しみが静かに胸に迫ってきた。 タチヤーナの認知症は、こうした体験が語られることなく風化していくことの象徴なのか?そしてまた似たようなことが繰り返される。
一気に読んだ。とても面白かった。恐らく膨大なアーカイブから着想を得た、粛清のソ連を描いた作品。運命等という軽い言葉では表せない時代。
ばあちゃん、安らかに眠れ 国家に、全体主義に、独裁者と権力側に虐げられた人々よ、安らかに眠れ 戦争において敵国は脅威 ぶん殴ってくる 自国も味方ではない 平気で踏みつけてくる 戦争、紛争は各地で続いている 新たに起こるかもしれない 酷かった過去のお話ですまないことを皆知っている 繰り返してしまう...続きを読む歴史に恐れ慄かなければ
タチャーナの語りを聞いてると、百年の孤独のウルスラを彷彿とするのはなぜか? イライラしながらも先が気になる物語である。
ベラルーシのミンスクで語り手であるサーシャと、彼に自分の生い立ちを語る老婆タチヤーナ。 タチヤーナの語る話は、第二次大戦前のソ連に生まれ、戦争に夫をとられ、夫がナチス・ドイツの捕虜となり、つまり、「虜囚の辱め」に甘んじた裏切り者となったため、反逆者の妻としてとらえられ、娘と引き離され、、、という重な...続きを読むる悲運に満ちた人生だった。 そのような悲惨なソ連の状況を生んだ張本人はヨシフ・スターリンなのだが、そのスターリンが死に、その悪行が明らかになっても、やがて時間が経つと、スターリンを持ち上げる人々が生まれてくるのだという予言が語られるが、タチヤーナの人生の最後にあっても、その亡霊の様に蘇るスターリンの影響が明らかになる。 ソ連という国の底の知れない恐ろしさのようなものを感じずにはいられない。 そして、戦前戦後の日本にも似たようなものを感じてしまう
ベラルーシで何が起こっているのか、少しでも知る手がかりがあるのでは、と思い読んだ。 著者のサーシャ・フィリペンコは国外で暮らしているそうだ。かつて見たドキュメンタリー番組でも、同じように心あるベラルーシの人々は、リトアニアに脱出していた。ルカシェンコ大統領の不正選挙の後、民主化運動へ息を潜め、ルカ...続きを読むシェンコ政権のもと、自由な発言は国内ではできない状態だ。もちろん、ロシア連邦の中でも同様だ。 どんな発言が許されないのか。 社会主義の大義に反すること。そして、独裁者の意に背くこと。 この小説でも、アレクシェーヴィチの「戦争は女の顔をしていない」でも、逢坂冬馬「同志少女よ敵を撃て」でも同様に描かれていたのは、 「戦中に階級章を外す、後方に退く、敵に降伏するといった行為をおこなった軍人や政治指導員は悪質な脱走兵とみなし、その家族も、忠誠を破り祖国を裏切った者の家族として逮捕する」こと。 ソ連兵には前進しか許されなかった。 ソ連の強制収容所はスターリンがやろうとしていた「新しい人間を作る実験」場であった。しかし、その実験の具体的内容は粛清である。「新しい実験」など、全てが「戯言」であると、この小説は語る。 そして、今はまたこの事実を小説にすることに大きな危険を伴う時代になってしまった。 神の存在の必要性を語るタチヤーナの語りは圧巻。 「収容所で起きていることはなにもかも愚かで残酷で救いようがなくて、心の支えになりうるのは超越的な存在だけだった」 「看守が受刑者の苦しみを嬉しそうに眺めているのを見ながら、あたしはどこか高い高い空の上でこの悪を奨励している神様がいるのを感じていた」 「収容所の所長も、かの惨めったらしい強欲な悪党スターリンさえも、どうでもよかった。神様が必要だった、全ての責任をとれるのは神様だけだから」 神の存在をこのように捉える発想は初めてだ。 文学作品としても優れた小説だと思う。
「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず」かつて日本が戦時中に兵士たちの訓戒とした言葉だ。それはソ連も同じだった。 2000年、ベラルーシの首都ミンスクのとあるアパートに青年サーシャが引っ越す事から物語が始まる。同じ階に住む老婦人タチヤーナは91歳でアルツハイマーを患っており強引なコミニ...続きを読むケーションで自らの半生を語りだす。彼女が第二次世界大戦で夫が戦地で捕虜になり彼女の生活は一変され放浪されていった。経験した者が話す血の通った話に、青年は引き込まれていってしまう。
著者と同じ名前の主人公、サーシャは、30歳の青年。ロシアからベラルーシの首都、ミンスクに越してきたばかりだ。 家族に大きな不幸があり、母親が再婚相手と暮らしているこの街に住むことになったのだ。 だが越してきた早々、階の入口ドアに奇妙な赤い十字が描かれているのを見つける。苛立ちながらそれを消すサーシャ...続きを読むに、同じ階に住む老婆が話しかけてくる。十字は老婆が描いたもので、アルツハイマーを患っているため、自分の家の目印にするつもりだったのだという。 自分の不幸で手一杯で辟易気味のサーシャに、老婆は強引に身の上話をし始める。 それはソ連の暗部にまつわる、強烈に皮肉な人生の物語だった。 老婆、タチヤーナは、ロンドン生まれ。父に連れられ、1919年にソ連に移住した。数ヶ国語に通じていた彼女は、大学卒業後、外務省に勤めることになる。 その後、結婚。娘にも恵まれた。 産後、職場に復帰した彼女の身の回りは、徐々に不穏になっていく。戦争が忍び寄ってきていたのだ。 やがて開戦。夫は戦地に送られた。 彼女は外務省で書類の翻訳にあたっていた。赤十字からはしばしば、捕虜の名簿を添えて、敵国捕虜との交換を促す手紙が送られてきた。 しかし、ソ連上層部はそれを無視し続けていた。捕虜になるような兵士は腰抜けで、国家の敵だ。交換になど応じる必要はない。 国家は捕虜に冷たいだけではなかった。捕虜になったことが知られれば、国に残っている家族も人民の敵と見なされ、逮捕されることすらあるのだ。 そんな日々の中、タチヤーナは、捕虜名簿の中に、夫の名を見つける。 よかった、生きていた。安堵するとともに、恐怖が押し寄せる。これが上層部に見つかったら。夫は人民の敵とみなされてしまう。機密文書を扱う立場にいる自分が、人民の敵の妻だと知れたらどうなるのか。娘もろとも逮捕されてしまう。 恐怖に動転した彼女は、必死に考え、1つの策を思いつく。 それが、彼女の残りの人生の枷になるとも思わずに。 それほど長くはない作品だが、背後にはおそらく膨大な資料がある。 タチヤーナは架空の人物だが、同じような経験をした人物はそう少なくはないはずだ。 強圧的な政権の下、一度狂った人生は元に戻ることはない。 1つの誤った選択は、誤った道へとつながり、その先のどの道を選んでも、深い森の奥へと迷うばかりだ。 だが、いったい、彼女はどんな選択をすればよかったのだろうか。 薄れゆく記憶を抱えながら、老婆タチヤーナは運命に抗い、神に挑む。 彼女が扉に記した赤い十字は、不幸のきっかけになった赤十字を思わせるようでもあり、死者を悼む十字架のようでもあり、「敵性国家」の国旗を思い出させるようでもある。 神がもしも忘れろと言っても、けっして忘れない。 それは、小さく弱いものの、ささやかだが断固とした決意表明だったのかもしれない。 自身も深い悲しみを背負うサーシャは、次第に老婆に寄り添っていく。 タチヤーナの墓碑に刻まれる言葉は、すべての抑圧された人々の言葉のようでもある。
引っ越し先で知り合った隣人は、認知症を患う元ソ連の外務省職員。 夫が他国の捕虜となったことを彼女が知ってしまったことから始まる運命は、軽妙なタッチでぐいぐいと読ませる。 そしてそこからの地獄は「理不尽ゲーム」同様。 国家というものが、いかに簡単にそこで暮らす人々を切り捨ててしまえるのか…ジュネーブ...続きを読むに残された赤十字のアーカイブ資料は語る。 最後の一文に悲しみしかない。
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