奈倉有里のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
著者は祖父母が住んでいた新潟に家を買った。
雪が降り、海がある。子供の頃によく通った馴染みのある家と同じ環境は、彼女にとってかけがえのないもので、アイデンティティと結びついていたからだ。
エセーニンを好み、戦争を始めたロシアを案ずる著者は、戦争という非道な暴力によって文学の存在が揺らぐことを懸念する。
戦争から逃げること。
それは恥ずかしいことでは無い。
自分の内面世界が傷つかないように守り、自分の物語を大切に保つために、絶対に必要なことだ。
彼女の中には一体どれほどの詩が蓄積されているのだろう。
エセーニンの詩は、ロシアと何の接点もない自分にも響いてきた。
戦争を吹っかけたロシアは絶対的に悪いけど、ロシアの中には戦争を良くないものと思っている人もいるはすだし、国で白黒判断するのはそこに住んでいる国民の存在を蔑ろにしていることと等しい。
だから、わたしは安易に国を物事の判断基準にしなくなった。
著者も
「国を主語にした文章は、大切なことを読者から遠ざける」と言っている。
かわいいおばあちゃんになりたい。
暑い夏を何年、何十年を繰り返し、嫌なこと、楽しいことを幾度と経験した先に、おばあちゃんになる という夢が待っている。
途方もない夢だ。マラソンのようにひたすら人生の道を走っているみたいに。
著者の親友マーシャが言った、
「人生はマラソン」という言葉、私も拝借させていただく。
時に水を飲み、腰掛けて休みながら、長い人生というマラソンを走り抜けていこうじゃないか。
この目でこれから見ていくものは、全てかわいいおばあちゃんになるために必要なものなのだ。
生きることは夢見ることができるということだ。
自分もかわいいおじいちゃんになりたい。
たくさんのおじいちゃんを見たい!
そして物語をたくさん作りたい。
だから生きるのだ。夢は生を肯定し、後押ししてくれる。
ロジジェストヴェンスキーの「子供時代への切符」という詩の中の一部分。
「子供時代への切符はありませんか?」
かつて住んでいた街が跡形もなく無くなってしまっても、記憶のワンピースが残っていれば、私たちは思い出をもう1度手繰り寄せ、味わうことができる。
それは、一陣の切なさを連れてくる反面、自分の今を思いっきり肯定してくれるようなものなのだ。
過去の自分を明確に照明する思い出というものを礎に、私たちは歩いていく。
前に進む度に、子供時代からはどんどん離れていく。
あの頃にはもう戻れない。不可逆的な事実に打ち負けそうになる。
そんな時は、
「優しい町よ、ありがとう。
僕らは大きくなったんだ。」
と詩の中に立ち返り、過去に手を振ってみよう。
後ろを向くことは悪いことじゃない。
だって、子供時代の 自分は、あの頃のままで、自分の中に生き続けているんだから。
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Posted by ブクログ
辛い体験をした青年サーシャが、逃げ出すように引っ越すことを決めた部屋。その向かいに住んでいたのは、90歳でアルツハイマーを患った老女タチヤーナだった。彼女はサーシャの都合など無視するように、自分の体験談を語り始める。
第二次世界大戦時、ソ連の独裁者スターリンは「我が国に捕虜はいない、あるのは裏切り者だけだ」と宣言した。捕虜となった兵士の家族までも犯罪者として逮捕し、財産を没収して強制移住させた。(ちなみに、捕虜になったソ連兵は終戦後に解放され祖国に戻っても、スパイ容疑などをかけられ、そのまま強制収容所へ送られた。)
タチヤーナの夫も捕虜となり、彼女は幼い娘と引き離され、理不尽な尋問を受け、一人シベリアに送られた。絶望の中で何とか生き延び、戦後は夫や娘の消息を必死に追い求めるのだが……。
戦争+独裁者。余りの理不尽さに読み進めるのが辛くなる。さらに著者が、聞き手として「自分の不幸で精一杯な青年を主人公に据える必要があった」として、主人公のサーシャに与えた体験も非常に厳しい。
老女の最後の願いさえひっくり返す救いのない物語なのに、読後感は悪くない。強引ともいえる老女の語り口のせいなのか、その物語を受けて主人公が立ち直りの気配を見せるせいだろうか。
しかし、内容だけでなく、ストーリーの作り方も見事で、良い話だった。
余談
ソビエトが捕虜に対してこのように理不尽な扱いをしていたことを知りませんでした。そして思いだしたのが、東条英機が全陸軍に布達した『戦陣訓』の中の有名な「生きて虜囚の辱を受けず」という文章です。
「玉砕」や「集団自決」に繋がったこの言葉は、ソ連のように法律化されたわけではないのですが、捕虜になった日本兵の家族は、近所から「非国民の家」として村八分にされ、特高警察や憲兵隊の監視の対象にされたそうです。
捕虜になった自国兵士に対してさえそうなのですから、日本軍の連合国捕虜の扱いも過酷であり、その死亡率は27%〜37%に達したそうです。これは私の父も体験し、『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』(辺見じゅん)にも描かれた、非常に過酷だったとされる日本兵のシベリア抑留の死亡率(約 10%)さえも大きく上回ります。いずれにせよ、自国兵士にさえ過酷だった両国ですから、他国兵士には非常に厳しかったようで -
Posted by ブクログ
著名なロシア文学研究者だとは知らずに、タイトルの「背表紙の学校」のワードに惹かれて購入。
ロシア文学大学を日本人初として卒業され、東大大学院までいってる人なので頭が良過ぎて比較するのはおこがましいが、幼少期から現在にかけて自分と思考パターンが似ていると感じたので、付箋がびっしりになった。
「記憶は、選択の自由がきく」
「読んだ本の背表紙には、新しい「読後の色」が加わるのだ」
様々な言葉の表現で、私の心を鷲掴みし、
更にはロシアの詩人の詩を例として、「弁証法」の基礎であるテーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼの説明をしたり、やはりロシアといえば独裁者、戦争については触れない訳にはいかず、真っ直ぐな気持ちで平和を祈っている。
どの章を読んでも内容が濃いのに、駄洒落も好きでついに降りてきたものが
「井伏鱒二が燻されますじ」
なのには電車の中で読んでいたため、
降参してしまった。
エッセイとして私の中では一番好きなものになった。 -
Posted by ブクログ
『文化の脱走兵』に好印象をもち、大きな期待感で手にしました。ロシア文学研究者・翻訳者である奈倉有里さんの最新エッセイ集です。本作も、発想と視点の豊かさに引き込まれました。
奈倉さんの文章は、どうしてこんなに心に沁みるのでしょう。多分、本や文学へのあふれる想いはもちろん、私たちの今抱える不安や孤独を超え、平和への決して押し付けがましくない温かな祈りに近いメッセージが伝わるからではないかと思います。
本への渇望の記憶が今の自分を形づくり、その希求が本の究極形となり今につながっているとか、書店で新潮文庫(岩波文庫も)の背表紙を眺めることが好きだったことに触れ、文学が生きる営みと同義で学校に他ならないと言い切るとか…。本好きの方だったら皆が全肯定するに違いありません。
これらの語りの要所にロシア文学の詩の一節とともにその風景描写が綴られ、偉人と奈倉さんの言葉が共鳴することで相乗効果をもたらし、排他的な扇動や嘘の多い世の中にある私たちの心を濾過し、社会への心の持ちようを教えてくれるようです。
奈倉さんの誠実な言葉が私たちの心を潤し、優しさと勇気を与えてくれる他、意外にも人を傷つけない駄洒落や笑いも好物のようです。「ゲーテはやっぱり、すげーって」なんて書かれると、え?ぷぷっ!と反応しつつ、そのユーモアに親近感が増します。
あえて原発のある柏崎へ移住し、雪とともに不安を背負って生きることを「柏崎の狸になる」と称した奈倉さん。原発が再稼働し首都圏へ電気を送電し始めても、近所の書店が閉店しても、私たちの心に明かりを灯し続けてほしいです。奈倉さんの言葉は本物です。 -
Posted by ブクログ
読書の好きなところは、自分にはない経験と知見、そして眼差しを持った他の方の考えていること、思いめぐらせていることを追体験できるという部分なのです。わたしには未知のロシア文学、そしてロシアに深く触れてきた筆者の、ときに幼少期にも飛んでいく経験やその時に考えたことに触れるのは、「知らないことを知れる」素敵な時間となりました。特に「文化の脱走兵」に込められた意味、そして「ことばを聞き出そうとすることが暴力になり得る」という意味のインタビューの箇所、冒頭のくるみの話。あぁ、その世界の捉え方をわたしは知らなかった気がする、となんだかひらけた気持ち。文化や教養、そして想像力を身につけることがせめても今の時代に対して自分ができる一歩な気がします。